図書館の神様 [ss]
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図書館の神様は図書館にいる。
うん、あたりまえ。あたりまえだけど皆、図書館の神様の事を知らない。図書館の神様は全国各地にある有名な図書館にもいないといけないし、ありえないほど小さな廃校になった学校の片隅に作られた図書保管庫にもいなきゃいけない。365日じゃあ足りないし、730日でも足りない。例えそれが、731日だとしても回りきれる訳がない。だから図書館の神様は気に行った図書館にしかいない。
図書館の神様は気紛れだ。気紛れで作者を独断と偏見で贔屓する。
「モナリザ君、モナリザ君。僕の大好きな芥川氏の図書は何処だい?」
図書館の神様のセンスはイマイチだ。モナリザって女だろ?僕は男だってのに。
「モナリザ君の考えていることは君が図書館にいる限り僕に筒抜けだよ」
「うー、はいはい。芥川氏ですよね」
「うん」
図書館の神様は椅子の上で両膝を立てる。そんな立ち振る舞いすべてに解説をつけたくなるよ。
文字になるようだと思う。司書の目は神様を探るように捕らえる。
図書館の神様は著者の思い描いた登場人物像を忠実に変化できるらしい。今日は漫画の登場人物だったけれど、明日には本物の図書館の神様らしくなるのだろう。服装はいつもと同じだからどうも不気味だ。にしても、今日はやけに飴ばかりを食べている。
「モナリザ君はこの漫画をしらないから、ね」
「確かに知らないので。どうせ、巷の流行から外れた堅物図書館の一司書ですからね」
不貞腐れつつ図書館の神様の隣に先日の続きの本を10冊ほど並べ、今日入ったライトノベルを1シリーズ積み重ねる。図書館の神様はじっくりと吟味して、ライトノベルを突き飛ばさなかった。
「モナリザ君。そうかっかとしてはいけないよ。君の名前はモナリザ君じゃあないか。モナリザというのは静かに周りを見て、美しいと言われる人でなくちゃあいけないんだ」
「僕の本名はモナリザではありませんので、そんなことどうでもいいです」
「そんなこといわないでくれよ、モナリザ君。大体この図書館もカタブツじゃあなくなってきているよ」
有名なる美術品に例えられた司書は、無名なる骨董品という名のガラクタを揶揄する。
「ええ、需要に合った図書館にしないと税金ドロボーが潰しに来ますからね」
図書館を2つ持つこの市において、一番端っこにあるくせに市立中央図書館という名前を持つのがこの図書館。歴史はないが蔵書は古い古書館だ。そのため、需要は今まで皆無に等しかった。だから図書館に神様がやってきたときすぐにわかった。
図書館の神様は白いページが日に焼けた時みたいな黄色味がかった色の瞳で活字を追う。きっちりと着込んだ黒い燕尾服と本を引っ張り出すための杖は隣に鎮座している。地下に眠っている外国の百科事典色のようなの暗い赤、緑、青色の交じり合った髪の毛。薄い銀色のピアスは司書の使っていたしおりがいつの間にか芥川氏の三四郎の中から加工されて生まれたようだ。
「モナリザ君、図書館というのは変化していくんだよ」
「知ってます。事実司書もアルバイト化していますからね」
事実、ここの司書の7割はアルバイトで大半は待遇の悪い国語臨時教師らしい。
「そうなんだよ、モナリザ君。それが困るんだ。僕は本を読みながら誰かと会話をするのが好きなんだ」
「うー、相手のことを考えた上での行動でしょうか」
「まあまあ。それでね、モナリザ君。僕がなぜここにいるか分かるかい」
「知りませんね。図書館の神様の気紛れなんて」
モナリザ君の話なんて右から左に聞き流す図書館の神様は色んなことを知っている。歩く図書館は人間だけど、図書館の神様は神様だ。
「僕が、気紛れで生きてる訳ないよ。世知辛い世の中の事情で、しようがないんだ」
そんな話をした次の日、図書館の神様は気紛れな旅に出た。
図書館の神様は遠い島国に行ってしまったらしい。
その日は我が市立中央図書館が古書収集カタブツ図書館からDVD観賞可能イマドキ図書館になった日だった。
fin.
読了 thx!