『 お百度参り 』 新バージョン
「ひさしぶり」
「いつ帰って来たの?」
待ち合わせた海が見える公園。
何もない田舎の高校生にとって、デートコースはこの小さな公園か、高台の神社の境内が定番だった。
「ちょっと歩こうよ」
自転車を降りて、ゆっくりと並んで歩いた。
サラサラのロングヘアが、風になびいている。
「けっこう大人っぽくなったな」
「それ何の冗談? いくつになったと思ってるのよ。アラサーよ」
高校でチアリーダー部だった美咲には、いまだにポニーテールのイメージしかないけど、彼女ならどんな髪型も似合うだろう。
「あんた何年コピーライターやってるの?久しぶりに元カノに会ったんだから、もう少しマシなセリフ言ってみなさいよ」
懐かしい。この感覚。
心を許しあった同士の、キャッチボール。
頭の回転が速い美咲に、俺はいつもタジタジだ。
高校を出て東京へ出た二人は、それぞれ違う大学へ行ったけど、付き合いは続いた。
でも、就職難でどうにかこうにか弱小の広告代理店にひっかかった俺に対し、先生を目指していた美咲は都会に採用枠が無く地元に帰った。
「覚えてるか?」
「何?」
神社の方角へ向かっていた。美咲も気付いているはずだ。
神社には伝説がある。
石段は100段。その数と同じだけ境内でデートすると、二人は結ばれるって。
まあ伝説ってほどの話ではないが、当時の高校生には十分な話題性の噂だった。
「俺たち何回デートしたっけ?」
「忘れたわよ」
美咲はそっけなく答える。
「やり直せないかな?俺たち」
「この美咲様に今彼氏がいないと思ってるのかコラ!」
口の悪さも相変わらずだ。かわいい顔とのギャップに、俺はヤラれる。
「いやいや。でも田中から婚活中だって聞いたから・・・」
「あのおしゃべり! でも遠距離恋愛はコリゴリよ」
美咲はあっけらかんと言う。
「私、今6年生受け持ってるんだ。来年の春の卒業式までには素敵な旦那さま見つけるんだから。サクラサクよ!」
「そっか」
「ん? あっさり引き下がるの? その程度で告白すんな!」
美咲に睨まれて、たじろぐ。本気で怒ってるのか?
「いや、今の会社もうヤバくてさ」
「なに? 尻尾まいて田舎に戻ってくるつもり?」
「違うよ。独立しようかなと思ってる。田中、タウン誌作ってるだろ? あいつとその話するために帰って来たんだ」
「ふーん、田中君とね」
俺は嘘をついた。本当の目的は別だ。
「拠点は東京に置くことになると思うんだけどさ、地方のタウン誌とネットワーク組んで、何かできないかなって」
「できるんじゃない? ヒロキなら。頑張りなよ。応援する」
「ありがとう」
美咲の励ましが、何より力になる。高校以来、ずっとそうだった。
「私のチア、高いわよ。何おごってもらおうかな?」
いつしか神社の石段のところに辿り着いていた。
この石段を登ると境内だ。さっきの公園より、さらに景色良く海が見える。
「俺は本気で美咲とやり直したいと思ってる。100回の伝説確かめるって言ったじゃないか」
「何よ突然。高校の頃の話でしょ?」
美咲が吹き出して小首をかしげる。
「マジなんだけど」
「また1回目からデートし直すつもり?
私30過ぎちゃうわよ。30どころか40?50だったりして。ハハハ」
「あと11回だ」
「え?」
「俺たちここで89回デートしたんだ」
「数えてたの?」
「女々しいか?笑いたきゃ笑えよ」
可笑しいって顔するから、馬鹿にされたのだと思った。
「いや。合ってるなと思って。私だって数えてたんだから。
あんたにいつも数学の宿題見せてたの誰かしら?」
美咲がイタズラっぽく笑った。
「俺、毎月1回は必ず帰って来るから。そしたら来年の桜までに100回行くだろ?」
「さみしがり屋の私が月1回で満足できると思ってるの?」
さえぎるように美咲が言った。
「それでダメになったんじゃない、私たち」
確かに。東京に残った俺と、東京を離れた美咲。
新社会人同士が、そう頻繁に東京と田舎を行き来できるはずもなく、ありふれた自然消滅ってやつだった。
お互い嫌いになって別れたんじゃない。ずっとそう思って後悔してた。
「もちろんもっと会いに来るさ。連休の時とか、盆正月とか」
「無理しなくていいよ」
「無理じゃない。そうしたいんだ」
「それじゃ、100回超えちゃうじゃない」
「神様が休憩中で、数え忘れる時があるかもしれないだろ。多いに越したことはない。
100回超えたからってバチは当たらないだろ」
またキャッチボールが弾みだした。
「で、100回デートしたらどうするの?」
ふと真顔になった美咲の瞳が、まっすぐに俺を見つめてきた。
深呼吸なんて必要ない。
クソ度胸だけが取り柄の俺だ。
今日は、このセリフを言うためだけに美咲を呼び出したんだ。
「俺と結婚してくれ!」
数秒の間があって、
「きゃはははは」
美咲が高笑いした。パッと花が咲いたように。
「やめてよ。だっさいプロポーズ」
そう言って美咲は石段を駆け上がり始めた。
「おい待てよ!」
置いてきぼりを食って、俺は慌てた。
美咲が立ち止まって振り返り、大げさにウインクしてみせた。
「行くわよ、90回目」
そう言ってまた背を向け、境内に向かって行く。
俺は自転車のスタンドを立てるのがもどかしく、歩道に倒れるのも構わず駆け出した。
軽快なリズムを刻む美咲のスニーカーを追いながら、日頃の運動不足を後悔していた。
(境内で美咲を捕まえたら、息が整うまでキス我慢できるかな・・・)
久しぶりのダッシュ、そして何より美咲からの返事で、俺の心臓はどうにかなりそうだった。
―完―