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「狼族と鬼族の仲が悪いの?」


「ああ」


コズエさんは書類を私の方へと手渡しながら溜め息を吐き出す。

書類…いや、私からすれば紙の束だ。

それらを見ると、何が原因でどのくらいの頻度で衝突していてどれだけ大変で深刻な状況なのかが分かった。

私に分かりやすく作ってくれたのだろうか、その紙束には挿絵や吹き出しがいくつも書かれていた。


「この元の報告書、私が読んで理解出来る?」


「恐らく無理だろうな」


「そっか…ありがと、コズエさん」


お礼を言うと、顔を赤らめて視線を外された。


広い広い広間の真上からはさんさんと照っている太陽の光…そして目の前にはうず高く積まれるお菓子、お菓子、お菓子の山。


呆れた表情でフィオレーメを見ると、それに気付いたようでパッと表情を明るいものにしてこちらを振り向いた。


「難しい話し終わった?」


「一応君にも関係あるんだよー」


とたとた走って来たフィオレーメを撫でながら、私は狼族の記述に気になる点を見付けた。


「…食料がどうのってところなんだけど…もしかしてこの人達…いや、獣達ってベジタリアン?」


「ベジタリアン…と、言えなくも無いが、近い」


「ほとんど自給自足してるじゃん。なのになんで鬼族と狩場の譲り合いが出来てないの?」


問い掛けに悩むコズエさんに代わって、今の今までお菓子を積んでいたフィオレーメが答えた。


「狼族は昔から鬼族と交流があったんだ、けど元々鬼族に敵対してる傾向があるんだよね。

なんて言うか…本人達曰く血の問題らしいよ?

狼族は古くから忠誠心が高いと言うか…神様を誰よりも神様扱いするからね」


「…えーと、要するに神様大好き過ぎて傾倒する余りに自分達に都合の良いように言ってる?

そんでもってそれでどうでも良いような争いしてるの?

例えば神様は殺生をしないとか…自分達が一番神様に愛されてるとか?」


「まあ…そうだな、その通りだ」


何度目かの溜め息を付きながら、コズエさんは私の方へと手を伸ばす。

その手に書類を預けながら、私は少しだけ悩んだ。

もしその原因が分からないまま何年も来てるんだとすればそれは双方誤解があると言う事で、解決するためには神と名の付く私が行かなくちゃ分かってくれないだろう。

なんでそんな事になったのかは未だ分からないが、出来る事は早いに越した事が無い。


「よし、行くか」


「どこに?」


「狼族の、領地」


「本気か?」


「もちろん」


ぐっと親指を付き出すと、コズエは苦笑しフィオレーメは笑顔になった。

私がこの世界に出来る事は恐らく多くないんだろうけれど、それがこの世界に人達の為になるんなら絶対にした方が良いに決まってる。


「そうだ、ボク達まだ姫神様のお名前聞いてないよね」


「そうだっけ?」


書類を片しながら首だけそちらに向けて「アオイだよ」と答える。


「アオイ様?」


「うーん、様は要らない。

二人には名前で呼んでもらいたいかな」


首を捻ってコズエさんの方へと視線を向けて「コズエさんもね」と断言する。


「姫神補佐って事は一応二人共私の部下って事でしょ?

なら、これ命令。私の名前は様無しで呼ぶ事。

私もコズエって呼ぶし、フィオレーメって呼ぶから」


とんとんと書類の端を整えて机に置いて、その場で伸びをする。


「さんはい、アオイ」


「アオイ」


「アオイー!」


「よし」


もう一度ぐっと親指を差し出して、私はその場から立ち上がる。


「じゃあ行ってみよ…」


「待て、アオイ。まだ姫神の説明が終わっていない」


その親指を立てた方の腕を取ったコズエに首を傾げると、コホンと咳払いして話し始めた。


「先ほど説明した通り、アオイは人間と言う道を生きられない。

その代償に先代の神より特別な力を授かっているんだ」


「いつの間に?」


「いつの間にか」


「ふうん?」


よく分からないがよく分からない事が作用されたんだろうと適当に納得する。


「それは姫神のみが使える特殊な魔法で、呪文は一切必要としない。

念じ、祈るだけで発動する」


「例えば?」


「…些細な事でも良い、髪を伸ばしたいだとか身長を伸ばしたいだとか…」


「わあ」


ぽふっと空気の弾ける音がして、私は後ろへと手を持って行った。


「すっごーい!こんな長さまで伸びたの初めてー!!」


「人の話しは最後まで聞け!!!!!」


「痛ぁああ!?」


拳骨を落とされコズエを見ると、もの凄く怒った顔をして私を叱った。

真っ黒な髪は鎖骨までだったのに、今は床の上で散らばっている。


「神の魔法とはオレ達が扱うものより深刻なものなんだ、安易に使って取り返しのつかない事になったらどうする!!!!」


「………ごめんなさい」


「神の魔法を使うにあたって、必ず守らなければいけない約束事がある。

それは念じるものの後に必ず解決策を一つ残しておく事だ。

例えばお前が今念じたのは「髪よ伸びろ」と言ったところか?

ならば髪よ伸びろの後に「一週間だけ」「三日だけ」などと制約しておかなくてはいけない。

そしてその魔法を発動させたら発動させた魔法を無かった事には出来ない。

これをよく覚えておくんだ、良いな」


「はい、ごめんなさい」


真剣に怒ってくれているコズエに視線を合わせて、私は頭を下げる。


「分かったならそれで良い、そうなったらいくらオレ達でも助けてやれないからな」


ぽんと頭を撫でられて、やっぱり優しい人だと認識して微笑み返す。


「綺麗な髪だよね…どうする?床付いちゃってるけど」


「どうしよっかなー、ハサミある?適当に切っちゃおうかなー」


「待て、適当に切るのならオレがする」


はらはらとコズエが言うのに、フィオレーメは笑ってハサミをコズエに手渡した。


「コズエさんは器用だからねえ、任せると良いよ!」


「じゃあコズエ、よろしく」


「向こうの方が良くない?そのまま下に落としちゃいなよ」


そう言って指を差すのはあのヘリポートのようなフィオレーメが超直下した場所。

ゴミ箱と言う概念は無いのだろうか。

不思議に思いながらもひそかに常識人っぽいコズエに視線を向けるとあっさりとフィオレーメの案を受け入れたため「ここは慣れるか」と心の中で呟いた。


少し大きめなハサミを器用に使って、コズエは私の髪へとハサミを入れる。


「どんな風にしたい?」


「コズエに任せるー、あんまり髪に頓着しないし」


適当にお願いと言うと、後ろで「分かった」と緊張しているコズエの声が聞こえて来て思わずフィオレーメと顔を合わせて笑った。


床につくほどに長く伸びた髪はコズエの手によって腰までの長さに落ち着いた。

ゆめを見てこちらにやって来るまではこの長さまで伸ばした事が無いから新鮮で、その場でくるくる回ったり、両手で髪を持ってみて「おおー」と声を上げたりして遊んでいた。


「自分で起こした初めての奇跡が自分の髪を伸ばす事なんて…本当に、何が起こるか分からないねー」


「その奇跡を起こせるのは姫神様だけだって事は忘れちゃだめだよー」


「うん、それは肝に銘じておく!」


慌ててコズエに振り向くと、穏やかな表情で頷いてくれていた。


「それで、狼族の領地ってここからどれくらいの距離にあるの?」


「人の足で四日、ボクの足で二日、コズエさんの翼で半日?」


「ああ」


頷いたコズエに、私は首を傾げて問い掛けた。


「コズエって龍だよね、龍ってやっぱり飛ぶの?」


「まあ基本的には…一般には飛龍と呼ばれているな」


「半日で行けるんなら…今から行っちゃう!?

天気的に晴れてるし、明るいからまだお昼でしょ?」


二人に視線を合わせると、フィオレーメが「だーめ」と言って微笑む。


「なんでさ!」


「だって、いきなり姫神様が来たら、狼族達昇天しちゃうじゃない」


「神を誰よりも神だと思っている奴らだからな…先触れをしてやらないと、混乱するだろう」


「なるほど…一理ある。じゃあお手紙書こう!」


「オレが書こう」


「コズエさんにお任せー」


「なんでええ私の出番は!?」


「精々着飾って姫神っぽくしてようね、アオイー」


よしよしとフィオレーメに撫でられながら、私は岩肌むき出しの洞窟を潜るコズエに視線を向ける。

…もしかしてこれは、私に手紙を書くセンスが無い事を読まれているのか…?

私はフィオレーメと一緒にコズエの後を追いながら心のどこかで納得しようとしてみる。

するとその無理が顔に出ていたのか、コズエが振り返って「こう言うのが、オレの仕事だからな」と言って微笑んだ。


そうか…そう考えれば二人は姫神補佐と言う立場なのか。

私が全部しちゃったら二人のお仕事が無くなっちゃうんだ。


「狼族の領地に行くのは明日以降にして、先にアオイの部屋を見に行こうよ。

女の子だって聞いてたから、ボク色々集めて来たんだよ?」


「フィオレーメが?」


「机とかドレッサーはコズエさんだけど、ベッドとかソファーはボクが選んだんだー。

コズエさん、アオイを部屋に連れて行って来るからお手紙書き終わったら来てよ」


「分かった」


苦笑するコズエに手を振って、私達は広間を抜けて歩き出す。

場所場所に日本らしい装いを醸し出しながら、進んで行く廊下やその途中にある部屋をちょろちょろと覗く。

広い和室がいくつもあるが、いったいこれだけの部屋をどうやって使うんだろう。


「はい!ここがアオイの部屋だよ!!」


「おおー…?」


広い黒い格子の扉を開けると、そこはだだっ広い空間だった。

入って正面には大きな出窓があって、その前には大きな大きなベッド。

ベッドの側にはサイドテーブル、小さな椅子。

入って左の扉は…ドレスルーム?たくさんの服が収められている。

右には小さな食器棚と湯沸かし器が置いてあって、ここでお茶が楽しめるようになっている。

その他にもたくさん、本当にたくさんあるけれど…今後徐々に紹介する事にしよう。


「どう?気に入った?」


「うん…しかし大きい部屋だね、二人も一緒に寝るの?」


「え?」


フィオレーメは笑顔のまま固まると「そんな事しないよ!?」と珍しく顔を赤くして首を振った。

珍しくって言うけど、会ったのはついさっきだと言う事は誰も突っ込まないで欲しい。


「さっ、さすがにボクだってそんな事する訳ないよ!」


「あ、そう?広いベッドだし、ちょっと寂しいかなって思っただけなんだけど…」


ちょっとびっくりしてそう言うと「ああ、そっか、そうだよね」とどこかホッとしたように肩を落とした。


「まあまあ、入ってみてよ」


ポンと背中を押されて中に入った。

まずはベッドにダイブして柔らかさを確かめ、ふわっふわの感触に頬を緩める。

次いでドレスルーム…いや、衣裳部屋だね。

たくさんの服がせめぎ合うそれに埋もれながら、日本風なのに着物じゃないと少し安心した。

今着ているのもワンピースなので、私は一度フィオレーメに部屋を出て貰って着替え直す。

その中から比較的控えめな物を選んで着替えると、部屋の外にはフィオレーメとコズエが顔付合わせていた。


「お待たせ、着替えてみた」


モスグリーンのワンピースを着てくるりとその場で回ってみる。

かなり好きな部類の服だ、気に入った。


「似合う似合う!やっぱりコズエさんの見立ては間違いないね!!」


「ああ、よく似合う」


「ありがとー!それにしてもサイズもぴったりだし、女の子用の服しかなかったけど。

前々から次の神様って女の子だって分かってたの?」


私は問い掛けながら二人を部屋へと押し込む。

そしてお茶の出来るスペースへと座らせて、急須や茶葉を確認すると急須へと茶葉を放り込んだ。

はらはらする二人に「お茶くらい淹れた事あるから平気」と言って黙らせる。

いつの間にはお湯を沸かしてくれていたコズエからポットを受け取って急須へと注ぎ淹れる。


少し待ってお茶の色を見て「そろそろか」と言って湯呑に注ぐ。


「…それなり」


「自分への評価結構厳しいね」


先に飲んで二人に進めると「美味しいよ」と言って二人は笑った。

…今日コズエに点てて貰った抹茶の方が苦くて美味しかったと言えば、コズエは嬉しそうに笑った。


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