マリーゴールド。
マリーゴールドが枯れた。
残暑の終わり、実家近くの駐車場の脇で頭をたれていたマリーゴールド。その体はすっかり枯れ細り、濃い土色と化していた。
誰も見ていないことを確認して、そっと種を摘み取る。公道の街路樹の下に、それも数百個が雑草のごとく放置されていたのだが、盗人然とした後ろめさが周囲へと視線を向かわせた。
ドラッグストアの大きく膨れ上がったレジ袋を手に、早足でバス停を目指す中年女性が訝しげな顔を向けていた。
自宅に帰った翌日、さっそく摘み取った種をプランターに植えた。数年前にホームセンターで買い求めた花と野菜の土の上に適当にばら撒き、たっぷりと水を掛けた。
翌日も、その翌日も、そのまた次の日も。何日待っても芽は出なかった。
一つの花に数十個の細長い種が付いていた。四、五個を摘み取ったので、かなりの数の種を植えたはずだ。
一向に動きを見せないプランターの縁で、高くなった空から差し込む光が乱反射するペットボトルを手に、始まりの時が来ることをぼんやりと祈りながら十日がすぎた。
ついに芽が出た。二本だけだった。そのほかの種はプランターの土へと帰ってしまった。
赤銅色のか細い体は、雑草の合間で力強く濃緑の両腕を伸ばしている。この二本と、その他大勢の雑草たちとの差とはいかほどのものなのか。そんな根源的な問い掛けを根こそぎ、雑なる草々とともに毟り捨てた。
一本が枯れた。台風だったのだろうか、とても強い風が吹いた日だった。横なぎの風が断続的に吹き付ける。小さな身を捩って必死に耐え忍ぶ姿は、下を向いてばかりだった初秋の心に前へと踏み出す力を分け与えてくれた。
風が収まった夜半、プランターを覗くと何処からか飛んで来た木片が覆いかぶさっていた。そっと取り除くと茎の真ん中からポキリと折れていて、数日経たぬうちに枯れてしまった。
残る一本は病気もせず、大気を吸い、雨露を纏い、やがて一輪の花をつけた。深い朱色を湛えた中心部から鮮やかなオレンジ色が広がる。折り重なった小さな花弁の一つ一つが瑞々しく微笑みかける。
雑草も伸び放題となったプランターの中で二つ、三つ、笑顔が増えていった。オレンジ色の姫の足元を守るように濃緑の葉先が鋭角的に空間を切り裂く姿でさえ、愛おしく見えた。
晩秋も末、とうとう木枯らしの季節を迎えた。永遠に続くであろうかとも思えた姫の季節は、さよならの言葉も言い終わらないうちに、あっけなく幕を閉じた。
マリーゴールドが枯れた。
冬の終わり、自宅近くの駐車場の脇で頭をたれていたマリーゴールド。その体はすっかり枯れ細り、濃い土色と化していた。
そっと種を摘み取った。誰の目にも留まらず放置されていたので、堂々と、そして優しくその実に触れた。カサカサと寒風抱き込んだ音が心に染みわたる。
部屋に戻り、さっそく水分をたっぷり含ませたティッシュに種を並べた。細長い種の上から、さらに霧吹きで水分を与えた。
春の初め。マリーゴールドの芽とともに、また一歩を踏み出せるのだろうか。