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とある少女と魔法使いの鏡  作者: 八剱ユウ
Ⅰ,ローグと切火
6/62

少年 1

 ほんの二三歩の距離の先に立っていたのは、紛れも無い少年だった。

 その上怒った先生みたく腕を組んで仁王立ちしている。

「お前こそ誰だ」

 今にも飛び出して、噛み付くみたいな言い方。

 少年の背は切火の顎につくかどうかくらいか。明るい茶色の前髪はかなり長い。おかげでどんな顔、どんな表情をしているのかさっぱり判らなかったけれど、とりあえずこっちを睨みつけているのはわかる。

 ごわごわしていそうな大きめのTシャツ(?)に、同じような生地の丈の短いズボンを身に付け、地面を ぐっと踏みしめるなにも履いていない両足は、切火よりも細そうだ。

 小さな体に変わった服。まるで、

(『しらゆきひめ』にでてくる『こびと』みたいなカッコ……)

 尽きない興味に突き動かされるまま、改めて少年を見つめる。

 しかし確固たる身長差のため、謀らずも見下ろす形になったのがまずかった。

「……なんだ」

 雷が鳴る前の黒雲が見えた。

(ううっ……)

 柵越しに猛犬と対峙した時を思い出し、足が一歩下がる。

「あう、その、えと、なんでもない、けど……あの」

 何を、どんなことを聞こうと思っていたんだっけ?何一つ思い浮かばない。

(なんかゆわないと)

 でもなにを?

 焦りに焦り、出た結論は無難かつ根本的なコレ。

「わたし『せっか』ってゆうの。き、キミは?」

 言った。切火は急いで口を閉じ、おずおずと相手の反応を伺った。

「……ローグ」

 あんまりにも取り付く島もないその様子に、周りに生えまくっている草の茂みの中に激しく逃げ出したくなった。




 少年は警戒していた。

 いきなり目の前に現れた人物。

 服装からしてどうも異国の人間か。良い家柄の子供なのか纏っている服は薄手だが目の詰んだしなやかな布地で作られた膝丈の白い長衣(実は綿100%のワンピース型パジャマ)だ。

(同い歳くらいか?)

 その割にあどけない表情が目を引く。少女のようだが少年のように髪が短く、腹の立つことに自分よりも身長が高い。

 内心のコンプレックスを刺激され、自然とトゲトゲしい態度になる。

「セッカって言ったよな。お前、女か?」

 警戒心から問いかけると、セッカと名乗った人物は質問の意味がよくわからなかったのか、はたまた鈍いのか、目をぱちくりさせた。

(こいつ、ちゃんと聴いてるのか?)

 少年が不審に思う間、セッカと名乗った少女は二、三回首を傾けから漸く言葉を見つけたらしい。

「……おとこのこにみえる?」

 若干論点のズレた回答。少年は苛立ちを募らせ、舌打ちしたいのをぐっと堪える。

「ああ。髪が短いから女に見えない」

「そうなの?」

 切火は確かめるように前髪を摘む。

 年頃の女の子が聞いたら憤慨しそうな指摘だが、切火は未だ五歳。ついでに本人の性格もあってある意味性別などあって無いような状態だ。

 一向に気にした風も無くふうんと頷くと摘んでいた手をパッと放し、さっきからずっと気になっていたことをぶつけた。

「ね、ここわたしのゆめだよ。キミ、ここでなにしてるの?なんでいるの?」

「……はぁ?」

 心底不思議そうな切火に、今度は少年の方が唖然として顎を下げた。

「何言ってんだ?これは僕の夢の中だぞ」

「……えー!?」

 当然のように言い切った少年に、これまた反論が返った。

「ち、ちがうよ!わたしのだよ!!」

「ハァ?それはこっちのセリフだ」

「そ、そんなぁ。そんなのへんだよ!」

 絶対おかしい。納得できない。

 意図的に鏡の見せる夢に潜り込んだとしても、こっちとしてはどう考えても自分が見ている夢だ。

 それに今までにこの少年がこの場所に現れたことは一度もない。

 針千本賭けたっていい。

(それにっ、いままでこのことあったこと、ないもん……あ)

 口を開いたまま固まった切火を少年が訝しげに見ているが、すでに意識は別の方向を向いていた。

「かがみ……、かがみもってたから、キミのゆめにはいっちゃったのかな・・・・・・?」

 確かに意図的に訪れた夢ではあるが、『鏡』というきっかけがなければどうだろう?

「鏡だって?」

 切火のか細い呟きに、少年も思案するように腕を組み、黙り込む。

 しかし俄に何か気付いたのか、弾かれたように顔を上げた。

「鏡?……あっ」

「どうしたの?」

「確か寝る前に鏡を持ってたな……?他所に置こうと思ってるうちに眠くなって……」

「え、え、え?」

 小さな見た目とは裏腹に、大人のような口ぶりや仕草を見せる少年に切火は戸惑う。

 対する少年は、真剣な様子で無心で何かを呟き続けていた。

「おかしいと思ったんだ。ここ二、三日の夢は、夢の中なのに普通に臭いや感触があるし、走るにしたって体が軽すぎる。にしたってなんでこの森ばかりなんだろうか」

 今までの夢の中ではもどかしいくらい体が動かなかったのに……。

 唸りながら片手でがしがしと頭を引っ掻く。

 その様子に、ポカンとしていた切火もつられて今までのことを思い出してみた。

 確かに記憶に残っている夢の中でも、なんだかいろんなことがはっきりしていた。

 あと、断トツに走りやすかったかなと今更ながらに気づく。

 草を踏む感触も、掬った水の滴りも、夢であることを忘れそうになった事が何度かあった。初めてここに来た時、あのまま転んでいたらもしかしてたんこぶとか出来たんだろうか?

「わあ、よくきづいたね!ちっちゃいのに」

 素直に感嘆の言葉が滑り落ちたが、素直すぎるその一言に一気に正気にかえった少年は猛然と顔を上げて抗議した。

「小さいは余計だっ!それに僕はこれでも十歳だ!!」

「えっ!」

 このときの切火は、今の一言が一番驚いたといっても過言ではなかった。

「おにいさんなの!?」

 てっきり自分よりも下の子だと。

 信じられないとばかりに目を見張っていると、少年も川に落っこちたみたいな驚愕の表情を浮かべていた。

「じゃあ、お前はいったい何歳・・・・・・」

「わたし、ごさい」

 ばっと五指を開いて突きつける。

「ご・・・・・・」

 衝撃を受けている少年を前に、切火はあっさり納得した。

 ―――実は五つも上だったとは。

 どうりで話す言葉もしっかりしているわけである。

(でも、わたしより・・・・・・)

 切火は今度こそ口をつぐんだ。さすがに今のタイミングは気付いた。

 言外に込められた主張を踏まえ、切火は五歳ながらにして空気を読むということ覚えたのであった。




「……つまり、キミもかがみをもってるんだ?」

「持ってるよ」

 少年は頭を冷やすように「はぁ」と息をつく。

「今ここにはないけど。全体的な長さは四寸(十二センチ)くらいあるかな」

「よんすんってなに?」

「……寸は長さの単位だよ。そんなことも知らないの?」

「わたしまだようちえんだもん。『おべんきょう』は『しょうがっこ』からだってパパいってたもん」

「ショウガッコってなにさ。……まあいいけど。四寸はこれくらい」

 そう言うとだいたいの長さを両手で示してくれた。

 怪訝そうな小馬鹿にしたような視線を送ってくる少年の態度にむっとしつつも、切火はクレヨンの箱の半分くらいかなと当たりをつけた。

「わたしのはね、まん丸でこれくらい」

 小さな手で円を示す。それを見た少年は、ますます納得のいかない表情になった。

 それは切火も同じで。

「おんなじのじゃないんだ」

「僕も思った。お前のは三寸(九センチ)くらいの円形みたいだけど、僕の方は、見ればわかるけど、歪んだ三角に近いんだ」

 こんなん、と簡単な形を地面に描く。ところどころカクカクとしていたが、その形はどこか『しゃもじ』に似ていた。

「……へんなかたち」

 少年も肯定するように鼻を鳴らした。

「まぁ、しょうがないとは思うけど。もとはそこらへんで拾った破片だし」

「おちてたの?」

 脳裏に道端に落ちている手鏡が浮かぶ。

 車にひかれた破片の一部だろうか。

(あ……!)

 車を思い浮かべた時点で『あの時』の記憶が泡のように浮かび始め、思わずブンブンと首を振って振り払う。

 幸い少年の方は考え事に没頭していたため、切火の様子には気付かない。

「僕が現実のこの、『闇払いの森』にある湖で拾ったんだ。岸辺を歩いてたら硬いもの踏みつけて、拾ったら鏡だった」

「やみ、ばらい……?」

「あの森のことだよ」

 切火が飛び出してきた方を指さす。

「お前、見たんじゃないのか?あの銀色っぽい葉っぱのお蔭で夜でもやたらと明るいから付けられたらしいぞ、って……まさかそれも知らないのか?」

 切火は、自分がいたところに名前があったのかとふんふんと頷いている。

 その姿に、本気で知らないのだということを少年は悟った。

「し、信じられないやつ……」

 呆れたように視界の端に置きながらも、少年はあの時のことを思い出していた。

 あれは『月囓(ツキガミ)の泉』の畔で水を蹴散らすように走っていたときだ。

 一瞬、足の裏に硬い感触を感じた。

 切れると思って慌てて飛び退いたものの、その場所に目を凝らせば揺れる波間から銀色に輝くものが覗いている。

 明らかに石とは違う輝きに興味を惹かれて拾い上げてみたら、それはなんとも歪な形をした一枚の破片。

 それを見た途端、息を呑んだ。

 細かな傷があるものの、表面についた水滴が宙に浮いているように見えるほどに、それは驚くほど澄んだ鏡だったのだ。

 長い間波に揺られて風化したのか端は丸くなり、握った手を傷つけることなくしっくりと馴染んだ。

 平民といえどもここまではっきりと映る鏡を持つものはあまりいない。この時代、透明度の高い鏡は貴重だった。



「キミがつかってたの?おとこのこなのに」

 回想を破るような切火の問いにハッと意識が戻る。

「―――拾ったのは僕だけど、使ってたのは母だよ。拾ったあとあげたんだ。」

「ママに?」

「その、『ママ』っていうのはお前の国の言葉か?」

「うん。おかあさんのことでしょ?」

「やっぱり異国の人間か……」

「……?」

「いや、解らないならいい」

 今の切火には目の前の少年が隠れた目元と相まって、何を考えているのか解らない。ただ、最近来たばかりの切火よりも、この少年の方がこの場に多くの疑問を持っているのは事実だろう。

 こちらに背を向けて考え込む姿は小柄でも、近所に住む同じ年頃のお兄さんたちよりもずっと大人びて見えた。

そこで切火はふと思い出す。この草原に出たとき、この子はどこに向かっていたのだろうか……?

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