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モンストル  作者: 髪槍夜昼
虚言と渇望の吸血鬼
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第三夜


『この子が、新しい純血?』


穏やかな青年の声が興味深そうに言った。


『ふん、純血主義も相変わらずだな。こんなガキを連れてきて何になると言うのだ』


高圧的な男の声が苛立ちながら言う。


『純血は希少じゃ。死なれる前に保護せねばならん』


しわがれた老人の声が冷静に答えた。


『思ったより若いわね。生まれて十数年って所じゃないかしら?』


冷めた女の声が興味なさそうに言う。


『ハッ、血統だけしか取り得のない子供に生きる価値なんてあるのか? 実力のない者は死ね』


高圧的な男の声が殺気を込めて脅す。


『だからこそ保護するのじゃ。その尊い血を後世に遺すまでは死なせん』


しわがれた老人の声が静かに言った。


『とは言っても、既に席は四つとも埋まっているわ。その子の為に新しい席を作るつもり?』


冷めた女の声が老人を窺うように言う。


『いや、あくまで保護対象じゃ。我々の列に加える訳ではない』


しわがれた老人の声が他の三人へ告げた。


穏やかな青年も、高圧的な男も、しわがれた老人も、冷めた女も、誰も『少女』を見ていなかった。


突然『純血』と呼ばれ、強引に連れてこられた少女のことを見ている者は一人もいなかった。


見ているのは、少女の『純血』のみ。


少女はそれを保持する道具であり、決して対等ではなかった。








「………」


目を覚ましたヴェガの目に最初に映ったのは、淡く光る月だった。


吸血鬼を焼き払う太陽と対照的な優しく神秘的な光。


月の魔力を源にして生きる吸血鬼にとって、その光は何よりも心が安らぐ光だった。


「月が恋しい? 純血」


穏やかになったヴェガの心を掻き乱す声がした。


薄暗い裏通りに倒れていたヴェガの近くに、ニヤケ顔のルーセットがいた。


その顔を見た瞬間、ヴェガは全て思い出した。


自分はこの狡猾な小物に騙され、敗北したのだ。


すぐにでも復讐したい所だが、未だ身体の調子が悪く、イクリプスも使えそうにない。


「ところで、君って本当に純血? 俺の記憶する限りだと、現在残っている純血は四人だけだったと思うんだけど…」


『純血』


その名は吸血鬼の間では深い意味を持つ。


吸血鬼とはその名の通り、人の血を吸うことで生きる。


そして、時に血を送り込むことで他種族を吸血鬼に変えることで数を増やすのだ。


ルーセットを含め、殆どの吸血鬼が他種族からの転向。


それに対し、元から吸血鬼である者を『純血』と呼ぶ。


吸血鬼の両親から産み落とされた、生まれながらの吸血鬼。


人に比べて出生率が極端に低い為、現在は非常に希少でありながら、それでも吸血鬼界で強い影響力を持つ貴族達だ。


「あ、一人死んだから今は三人だっけ? 純血って中々子供が生まれないって聞いてたけど」


「その一人を殺した奴の台詞とは思えませんね。と言うか、一介の吸血鬼が純血を殺すなんて、殺そうと思うなんて…狂ってます」


他人事のように言うルーセットにヴェガは非難するように言う。


純血は貴族だ。


尊い血を持つ存在であり、その命令には決して逆らってはならない。


それは吸血鬼の一般的な価値観であり、その純血に反逆し、殺害することなど正気とは思えない。


「俺は自由に生きているだけさ。自己の完成の為なら、何を犠牲にしても躊躇わない。それが、吸血鬼と言う名の怪物モンストルだと思うけど?」


「…あなたが純血を一人殺したせいで、パワーバランスが崩壊して混乱が起きたんです」


平然と答えるルーセットに苛立ちながらも、ヴェガは堪えて言葉を続ける。


純血は良くも悪くも吸血鬼界に強い影響を与える。


吸血鬼界は現在、それぞれの純血の派閥に分かれており、均衡を保っている状態だ。


四つしかなかった内の一つが消えた。


それがどれだけ吸血鬼界に混乱を与えたか。


「だから、純血達はその後釜を求めて、新しい純血を探したのです。俗世から離れた里、人間社会全てを探して生き残りを探した」


純血を殺したルーセットの捜索も疎かになる程、その調査は広範囲によるものだった。


その甲斐あって、十年続いた調査は実を結ぶ。


「そうして見出された純血は二人。一人は後釜に迎えられ、一人は…」


「君、と言う訳か」


ルーセットは淡々と話すヴェガを遮って、呟くように言った。


ヴェガが部下も連れずに一人で現れた時点で、ルーセットは何となく事情を察していた。


純血とは言え、派閥も権限も持たない立場。


ただその血を保持することだけを望まれる自由の許されない存在。


ルーセットの目に僅かに憐憫の色が見えたことを察したのか、ヴェガは目つきを鋭くする。


「列に加えられなかったからって、あなたのような下賤な者と対等と思わないで下さい。汚い手で敗北したとはいえ、この身に高貴な血が流れていることは変わりないのですから!」


「ううん。君って実に分かり易い性格しているね。好ましいことだ」


まるで手を噛む捨て猫を見るような目で、ルーセットはヴェガを見下ろす。


その視線に耐えられなくなったヴェガは調子の悪い体に鞭打って、強引に起き上がろうとする。


「おっと、まだ本調子じゃないんだろう…『安静にしなさい』」


「ふざけないで………なッ!」


宥めるようにルーセットがヴェガの肩に手を置くと、ヴェガの身体が急に脱力した。


ルーセットの言うことを素直に聞き、地面にゆっくりと仰向けになる。


自分の意志に反して身体が動いたことに、ヴェガは言葉を失った。


「あ、あなた、私の身体に何を…!」


「別にエロいことは何もしてないよー。ただ君に血と魂をちょこっと送り込んで、俺の『眷属』に変えちゃっただけだよ」


「眷…属…?」


呆然とヴェガはその言葉を呟く。


吸血鬼同士の交配で子孫を残せるのは純血だけだ。


殆どの吸血鬼は他種族を吸血鬼化することで子孫を増やす。


自身の血と魂を分け与えた新たな吸血鬼は眷属と呼ばれ、親に従う従順な下僕となる。


「ちょ、ちょっと待って下さい。え? 同族を眷属に変えるなんて…と言うか、私は純血なのに一介の吸血鬼の子になるなんて…」


混乱するヴェガの頭をルーセットは優しく撫でた。


まるで人間の親が子供にするように撫で、優しく微笑む。


「これからよろしく、俺の奴隷ちゃん」


「い、いやあああああああああ!」


悲痛なヴェガの悲鳴が月夜に響いた。


吸血鬼

・吸血鬼は他種族に血を与えることで吸血鬼に変えることが出来る。


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