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モンストル  作者: 髪槍夜昼
虚言と渇望の吸血鬼
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第二夜


牙を剥いた凶暴な蝙蝠は、確かに人間にとっては脅威だろう。


それが群れを成して襲い掛かってくるのなら、尚更だ。


だが、それも月の魔力で生きる吸血鬼相手だと少し頼りない。


腕を引き千切られても魔力の続く限り再生できる吸血鬼相手には、圧倒的に火力が足りない。


つまり、


「邪魔です」


ルーセットの放った可愛い下僕達は、ヴェガに一蹴されてしまった。


どう言う原理か不明だが、ヴェガの星屑の群れに触れた瞬間に跡形もなく消えた。


それを見て、ルーセットは一目散に逃げだした。


「なっ………啖呵を切っておいて、逃げるのですか!」


「当然! 自慢じゃないが、俺の能力は元々戦闘向きじゃないんだよ!」


ルーセットは走りながら器用に後ろを振り返る。


本当に自慢にならないことを堂々と叫びながら、足を止めることはない。


そんな情けない姿を見て、ヴェガは完全にキレた。


「純血殺しと聞いたから少し期待してみれば………所詮、下等種は下等種ですか!」


裏通りを駆け抜けるルーセットの背中を眺めながら、ヴェガは呪詛のように呟く。


「恋人を隔てる壁。恋人を繋ぐ架け橋………正道を歪める、星屑の川よ」


ヴェガの周囲で星屑が光り輝く。


満点の星空がヴェガを中心に回る。


「『ヴォワ・ラクテ』」


「…イクリプスか!」


歌うようなヴェガの声にルーセットは小さく舌打ちをした。


『イクリプス』


それは、吸血鬼だけに許された呪い。


月より魔力を汲み取って発動する一種の魔法。


吸血鬼なら誰でも使えるが、それぞれの魂の特徴が出る為に能力は千差万別。


故に面識のないヴェガの能力をルーセットは知らない。


「ッ!」


苦虫を噛み潰したようなルーセットの頬を掠めて、星屑の光が近くの看板に衝突した。


まるで紙でも引き千切ったかのように、触れた部分が消滅する。


鉄の質量が消えたと言うのに、破壊音すらしなかった。


それが逆に不気味で陳腐な手品のように現実味がない。


(…あの星屑に触れた物体は消える。破壊? いや、それにしては音も衝撃もない)


「どうしたのですか! 下等なら下等なりの意地を見せたらどうです!」


ふわふわと宙に浮かびながら、ヴェガは嘲るように笑った。


下を走る下等種族を見下ろしながら、次々と星屑を放つ。


敢えてルーセットを直接狙わず、恐怖を煽るように周囲を破壊する。


(完全に消滅している。恐らく操っているのは空間。空間を歪めて、そこに穴を空けるような能力…)


そこまで推測した時、一際大きな星屑の光が放たれた。


慌てて身を屈めるルーセットの頭上を抜けて、近くにあったゴミ置き場を丸ごと消滅させる。


思わず、安堵を息を吐くルーセットは宙に舞うヴェガを見た。


「よく躱しましたね。でも、次はどうです?」


その隣に消えたゴミ置き場がそのまま浮かんでいた。


電化製品の残骸や尖った鉄くずなどが重力に従って、地上へ落ちる。


(…そうか、空間を破って物体を転移させる能力なら、消えた物体は………)


流星群のように降り注ぐ金属を眺めながら、ルーセットはようやく能力の正体を悟った。








「ゴミの山。下等には相応しい墓石でしょう」


瓦礫の山の近くに降り立ち、ヴェガは一人呟く。


呆気ない、と素直に感じた。


噂に聞いていた『蝙蝠』は多くの吸血鬼を欺き、多くの恨みを買っておきながら逃げ延び続けてきた、しぶとい臆病者。


その姿と本心は誰にも見せず、本名どころか性別すら不明。


謎の多い吸血鬼、そう聞いていたからこそヴェガはわざわざ狙ったと言うのに。


「…?」


その時、瓦礫の山が微かに動いた。


思わず、少しだけ期待するヴェガだったが、瓦礫の下から飛び出したのは小さなネズミだった。


「はぁ…」


露骨に脱力して瓦礫をしばらく睨みつけるが、反応はない。


どうやら完全に死んでしまったようだ。


吸血鬼は死ぬと灰に変わる為、死体の確認をすることも出来ない。


手応えのない仕事だった。


「所詮は人間上がり。『純血』である私には勝てなかったと言うことにしておきましょうか」


「へえ、君は純血か」


「ッ!」


瞬間、聞こえた男の声にヴェガは身構える。


すぐに星屑を展開するが、ルーセットの姿はどこにもない。


「こっちだチュー」


その小さな声は、ヴェガの肩から聞こえた。


咄嗟にその方向を見て、驚愕する。


先程の小さなネズミがニヤけた笑みを浮かべて、肩に捕まっていた。


「なっ、まさか…!」


「お久しぶり、それと頂きます」


ふざけた調子で笑いながら、ネズミは………ネズミに化けたルーセットはヴェガの首に齧り付いた。


ネズミとは思えない強い力で喰らい付き、その血を啜る。


「痛ッ! くっ、この…!」


能力を使って薙ぎ払おうとするが、密着した状態では使うことが出来ない。


手で払おうとしても、的が小さすぎて躱されてしまう。


「ドブネズミめ! 私の血を吸うなぁ!」


「自分が血を吸われるなんて初めてじゃないか? 緊張せずとも俺は乙女にも優しい紳士でチュよ」


「こ、この!」


いよいよ頭に血が上ったヴェガが叫ぼうとした時、ルーセットは肩から飛び降りた。


瞬時にその影は膨らみ、地面に降り立つ時には元の姿へ戻っていた。


「久しぶりの馳走だった。ありがとう」


血の付いた口を上品に拭う仕草を見て、ヴェガは素早く星屑を展開した。


その五体をバラバラに転送し、引き裂く。


そう思い、放った星屑は瓦礫の山の一角を削り取った。


「…どうした? 外れだぞ」


五体が無事なまま、ルーセットが笑う。


そう、ヴェガの放った星屑はルーセットを掠りもしなかった。


(外した? 私が、この距離で?)


何かの間違いだ。


すぐにヴェガは次の攻撃を放つ。


星屑が裏通りの一部を削り取るが、結果は同じだった。


ルーセットには当たらない。


「吸血鬼の『吸血』には意味がある。それは人間より血と共に魂を奪うことだ」


焦りながら、ヴェガは次々と星屑を放つ。


流れ星の濁流は、ネオン街よりも裏通りを照らした。


その光に目を細めながらも、ルーセットはその場を一歩も動かない。


「集めた魂を消費して我々は『月の魔力』を行使する。肉体の再生もそうだが、イクリプスの使用にも当然魔力を使う」


涼しい顔をしているルーセットとは対照的に、ヴェガは荒い息を吐く。


集中を乱され、疲弊した様子のヴェガでは上手くイクリプスを操ることが出来ない。


それどころか、イクリプスを使用する程に疲弊しているように見える。


「はぁ…はぁ…はぁ………い、一体、どうして!」


遂に立っていられなくなったヴェガは地面に手をつく。


その前にしゃがみ込みながら、ルーセットは言葉を続けた。


「さっきの吸血で君の保有していた魂を全て奪った」


それは決定的な言葉だった。


呆然とするヴェガの額を、ルーセットの指が突く。


それだけで脱力したヴェガの身体は仰向けに倒れた。


「つまり、それ以降に放たれたイクリプスは集めた人間の物ではなく『君本来の魂』を消費して起動していたと言うことになる。まあ、それも残り僅かだな」


肉体を何度でも再生できる吸血鬼でも、魂を失えば死ぬ。


集めた魂を全て使い果たし、自身の魂すらも消費した先にあるのが吸血鬼の死であり、その身は再生することなく灰と化す。


「わ、私が…死ぬ訳…」


「何を言っている。死なない生物なんている訳ないだろう。不老不死の吸血鬼なんてものは、映画の中だけの存在だ」


言いながらルーセットは倒れたヴェガの腹を踏み付けた。


嗜虐的な笑みを浮かべ、ぐったりとしたヴェガを見下す。


「我々は不死身なんかじゃない。力を付けた化物は、同じ化物に殺される。絶対的な力は、決して平穏をもたらさない物なのさ。分かったか?」


ルーセットの静かな声を耳にしながら、ヴェガの意識はゆっくりと闇に落ちていった。

吸血鬼

・吸血鬼は生きていない為に外見は変わらず成長も老化もしない

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