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モンストル  作者: 髪槍夜昼
虚言と渇望の吸血鬼
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第八夜


それは、有り触れた悲劇の一つだった。


暴走した吸血鬼が一匹、人間の住む町に現れた。


吸血鬼界から零れ落ちた吸血鬼が、気まぐれに人間社会に紛れ込んだのだ。


たかが獣一匹。


だが、人は獣に敵わなかった。


不可思議な魔力によって生み出される無限の杭。


町は一晩で壊滅した。


ただ一人の生き残りを除いて…


『………』


それは有り触れた悲劇の一つなのかもしれない。


吸血鬼にとっては、些細な出来事なのかもしれない。


狩られるだけの人間など、吸血鬼は気にも留めない。


故に、彼は人間をやめた。


吸血鬼界を離れ、人間社会に進出しようとする吸血鬼を殺し尽す為に。








「………」


ルーセットは静かに己の身体を見下ろす。


銀の手が身体を貫いていた。


黒い影を躱したラルジャンの右手は、確かにルーセットに届いていた。


体内に到達した銀は溶け出し、吸血鬼の内部を蝕む。


その異物感に耐えながら、ルーセットは眼前の敵を見る。


「痛いじゃないか、後輩」


「ッ! この、化物が!」


余裕のある声にラルジャンは銀の手が効いていないことを悟る。


急いで距離を取ろうとするラルジャンをより早く、ルーセットがその腕を掴んだ。


その逆の手には拾った銀のナイフが握られている。


「さっきも言っただろ、能力は応用だと。先輩の忠告は素直に聞いておけ」


軽い動作でナイフが振るわれる。


ナイフが首の肉を抉り取るように振るわれ、ラルジャンの首から噴水のような血が噴き出した。


その返り血を浴びながら、ルーセットは腕を放す。


「が、ごぼ、ごほっごほっ!」


解放された手で首を抑え、溺れるような咳をするラルジャン。


それを見下しながら、ルーセットは顔に付いた血を舐め取った。


ラルジャンは今、混乱の極みにあるだろう。


銀で吸血鬼を殺し続けてきたヴァンパイアハンター。


弱点を突ける能力故に、多くの吸血鬼を大した危険もなく殺してきた。


それが、自分の最大の弱点とも知らずに。


「切り札を見せびらかす者ほど、それが破られれば弱い物だ。今の君のように」


銀の手で貫かれた傷は既に再生していた。


ルーセットは銀を無効化している。


ラルジャンの持つ能力を全て無力化しているのだ。


「お前、どうやって…銀を」


「どうやって? 逆に聞くが、君はどうやって銀を無効化しているんだ?」


ルーセットはニヤケ顔を浮かべながら、ラルジャンを見つめる。


質問を質問で返す。


銀を無効化したルーセットではなく、銀に耐性を持つラルジャンへ同じ質問を問う。


その真意を考え、ラルジャンは呆然となった。


「変身能力………まさか」


思わず漏れた言葉にルーセットは返さなかった。


言葉の代わりに、ルーセットの姿が影に包まれる。


影が存在を隠し、偽りの姿を作り出す。


影の中から現れた姿は、ラルジャンと瓜二つだった。


「まさか、私の能力を写し取ったと言うのか!」


「非才の身だが、演技力だけは自信があってな。どう、似てる?」


無表情なラルジャンとは対照的に、ニヤニヤと笑うルーセット。


銀を無効化する能力、それはラルジャンの能力だ。


銀を操り、銀に耐性を持つイクリプス。


ルーセットはそれを能力ごとトレースしたに過ぎない。


「馬鹿な、イクリプスは魂の形。血の魔力そのもの。二つ以上の能力を同時に使う者などいる筈が…!」


「君の目の前にいるだろう?」


「ッ!」


ラルジャンは絶句する。


その絶望する顔を見ながら、ルーセットは口に含んだラルジャンの血から情報を読み取った。


生物の血を飲むことでルーセットはその者の本性を掌握する。


能力、記憶、肉体構造、性格、行動原理、その全てを読み取り、完全に姿を模倣する。


ラルジャンの持つ過去と、その目的を悟り、ルーセットは一つため息をついた。


「なるほど、故郷を滅ぼされた復讐ね………2点だな」


同情など、欠片もしていない。


吸血鬼になりながらも、人間の情に捕らわれる姿には反吐が出る。


「命を拾ったのに、どうして死に急ぐかね。第二の生ってやつは、捨てる為にある訳じゃないんだぞ」


永遠に生きることを何よりの信条としているルーセットは思わず言う。


どうして吸血鬼になったのに、人間だった頃の記憶に縛られなければならないのか。


それがルーセットには信じられない。


「お前には、絶対に分からないだろう。吸血鬼!」


世界を呪うような声と共に、小さなボールのような物がルーセットに投げつけられた。


カシュ、と軽い音を発ててそれは起爆する。


衝撃は持たない、光と音の爆弾。


それは夜に慣れたルーセットの目を潰した。


「く…あー…やってくれた。しかも逃げられた…」


目が回復してから、ルーセットは呟く。


周囲には既に、ラルジャンの臭いすら残っていない。


まんまと逃げられてしまったようだ。


「…まあ、いいか。元々あちらがふっかけてきた戦いだし」


痛む目を抑えながら、ルーセットは元の姿に戻る。


今夜は血を流し過ぎた、早めに戻ることにしよう。


実に災難な夜だった。


「…いや、収穫もあったか」


ルーセットは血から読み取った情報を思い浮かべながら、静かに笑った。


奪い取ったラルジャンの記憶は、人間時代の物だけじゃなかった。


「…くふふ」


十年前にラルジャンは一度純血に倒されていた。


しかし、銀に耐性を持つと言う特異性に興味を持たれ、殺されずに『投獄』された。


純血しか知らない『監獄』の存在。


純血が何かを隠している秘密の場所。


それはルーセットの関心を引くのに、十分だった。








「はぁ…はぁ………追っては来ていないようだ」


人間の『町』から離れ、ラルジャンは荒い息を吐きながら足を止める。


もう身体はボロボロだ。


元々再生力も高くないラルジャンでは、肉体を全快まで再生することが出来ない。


それに、今夜はかなり魔力を使ってしまった。


どこかで身体を休めなければ、朝には灰になってしまうだろう。


まさか、銀を無効化する吸血鬼がいるなど思ってもみなかった。


「クッ…あの純血に嵌められたか?」


投獄されていた自分を解放した男を思い出す。


奴はラルジャンの行動を何も制限しないこと、人間界に紛れ込んだ吸血鬼がいることを告げ、ラルジャンを自由にした。


今思えば、アレはルーセットかヴェガの二人のどちらかと戦うことを目論んでいたのかもしれない。


「やはり、吸血鬼など信用できないな」


人間界に潜む吸血鬼を殺すのは最優先事項だが、それ以外の吸血鬼を許すつもりもない。


その身が果てるまで吸血鬼を殺し続ける。


それが最早狂気と化した、ラルジャンの行動原理なのだ。


「まずは体力を回復し、それから純血を殺しに行く」


そう言い、ラルジャンは足を進める。


その時だった。


「ッ! 何だ…!」


地震のように大地が大きく揺れる。


木々が騒めき、倒れていく。


ラルジャンの足元の地面が隆起していく。


「何…!」


それは一瞬だった。


突然の地震に動揺する隙をつき、地面から何かが奇襲をしかけた。


否、それは地面ではなく大地を覆う暗い影から飛び出していた。


影から飛び出したのは、木製の杭。


巨大な『白木の杭』が、地面より樹木のように立ち上る。


それは射線上にいたラルジャンの身体を突き破り、倒れた木々と同じ高さまで成長した。


「がああああああああ…!」


年月を重ねた樹木のような杭に貫かれ、ラルジャンは宙吊りのまま絶叫する。


魔力が傷口を再生しようとするが、杭が刺さったままではどうにもならない。


まるで中世の処刑のような凄惨な光景だった。


「ははははは! 大当たり!」


その処刑場に、笑いながら男が近づく。


それは、異様な男だった。


骸骨がそのまま皮を被っているかのように痩せ細り、手足は枯れ枝よりも頼りない。


首からは頭蓋骨が連なったネックレスを下げているが、その容姿は頭蓋骨と変わりなかった。


その身に纏う痛んだ黒いローブも相まって、死神のような印象を受ける男だ。


「俺っちの杭の味はどうよ? 銀の吸血鬼」


怪物のような外見の割に、フランクな口調で男は言う。


それが更に男の姿を不気味に映す。


「この、能力は………!」


自らを貫く杭を見てラルジャンの脳裏に悲劇が過ぎる。


町一つ皆殺しにした無限の杭。


それをもたらした一匹の吸血鬼。


ラルジャンの探し続けていた復讐対象。


「どうも、俺っちはモール。見ての通り、お前を処刑に参りました。ご機嫌いかが?」


能天気に告げる吸血鬼を見て、ラルジャンは完全に思い出した。


この吸血鬼だ、間違いない。


ラルジャンの家族を、友人を、故郷を、その全てを皆殺しにした吸血鬼。


「ッ!」


その時、ラルジャンは能力の限界を超えた。


本来銀を操るだけの能力は変質し、杭を伝う流血すら銀に変えた。


「おお? その状態からやる気?」


銀の液体となった血を操り、流動的な刃を作り出す。


油断しているモールの首を刈り取るべく、動き出す。


最早、躱すことは出来ない。


「『インペイルメント』」


瞬間、ラルジャンの頭部に衝撃が走る。


心臓と並ぶ吸血鬼の急所の一つ。


その脳に槍のように細長い杭が突き刺さっていた。


銀に集中していたラルジャンの隙を突くように、影から杭が立ち上り、ラルジャンの頭蓋を穿っていた。


「いつ、のまに…」


それが最期の言葉だった。


脳を破壊されて魔力が底をついたラルジャンは、そのまま灰となって消えた。








「吸血鬼殺しの銀とは言っても、この程度かよ! 俺っちはショックだぜ」


モールは跡形もなく消えたラルジャンを嘆くように言う。


何人も吸血鬼を屠ったと聞き、期待してみればこの結果。


体調も万全ではなかったようだし、ここは見逃すべきだったか。


「何を嘆いている」


そのモールの傍で老人の声が聞こえた。


それは、化物染みたモール以上に人からかけ離れた姿をしていた。


薄く赤みを帯びた霧が、辛うじて人型を保っている。


人型の輪郭の中心には赤い星型の物体が浮いており、目のようにギョロギョロと動いている。


「おお、ルヴナンの旦那。これが嘆かずにいられますかっての! ずっと前から今日を楽しみにしていたってのにたった一分で事が終わるなんて!」


「一方的に圧勝しておいて、何が不満なのじゃ?」


「違う! 全然違う! 俺っちは勝つのが好きなんじゃない。戦うのが好きなんだ! 痛みを伴わない勝利に何の価値があるって言うんだ!」


近くの杭をぺちぺちと叩きながら、モールは叫ぶ。


一方的な戦いなど、それは戦いとは呼べない。


モールが好むのはそのような虐殺ではなく、殺し合い。


殺人鬼ではなく、戦闘狂。


もたらす結果は変わらないが、過程に違いがある。


「ならば、もう少し骨のある奴を用意してやろう」


「え? 次はどんな奴?」


「この十年、我々の手から逃れ続けた吸血鬼だ」


僅かに忌々しそうにルヴナンは呟いたが、モールはそれに気付かなかった。


そんな些細なことよりも重要なことがあった。


モールも認めている純血から十年も逃げ続ける実力者。


その相手を思い、モールは胸が高鳴るのを実感する。


「やったー! もうコレだから旦那は大好きだぜ! よし行こう! すぐ行こう! 今すぐそいつを殺しに行こうぜ!」


モールはそう言うと、満面の笑みを浮かべた、

吸血鬼

・吸血鬼を殺す方法は心臓に白木の杭を突き立てることである。

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