父と母の国6 否定された思想
一年が経って メルヴァは子を身ごもった
国王となった俺は近日中にグレイツブリトンで開かれる
隣国の王達と領界内の王数名が出席する会議に招待された
国の発展は上々
そう 思っていた
大国への出航前夜 王宮内
「明日が楽しみだよカリオス」
「そうですね……」
「ん? どうしたカリオス?」
「いえ…… 明日はお早いので疲れを取って下さい」
そう言ってカリオスは頭を下げ その場を去った
ーー緊張でもしてるのかな?
ハルラは安易にそう思い込み 寝室へと戻る
部屋の扉を開けると 風呂上がりのメルヴァがロッキングチェアに座り髪を梳かしていた
そんなメルヴァのお腹はぽっこりと膨らんでいる
「あ…… 今動いた!」
「本当か!?」
ハルラはすかさずメルヴァのお腹に耳を当てる
微かに動く生命にハルラは常の安心を覚える
「元気に生まれて来るといいですね!」
「俺達の子だ…… そんな心配はいらない」
メルヴァをベッドまで付き添うハルラは不自由な彼女の身体を必死で支える
「私があなたを支えるって言ったのに…… ごめんなさいね」
「何言ってるんだこんなときくらい………」
ベッドに寝かせ 上から布団を被せる
安心して寝ようとするメルヴァの額にハルラは優しくキスを送る
「ありがとう…… ハルラ」
メルヴァが安らかに寝ようとした時 外が異様に明るいことにハルラは気付く
「なんだ?」
ハルラは窓に近寄り その窓を開ける
赤い火花と共に見たその風景はいつもの城下町では無く
火に包まれた国の景色だった
「ハルラ様!!」
そのタイミングで兵士の一人がやって来た
「一体何が起こった!?」
「わかりません! 近くの町だけでなく国全体が突如として火の海になったと!」
「何!?」
「どうしたの?」
メルヴァも起き上がり不思議そうにハルラを見る
しかし 町の惨事に目が行きその表情は一変する
「何が…… 起きてるの?」
「っ………… メルヴァを頼む!!」
兵士にメルヴァを任せ ハルラは部屋を飛び出す
下の階にある戦時用の鎧を着用し 両刃の剣を片手に外へと出る
「ぐあぁぁぁ!!」
「ハ…… ハルラ様!!」
門の前で斬られる兵士たち 目の前には黒一色を纏う不気味な影が一帯となって立っている
「これは……」
「ルシファードの痛みは我等の痛み……」
その黒い帯は一斉に王宮へと歩き出す
「ルシファードの意思は我等の意思……」
「焼き尽くせ…… 罪ある者は焼き尽くせ…… 焼き尽くせ……」
「「「「「 無罪の主が得た苦しみを思い知れぇぇぇぇぇ!!! 」」」」」
人間とは思えない奇声と共にその一帯は襲いかかる
それに対しハルラはおじけもせずに構える
「後ろにはメルヴァがいる…… 悪いがここは通せない!!」
先陣にいる敵の一人が紫に光る球体を手から飛ばした
ーー魔法!? だが………
ハルラはかわし その敵を斬り付けた
「ハルラ様!!」
その背後から兵が続々と駆け付ける
「ここは私達に任せて下さい!!」
「頼むぞ!」
ハルラは残った兵を連れて 町へと急ぐ
入り口付近は既に逃げ惑う国民とその国民を斬り殺す連中で大混乱が起きていた
ハルラは次々と遭遇する得体の知れない奴等を斬り進む
「うわぁぁぁぁぁ!!」
そんな中 必死に応戦する国民の中にアバルトがいた
「罪人…… 罪人… 罪人」
不気味に声を発しながら襲いかかる敵一人は強く
アバルトの持つ鉄材をなんなく折る
「クソッ!!」
敵の持つ刃がアバルトに斬りつけようとした時
「……… ハルラ様!」
「すぐに逃げろ!!」
一閃で返り打つハルラがアバルトの前に現れる
「国全体は火の海ですよ! どこに逃げれば……」
「年長者を探して農園近くの山にある避難所の洞窟がある そこに皆を!!」
アバルトは初めて見るハルラの表情に圧倒されながらも その足を動かしその場から逃げる
兵が集まり 周りの敵の集団に立ち向かう
「そういえば…… 誰かカリオスの見なかったか!?」
「いいえ…… 誰も……」
先ほどから姿が見えないカリオスが気になるハルラ その時
「私はここにおります」
ハルラの背後に距離を置いて立つカリオス
「カリオス……!! 良かった…… 無事だな!?」
「えぇ………」
「兵を連れて他の町の住民を援護してくれ!!」
「……………」
カリオスは銃を構える そして引き金を引いた次の瞬間
燃え盛る炎 周りの悲鳴 その他に銃声が鳴り響いた
ハルラの隣で兵が一人倒れる
「っ…………!!」
カリオスの銃口は敵である奴らでは無く兵士だった
「カリオス…… 様!?」
肩を押さえ恐怖を覚える兵士の顔に カリオスは躊躇無く発砲した
「カリオス!!!!」
「うぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「なぜ…… なぜ…!?」
次々と兵を撃ち 黒ずくめの敵に余裕が無かった兵士たちは成すすべなく銃弾を受け止めるしかなかった
ハルラは現状に動くことが出来ず ただカリオスを見つめる
「なんで…… カリオス…… なんでだ?」
「考えが甘い 救えない者と話す言葉などありません」
カリオスは銃をしまい その場を去ろうとした
そのときにやっとハルラの足が動く
「待てカリオス!」
カリオスとの間に壁が出来るように 敵がハルラを囲む
「待て…… 待てぇ!!! カリオスゥゥゥゥ!!!!」
いつの間にか悲鳴は無くなり そこには地面が黒く塗られたかのような敵の残骸
そしてハルラが一人立っていた
ーーカリオス……… お前……
平和を主張していた国の景色が赤く壊れる様を ハルラは悔やみきれない思いで見渡す
「何やってんだよ……」
そんな中で脳裏を過るメルヴァと共に過ごしてきた国民達
ーー現実を受け止めろ 今俺が出来ることをしなければ
ハルラは次の町へと重い足を上げ 走り出した
数時間後 国が内密に造られていた農園近くの洞窟の奥の避難所
そこには国のほんのわずかの国民がその場に避難していた
「これだけか……」
一人がそう呟く その言葉に対し返す者もなく 皆恐怖に怯え座っていた
そんな中僅かな子供達を連れて来たアルトラが姿を現す
「アルトラ…… 無事だったか?」
「あぁ…… だが子供達全員は連れてこれなかった……」
ゆっくりと膝を着くアルトラの肩をアバルトは優しく叩く
「生きててくれて良かった」
「あんた等のせいだよ………」
突如聞こえる胸が抉られる言葉
アバルトが振り向くと 避難していた国民全員が自分達を睨んでいた
「何言ってんだよ?」
「あんた達が奴隷のままで居てくれたら…… こんな事は起こらなかった!!」
「っ!!!?」
アバルトが残酷に思うことを堂々と言い放ったのは
アバルトが面倒を見てもらっていた人の奥さんだった
ーー………なんで
奥さんだけでなく その場の全員から罵声を浴びる
「もっと奴隷らしくしてりゃぁ良かったんだ! なに俺達と一緒に普通の生活送ってんだよ!?」
「お前等なんかと一緒に暮らすんじゃ無かった!!」
「奴隷風情が人様に迷惑かけてんじゃねぇぇ!!!」
ーーなんで…… 俺達を奴隷だと見てなかったんじゃ?
「止めて!!」
奥から大声で叫んだのはメルヴァだった
お腹を押さえながら壁にもたれ座りながらも皆に聞こえるように大声を出す
「皆怖いのはわかったから……… 人を傷つけるのはやめましょう!
味方同士で争って何になるっていうの!!」
「味方……… か………」
一人が黙りこみ今の状況を理解した と思えた次の瞬間
その男は足元に落ちる小石を拾い上げ
「てめぇも奴隷だろうが!! 上からもの言ってんじゃねぇぇぇ!!!」
怒りのこもった小石をメルヴァに投げつけ
その白い額に当たった
「うっ………!!」
メルヴァはその場に倒れる
それを見ていたアバルトの何かが吹き飛んだ
「てめえぇぇぇぇぇ!!!!!」
アバルトは小石の投げた男の胸ぐらを掴み 腕を振り上げる
ーーこの国は恩人だと…… 理解者だと…… 家族だと…… そう思っていたのに………!!
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その拳が人の頬に当たる瞬間 入り口から声が聞こえる
「ヤメろ…」
「!?」
アバルトは寸止めで腕にブレーキをかける
血が上るアバルトが見る先にいたのは
全身血を流しながら 負傷した身体を必死に保っていたハルラだった