父と母の国8 刹那の母親
その頃避難所の洞窟内では 非常事態が起きていた
「手の空いてる奴は貸してくれ!!」
「おい! もう敵が近くまで来てる 逃げた方がいい!!」
「じゃぁメルヴァ様とお腹の中にいる赤子を見捨てろというのか?」
ざわついた声が洞窟内に響く その中心にいるメルヴァに陣痛が来ていたのだった
この国の医者の生き残りがメルヴァを観ていると
「メルヴァ様…… あなた…」
「ぅぅ……… はい……」
「おいどうしたんだ? 先生!!」
「双子だ……」
その場の誰もが驚いた
「双子? ……って何だ?」
アバルトがアルトラに聞く
「双生児とも言われ一人の母親の胎内に同じ時期に生まれた二人の子供のことだ
確率は低いと言われていたがな……」
アルトラが説明している間にもメルヴァはお腹を押さえて苦しみ出す
「なんとかならないのか! 先生!!」
「おい逃げねぇのか!?」
恐怖からか一足先にでも逃げたい国民達 そんな中でアバルトは思わず口に出してしまう
「だったらてめぇらだけで先に逃げればいいだろ!!」
「「「「「 ………… 」」」」」
その言葉に対して返す者はいなかった
逆らう必要が無いのだから避難民は次から次へと洞窟から出て行く
残ったのはわずか数人
「っ…………クソ!!」
悔やみきれないアバルトの背中をアルトラは優しくさする
「仕方ない…… 先生 私達でメルヴァ様の子達を……」
「だが…… ここにある道具なんて高が知れてる 応急処置用の器具しか持ってないぞ」
「じゃあどうするんだ先生!!」
「私は…… 大丈夫です……」
激痛に耐えながらメルヴァは弱い声で言う
「私への配慮は結構です…… それよりも… 生まれた後の赤ちゃんを守る布は……」
「あぁある! 逃げてった奴等が持っていた毛布がここに」
アバルトがありったけの毛布をかき集める
医者は残った女性二人に早急に出産の知識を教えながらも
その時は来た
「ぅあああああああああああああああ!!!! 痛い!! 痛ぃぃ………!!!!」
激しく苦しむメルヴァをアバルトやアルトラはただただ背を向けて祈る
頭が既に出ており 分娩時に骨盤を通る赤子がとにかく痛い
陣痛の方が辛いが双子となるともう一人通過することになる 体力も限界の中メルヴァも持てる力を出す
「頑張れメルヴァ様!!」
「頑張れ!!」
「もうひと踏ん張りだメルヴァ!!!」
「負けるなぁぁぁぁ!! メルヴァ!!」
断末魔が鳴り響いて約一時間を過ぎた頃 毛布に包まれる二人の赤子を皆は見守っていた
「可愛いな…」
「あぁ…… 子供が生まれる瞬間なんて初めてだぜ」
「その感動を忘れないことだなアバルト!」
アルトラに背中を叩かれるアバルトは慌てながら怒るが何かに気付いたのか静かに周りを見渡した
「なぁ……… ここにいる奴等全員…… 〝元奴隷〟だよな?」
「確かに…… 確かにな!!!」
「奴隷がこんなこと出来るかよ!? 奴隷が子供をこの世に迎え入れたんだぜ!!」
「奴隷奴隷言うなアバルト…… 俺達は…… 人間だぁぁぁ!!!」
「医者てめぇこの野郎!! 嬉しいんじゃねぇか!!」
生命の誕生を目の当たりにした数人で歓喜し合うは元奴隷達
人の土台に立つ価値の無いと呼ばれた者達が人に感謝される行いを果たしたのだ
「ヨカッタ…… ホントニ…… 良かった…」
出産し終えたメルヴァの口からは血が流れ出している
「おい先生……」
「皆覚悟してたことだ…… 悪いが今のメルヴァ様の容体から救う道具がここには無い」
歓喜も束の間 その場にある応急箱でどうにかなるほどメルヴァの身体はもう保てていなかった
「子宮からの出血も普通じゃありません! 先生!!」
周りからの声を無視したいわけではないが救えない現実
もしかしたらという突破口は皆無の中 医者の取る行動はただ一つだけ
「メルヴァ様…… 申し訳ありません」
頭を下げる医者にメルヴァは必至の笑顔を作る
「ありがとう…… 先生… あなたは命の恩人です」
「私は 恩人などでは……」
「二人の…… 子を…… 最期に……」
女性二人が抱きかかえるメルヴァの息子達をメルヴァに抱かせた
「白い肌と…… 黒い肌…… まさか私が選ばれるなんてね…………」
「何を言ってるんだメルヴァ様?」
「アルトラなら…… わかるよね?」
メルヴァの弱々しい顔が目に映るアルトラは 二人の赤子を険しい顔で見ていた
「あぁ…… まさかとは思っていたがな」
「まさかって何だよアルトラ!!」
「今話すことではない……… メルヴァ様…… 短いお命です 〝最愛の息子達〟に別れを!」
「…………えぇ ありがとうアルトラ!」
メルヴァが力の限り二人を抱きしめる
「可愛い…… 私とハルラの子…… あなた達に父親を紹介…… することが出来なくて… ごめん… ね」
「そうだメルヴァ! 名前を! 子の名は!?」
突然思い出したかのように慌てて言うアルトラにメルヴァは血の混じった涙を流しながら笑顔で言った
「白い肌の子は〝ラウル〟 この国の王家に受け継がれるラウールから付けました 意味は〝 導く者 〟
黒い肌の子は〝ナット〟 この国を守る者という願いを込めてハルラが考えていました 意味は〝 支える者 〟
あなた達はラウル・ウォードとナット・ウォード
間違いを指摘し合い 互いに支え合って導き合えるように
片方が道を踏み外したら片方が助けてあげて時間をかけてでも同じ方へ向いているように」
メルヴァの意識が薄くなりもはや抱いてるという感覚 自分が声を出せているのかすらわからなくなっていた
〝 平和な時代に産めてあげられなくてごめんなさい 恵まれた環境に産んであげられなくてごめんなさい
あなた達が大人になるまでの未来に母親である私がいなくてごめんなさい
あなた達に何もしてやれなかった ただ必死に産むことしか出来なかった
素直に感謝できないよね? 無責任だよね?
これが精一杯だなんて弱いお母さんでごめんね
欲を言えるならもっと…… もっともっともっともっと………!!
…………一緒にいたいよ
あなた達の為にご飯作って あなた達の為に服を作って あなた達の為にたくさん叱って……
そしたらハルラが現れて まぁまぁって言ってあなた達を庇って
でも叱られるような事をしたあなた達にはちゃんと叱らなきゃいけないから ハルラも含めて叱って
周りにいる大勢の義父様や使用人さん達が笑って 明るくなって…… 皆で……… 楽しく笑い合って……
二人が大きく育つ姿に寂しさを感じたり でも嬉しくなったりして……
そんな未来を今ももっと もっとたくさん…… 出来る限り想像したい……
ずっと愛してるよって言いたいよ ラウル ナット
生まれてきてくれて ありがとう 〟
メルヴァは息を引き取った
繋ぎ合っていた赤子とメルヴァの手を離し二人の息子達を抱きかかえてアバルト達は地上へと出る
出口の向こう側には燃え広がる火の手が農園を包み込む景色が見える
「港へ行こう 小船が一隻くらい浮いてるだろう」
「メルヴァはホントにあそこに置いて行くのか?」
「遺体を運ぶなんて惨い事出来るか?」
「そりゃぁそうだが………」
「眠らせてやろう…… 考えようによっては地下だからな…… メルヴァ様も落ち着くだろう」
木が次々と倒れる中数人は山を下り森に入る
火で埋まらない作られた道を進み町が見えそうな場所まで来たその時だった
「アバルト!!」
突如上空から降り注ぐ剣の雨 前方に待ち構えていたのはルシファード教の信者たちだった
「っ………クソ……」
アバルトが置き上がると目の前にはさっきまで一緒にいた女性の一人が頭に剣が刺さって倒れていた
その傍で抱きかかえていたラウルが地面に転げ落ちている
アバルトはラウルを拾い上げて離れた皆と合流しようとするが
不運にも剣の数本が離れた二組の間に立つ木々を倒しアバルトの退路が断たれていた
「アバルト!! ラウルを守れ!! 全力でな!!!」
遠くのアルトラの叫び声と共にアバルトは走り出す
「うっっ…… うぁぁぁぁぁぁ!!!」
余裕など無かった この状況の中で
「おぎゃぁぁ!! おぎゃあ!!!」
ーーごめんな ごめんな…… 怖い思いをさせて
何もわからない恐怖で泣くラウルに ただアバルトは謝りながら逃げた