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とある少女と魔法使いの鏡  作者: 八剱ユウ
Ⅰ,ローグと切火
3/62

鏡 1

 目を開けると泉にいた。

 裸足の足に触れる柔らかな葉の感触。短い髪を揺らすひんやりとした風。

 木がまばらに立ち、月の光を浴びた葉が青っぽい銀色に輝いていて明るい。

 水面は時折吹く風によって波立ち、ゆらゆらと誘うように揺れる。

 頭の上には今まで見た中でも一番大きな月が輝いていて、切火は息を呑んだ。

「ここどこ……?」

 虫の声もしない、さわさわとした木の葉の擦れる音が聞こえるだけ。

 ここには誰もいない。わたしだけ……?

 ふと何かを感じて顔を戻すと、泉の上には人影。

 その人は切火を見て、いつものようにふわりと微笑む。

 風が、顎のあたりで切りそろえられた髪をなびかせた。

「ママ……?」



「ッッ!」

 ビクリッと体が大きく震えた瞬間目が覚めた。

 息が苦しい、体中が心臓になったかのようにドクドクと揺れている。

 思わず布団を握り締める。べたつく汗が体を這うのに対して口の中は異常に乾いていた。

 気持ちが悪かった。吐きそうなほど。

(ゆめ……?)

 母がいた。嬉しいはずなのに、何故だか怖い。

 謎の恐怖心は、けれど時間が経つうちに薄れてしまう。変わって湧き上がってきたのは後悔だった。

 母が居たのに目を覚ましてしまうなんて。

 突然飛び起きた切火を、同じく驚いて起きた父が慌てて抱きしめた。

「切火ちゃん?大丈夫だよ。パパが一緒にいるからね」

 いまだ震える小さな娘の身体をそっと抱きしめ、やさしく頭を撫でる。

 そして切火が落ち着きを取り戻したのを見計らって「危ないからね」と言って、切火の手の中から何かを取りだした。

「あ……」

 父の手の中にあったのは小さな円。母の鏡だった。

 眠りながらも離さなかったのか。自分の手のひらを見ると確かに枠の表面にあった模様がくっきりと写っている。

 ぽかんとして両手を見下ろす切火に苦笑しながら、父は取り上げた鏡を丁寧に、少し離れた机の上にそっと置いた。

 父に促され、再び横になる。

 当初は目が冴えて寝付けなかったものの、一定のリズムで父に優しく頭を撫でられ、次第にとろとろとまどろみ始めた。父の温かさを介して押し寄せる安堵の波に自然と目を閉じ、眠る。

 夢は見なかった。




 そしてさらに数日。


「なんでみれないの?」

 あれから切火はとにかく夜は眠ることに集中していた。

 とにかく眠れば母に会える。と思い込んでいた。切羽詰っていたといってもいい。

 でも夢は訪れない。

 時には癇癪を起こし、時には大泣きしてから失神したように眠る。

 そんなことを数度繰り返すも結果は変わらず。ただ焦りだけが募っていた。

 父は心配そうに見ていたが、特に何かいうことは無かった。ただ、優しい力で抱きしめてくれていた。

 切火は鏡を見ながら考える。

(ママにあいたい。あってごめんなさいってゆう)

 手の中の鏡には、短い髪の、小さな女の子が映っている。父に良く似た目は潤んで曇り、今にも泣き出しそうだ。涙が滲むと、泣きはらして赤くなった目元がちかちか痛む。

(ママは、わたしにあいたくないのかな)

 半ば諦めにも近い気持ちが小さな胸のうちに漂い出したとき。

 とうとう切火は夢を見た。



 眠りの淵に落ちるその一瞬。切火は待ち望んだ場所にいた。

 そう、巨大な月の浮かぶ、青い光に包まれた泉に。

 切火は歓声を上げた。

「やったぁっ。これた!」

 浮かれているのも程ほどに、当初の目的を思い出した切火は急いで母を呼び始めた。

「ママッ。ママーァ!」

 どこにいるの?と泉の中心辺りに目を向けながら大声を出す。

 なかなか見つからないので泉の周辺をがむしゃらに走る。全速力で走るが、夢の中だからだろうか?全く息が切れない。五歳児にしては驚異的なスピードで周囲を一周した。

しかし人影は皆無。

 今は夜だけれど、木々が仄かに月光を反射して驚くほど明るい。誰かいれば見逃すはずはないのに。

(もしかして)

 おそるおそる泉に目を向ける。

(このなかにいるんじゃ……)

 揺れる水面は、月の光を弾いてキラキラとしている。浅瀬に立てば、素足に波が打ち寄せ、今にも切火の細い足を掴んで引き倒してしまいそうだ。

 知らず知らずのうちに背中に冷たいものが走った。

「だめっ!」

 ブンブンと頭を振る。得体のしれない怖さに竦む自分を叱咤し、キッと前を向いた。

「こわくないもん……」

 近所の怖い犬に近付くように、そぅっと足を踏み出す。

 水は素早くやってきた。さっと冷たい感触が切火の両足を包み、あっけなく戻る。

 そのまま二、三歩前に進むも変化はない。

 あれ?と首をかしげた。

(パパにつれてってもらったプールとかわんない……)

 ならば。

 切火は波をざぶざぶと掻き分け、一気に走り出す。

 走り出して、転んだ。

「あっ!」

 と思った瞬間には視界はぐるりと暗転。慌てて起き上がると、目の前にあるのは闇に沈んだ暗い壁。間違っても倒れ込む直前に見た水底の小石ではない。

 ぺたっと顔に触る。怪我はない。

 わたわたとパジャマに触る。濡れていない。

 目が覚めたのだ。

「……う、ううーっ」

 ここでようやく、悲しいような、腹立たしい気持ちがやってきた。

(せっかく、みれたのに……)

 呆然。

 ガックリした切火の横、父が静かに寝息を立てているのに気づいた。どうやら今回は目を覚ましたことには気づいていないらしい。

 真っ暗な部屋で、起きているのは自分だけ。

 一瞬、父を起こそうかとも思ったが、ううんと首を振る。

(パパはあした、おしごとなんだから。おこしちゃ、だめ)

 暗い部屋は怖かったが、ぐっと堪えて再び横になる。またもはっきりと目が冴えていたから、ちゃんと眠れるか心配だった。けれど拍子抜けしたついでに緊張感も消えたらしく、二三度瞬きしたら、一転して強烈な睡魔が押し寄せた。

「ふわ、ぁ……あれ?」

 あくびが出てきてからどうにも目を開けていられなくなったとき。

 切火は枕の上に置いたままになっている鏡を見つけた。

 もしかして、と呟きながら、切火は羽毛のみたいなやわらかな眠りに引き込まれていった。

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