父と母の国7 優しい王
「……………ハルラ様」
「ハルラ様だ……」
そこには全身血を流しながら現れたハルラ そしてその後ろの暗闇から出てきたのは
「…………無事だったのか」
ハルラの背後にいたのは逃げ遅れた国民の生き残りだった
「メルヴァ………」
剣先を地面に着けてヨロヨロと歩くハルラは 壁際に倒れるメルヴァの下へ歩く
「あ……… なた……?」
「……………」
額から流れる血を自分の服を破って止血し 抱きかかえる
そんな二人を見た先ほどの男が
「申し訳…… ありません…… 」
「……………」
男はハルラに頭を下げる しかし上げた男の目には
笑顔で自分を許すハルラがいた
ハルラはメルヴァをその場に寝かせ
入り口の方へと歩いて行く
「ハルラ様…… 我々はこれからどうすれば?」
「これが世界の応えか…… 大国の正当な考えか……」
ハルラは抑えきれない気持ちを壁にぶつける
「ハルラ様………」
「俺の考えは正しくなかったのか……… あいつらには何も響かなかったのか………」
拳 頭 自分の傷を省みず 壁を叩くハルラの目には涙が流れていた
「止めて下さいハルラ様!!!」
「腐ってるよこの世界は!! 人を人とも思わねぇ世の中があってたまるか!!
人一人の人生が誰かの物なんてそんな馬鹿な話ないだろ!! それが常識だろ!!」
「「「「「 ………… 」」」」」
その場に崩れ落ちて 何度も頭を打ち続けるハルラに周りの人々は何も言えなかった
「……………それでも戦わなければならないんだ」
「!?」
ハルラは今までの悲痛な叫びが嘘だったかのように立ち上がり涙を拭く
「自分の考えが正しいと思ったなら 逆らえない力の前にしても立ち向かわなければならいんだ
そうしないと周りの力にどんどん飲み込まれ やがて自分を失う 自分のやりたことがわからなくなってくる
それじゃもう遅いんだ!! 自分の限界は自分で作って自分で決めろ
それが己の思想なんだ! 己の生涯なんだ! 己の夢なんだ!!」
ハルラは剣を地面に突き刺しながら前へと進む
「生まれてきた自分の使命を全うできない奴は死んでるも同然だ 俺は違う!
いつ死んでも構わない だけど只では死にたくない
決めた俺の理想を邪魔する奴等がいるのなら俺は守る 民を 家族を これ以上殺させはしない!!!」
重い身体を動かしながら その脆く朽ち果てそうな身体を剣に頼り洞窟の入り口へと向かう
そんなハルラを 遠くで倒れているメルヴァが弱々しく声をかけた
「あなた……… 行ってらっしゃい」
「!?」
ーー行かないでと…… 言ってはくれないか……
ハルラはメルヴァの方を振り向き
血の付いた血相が悪い表情で言葉を返した
「行ってきます」
洞窟の外はすでに火に囲まれていた
その火の海を乗り越え ハルラは先ほどカリオスのいる町へ向かう
あんなにも賑やかだった場所が 今はもう人の声すらしない
ただ聞こえるのは火の音だけ ハルラは唇を強く噛みカリオスを追う
港まで歩くと 奴隷を匿っていた倉庫の入り口に見える人影
「カリオス……」
ハルラの声に無視するかのように カリオスはその倉庫をただ見上げていた
「カリオス…… なんで……」
「なんで…… それはこっちが聞きたいですよ」
「………」
「本当に奴隷制度廃止運動を実行するとは…… 驚きましたよ王様…
まさかあなたがそこまで馬鹿だったとは!!」
「何を言って…」
「こうなることはわかっていただろうが!!
強大な敵が忠告してきてるのに そういうことをすると国が滅ぶとわかりきっていたことなのに
あなたはなんで!!! なんで!!?」
「……………じゃぁお前は……」
ハルラはカリオスに近寄ろうとした
カリオスは危機感から剣を抜く
「っ………!」
「…………俺を 敵と認識しているのか??」
ハルラの切ない顔をカリオスは真っ直ぐ向きあう
「あなたのせいです…… あなたが悪いんだ!!」
カリオスは怯えるように剣を構え ハルラも無言で剣を抜く
「私を敵と認識しましたか?」
「一つ聞いておくカリオス 今のお前は何だ?」
「………ルシファード教の意のままに」
カリオスは剣先でハルラを捉え 突き出す
ハルラは剣を構えて受け止める
辺りに響く音と共に二人は距離を取り
今度は互いに剣を振り下ろす
「いつ以来か…… あなたとの稽古で勝てる日が来なかった」
「……………」
「勉学も地理も この領界内の現状もあなたは私より熟知されていた」
「殺し合いの最中に何を言っている?」
不意をついたカリオスはハルラの足を引っ掛けてその場に倒し
地に向けて振り下ろす剣先がハルラの顔に襲いかかる
瞬時にハルラは剣筋を見極めて紙一重に避け 剣は地面に刺さった
その一瞬を見逃さずに 立ち上がり
銃を取り出すカリオスの手を擦るように両刃の剣を振り切った
「………ここまでですな」
近くの壁に背を付け カリオスは不敵に笑う
「何がおかしい?」
「自分は何をやっているのかなと思いまして…」
「…………」
ハルラは剣を振り上げる
殺されて当然だと 目を瞑るカリオスにその剣は無慈悲にも振り下ろされた
「………… !?」
「お前は剣筋に迷いを抱かない男だった…… しかし今のお前はフラフラだ」
「私を許すのですか?」
カリオスの背後の壁に剣は刺さっていた
ハルラはそれを勢いよく抜き取り カリオスに背を向ける
「許しはしない…… この国を… なによりお前は人を殺した」
「ではなぜ……」
カリオスが何かを言おうとした時
視界に入る青い海 その海上に浮かぶ何十隻とある大型船が一列に並び
その場にいる二人に恐怖を与える
「増援…… 違うな ただ傍観でもしていたのだろうな」
ハルラは笑いながら剣をしまい 海の方へと歩き出す
「ハルラ様!! どこに……」
「決まってる…… この国を… 守るんだ」
「そんな身体で一体…… 何が?」
「お前よりフラフラしてないから安心しろ」
まるで身体を操作できていないハルラは
石に躓いただけで地に手を着ける
カリオスはその光景に絶句する
「なぜそこまで?」
「何度も言わせるな… この国を守ると言っただろう」
「お前の国はもう!! 無いんだよ!!!」
カリオスの枯れた叫びにハルラは足を止める
振り向いたハルラの顔をカリオスが見たとき カリオスが息を詰まらせた
「そうだな…… 父も死んだ 民も大勢死んだな」
どんなに辛い時でも作るそのハルラの笑顔を カリオスは後ろで見てきた
そんなカリオスが常に思うことは
ーーあなたは 何を考えておられるのですか?
ハルラは立ち上がって再び歩き出そうとする
「カリオス…… お前は変わらなかった」
「!?」
「それはお前がわかりやすいとも言える ルシファード教に寝返ったところで人への忠誠は変わらない
何年の付き合いだと思ってるんだ?」
「違う!! 私はもう!!!」
「お前は優しかった そして…… 最期に俺の頼みを聞いてくれないか?」
「お前がこの国を壊した!! お前がこの国を死へ追いやった!!! お前が…… お前が…… あなたが……」
「〝 家族を頼んだ 〟」
「え……?」
「お前もまた真剣に国の事を考えてくれた 友人だ…… お前になら任せられる」
「…………あなたは …どこまで」
「機会があるならお前の望む思想を 俺の子供に教えてやってくれ」
ハルラは重い足を引きずり やがてその身体は小さく見えるくらい遠ざかった
カリオスは静かにその場に座り込み 頭を掻き毟る
ーーあなたはどこまで……… 優しいんだ!!