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モンストル  作者: 髪槍夜昼
虚言と渇望の吸血鬼
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第六夜


不老不死。


それは自らを高める本能を持つ吸血鬼の共通の悲願だ。


純血ですら殺せば死ぬ。


死を遠ざけようとするのは、人も吸血鬼も同じ。


より死の遠い存在へ。


より完全な存在へ進化することが吸血鬼の成長。


「………」


ヴェガはベッドに腰かけて、ルーセットの言葉を思い出す。


今まで吸血鬼らしからぬ行動ばかり見せたルーセットが語った悲願。


今時珍しいくらい純粋に永遠を求める姿。


多くの吸血鬼を裏切り、翻弄した経歴。


その全てが、自身の夢の為だったのだろう。


「…まあ、だからと言ってろくでもない奴であることは変わりませんが」


そう結論付けて、ヴェガは部屋にいないルーセットを思い浮かべた。


買い物に行くと言って、ヴェガを置いて出かけてしまったのだ。


この隙に逃げ出したい所だが、ヴェガに刻まれたルーセットの魂が邪魔をする。


眷属の縛りは普段こそルーセットを攻撃出来ない程度の拘束力しかないが、直接触れられて命令されたことには絶対に逆らうことが出来ない。


先程、外出前のルーセットに肩を掴まれ『部屋から出るな』と命令されてしまったのだ。


厄介なことに、ヴェガは部屋から一歩も出ることが出来ない。


「…当面の目的はこの枷の打破ですね。このままではルーセットを粛清する所の話じゃない」


ヴェガは一人呟くと、自分の持っている眷属に関する知識を引き出す。


と言っても、純血であり眷属を作る気もなかったヴェガの知っていることはそう多くない。


(…確か、眷属は魂を分け与える行為であるから何人も作れない筈。だから、一度作った眷属を手放す者はいない)


ベッドの脇に置いてあった本を適当に捲りながら、ヴェガは物思いに耽る。


(だけど、多くの眷属は力を付けて主から独立している。主の目から逃れたり、主を裏切って殺したり…とにかく解放される方法は必ずある)


そこまで考えて、ふとヴェガは己の主を思い浮かべる。


ルーセットも元人間と言うことは、かつては誰か主がいたと言うことになる。


それが誰なのかまでは予測できないが、現在自由に行動している以上、既に支配下を抜けているようだ。


(しかし、アイツに聞いたら本末転倒ですね)


ヴェガは不機嫌そうにため息をつく。


一体どこの物好きがあんな変人を眷属にしたのだろうか。








「………」


同じ頃、ルーセットは馴染みのカジノの裏で一人煙草を吸っていた。


吸血鬼に人間の食事は必要ないが、このような嗜好品は人間社会に優れた物がある。


機能を失った呼吸器官に煙を送り込みながら、ルーセットは自身の眷属を思い浮かべた。


からかい甲斐のある娘だ。


誰に唆されたのか、純血主義に染まっているが、それも若さ故だ。


「俺も若い頃は………って、これじゃ随分老けたみたいだな」


ヴェガを小娘扱いしているルーセットだが、実際は二十数年しか生きていない。


人間で言えばそれなりだが、寿命のない吸血鬼からすれば若輩者。


たった十年しか歳が変わらないヴェガを笑うなど、五十歩百歩も良い所だ。


「俺もまだまだ若いな」


誰に聞かせる訳でもなく、ルーセットは呟く。


下らないことを考えていたら、長く居過ぎてしまった。


もうヴェガの下へ戻るか。


そう思い、ルーセットは足を一歩進めた。


その時だった。


「吸血鬼だな?」


人や機械の騒音の中、男の声が響く。


いつからそこにいたのか、ルーセットの眼前に神父風の男が立っていた。


神父服に身を包んでいるが、布は擦り切れて破れている。


破れた袖から覗く腕には十字架が直に埋め込まれており、皮膚も変色している。


「ヴァンパイアハンターの神父? 今時流行らないぞ」


馬鹿にしながらもルーセットは神父の手を油断なく見つめる。


その変色した手には、銀の剣が握られていた。


魔を祓うと言われる『純銀』の剣だ。


「しかも、自分も吸血鬼と来れば出来過ぎている」


周囲に漂う自分以外の血の臭いに気付き、ルーセットは言う。


全身を銀で装飾した神父。


その男から臭う吸血鬼の気配。


「死ね」


警告も宣告も何もなかった。


口上を長々と述べていた素人のヴェガと違い、静かな殺意がルーセットを襲う。


ルーセットの頭蓋を狙い、異色の手から銀の剣が投擲される。


「おおっと!」


いきなり得物を手放すのは予想外だったが、咄嗟に屈むことでそれを躱す。


標的を失った銀の剣は近くの自販機に深々と突き刺さった。


壊れた自販機が異様な音を発て、ルーセットは僅かに顔を顰める。


「自己紹介も無しにいきなり攻撃かい。誰を狙っているのか知らないが、人違いだったらどうすんの?」


「心配は無用だ。お前があの娘と戦っている所は見ていた。お前が吸血鬼であることは分かっている」


ドロッとした鉛色の目で神父はルーセットを見つめる。


その目に途方もない殺意を込めて、睨みつける。


「お前は吸血鬼だ。その時点で私はお前を殺すことを躊躇しない」


懐から銀のナイフを数本取り出しながら、神父は告げる。


その殺意と強固な意志を見て、ルーセットはげんなりとした顔をした。


「…うっわー、マジですか。俺も大概だが、これはまたクレイジーな奴が出たものだ」


最近ツイてない、とルーセットは己の不運を嘆く。


ここ十年は割と平和に過ごしてきたと言うのに、また血と恐怖の吸血鬼ライフ。


思わず恨めしそうに目の前の神父を睨んだ。


「…銀よ」


神父の手から銀のナイフが離れ、宙に浮かぶ。


吊り糸など存在しないのに、まるで舞のようにクルクルと優雅に回り続ける。


月光で銀が輝き、見る者の心を奪う。


(…銀を操るイクリプスか)


だが、その輝きは吸血鬼にとって毒である。


銀は魔を祓う。


魔力によって肉体を再生する吸血鬼にとって、銀は触れるだけで危険な猛毒だ。


それを操る能力。


吸血鬼殺しの吸血鬼。


恐らく、強い。


「私は『アルジャン=ラルジャン』…夜に潜むお前達を白日の下に晒す者だ」


吸血鬼

・吸血鬼は銀を苦手とし、銀製品を避ける傾向にある。


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