見知らぬ土地と、ドヤ顔のあいつ
今度の引越し先はどこだと思う?
正直、その問いには飽き飽きしていた。
俺は引越し先に興味はなかったし、仕事だって回線さえあればどこでもできる。引越しがらみの全てはあいつに任せていたから俺がするのは引越し直前の荷物の梱包だけ。
――ただ、引越しの移動中に窓から見る景色は好きだった。
行き先はどこでもいい。移動している間に見える一瞬の景色だけが好きだった。
そう言うと、あいつはいつも笑ってこう言うんだ。
じゃあ、次の引越し先も期待していてね――と。
実際のところ、俺とあいつの引越しはもう何回繰り返したか分からない。ひとところに留まっていた時間なんて考えたこともない。
仕事をして、引越しをして、新しい場所で仕事をする、そんな日々の繰り返し。
これからもそうだ、と思っていた。
――が、今回のあいつの問いかけだけは真面目に聞いておくべきだった、と今猛烈に後悔している。
今、俺がいるのはコールドスリープ用のカプセル。頭に被せられたヘッドギアは量子サーバーに接続されていて、今から意識をそちらに移すという。
今度の引越し先は、じゃーん! 未来でーす! でも、意識は量子サーバーに引越して肉体が目覚める未来まで全てを見続けることになりました! なんて言われたら、もうどうしていいか分からない。
隣のカプセルにいるあいつはワクワクした様子でカプセルの扉越しに手を振ってきているが、正直なところ俺はどうしてこうなった、という思いしかない。
未来に、それまでの記憶を持った人間を送り込むというプロジェクト自体は面白い試みだ、と思う。しかし、俺たちが選ばれた理由が分からない。
――と、言いつつも心当たりはある。
あいつは昔からそういう奴だった。どうせ今回も面白そうという理由だけで志願して、選抜を勝ち残ってしまったのだ。俺の意思はどうした、と思いたいところだが、今の人類は番うということがほとんどない。一人で産まれて、一人で生きて、一人で死ぬのが当たり前となった今では法的に婚姻関係に至るという発想はほとんどない。国民の遺伝子検査と精子及び卵子の提出、冷凍保管が義務付けられたのが現在だ。コンピュータが適切な遺伝子の組み合わせをシミュレートして人工子宮で子供を生産する、ということで少子化問題も遺伝病の問題もクリアしてしまった。親が子を産み育てるという概念はもう存在しないと言ってもいい。
そんないきさつから、男女が番うという風潮もなくなって久しい。
まあ、様々な理由で俺たちみたいに番う例も皆無ではないが。
話は逸れたが、未来に現在の人類を繋げるという意味では夫婦という単位は重要な要素だったらしい。
あいつが言うには、このプロジェクトに志願するには法的に婚姻関係を結んだ番である必要があったらしい。
そうなると志願できる人間は一握りになるし、番の二人が同意する必要もない――ということか。
と言われて納得できるか。プロジェクトの存在は知っていたが、まさか俺に無断で志願するとはあまりにも想定外すぎる。
が、あいつらしいな、と思ってしまう。
未来に自分たちのことを伝えたいという大義名分なんてあいつにはあるはずがない。ただ、今の人間がたどり着けない未来を俺と見たい、量子サーバーという新天地で俺と生きたい、あいつの頭にあることは俺と一緒にいることだけだ。
どうせいつかは死別するのが嫌だから量子サーバーで半永久的に一緒に生きていたいのだろう? と確認の視線を送ると、あいつはニッコリ笑って親指を立ててくる。
――おやすみ、次は量子サーバーの引越し先で。
意識の転送と、コールドスリープが同時に始まる。
人類の未来を懸けた、俺にとってはまったくもって想定外の引越し。
今回の引越しで、俺はあいつとどんな景色を見るんだろうか。
そう思った俺の意識で、極彩色の光がすっと流れて消えていった。
◆◇◆ ◆◇◆
今度の引越し先はどこだと思う?
今回のその質問に、俺は先回りして答える。
――俺たちがコールドスリープしてから、1000年後の未来。
量子サーバーの中に作られた、俺たちだけの家。
仕事をする上ではネットワークが繋がっていたから問題はなかった。
何世代もの人類の生死を見届け、営みを記録し続けて1000年。
サーバーの管理者からは、1000年の区切りで俺たちをコールドスリープから目覚めさせる、と連絡が来ていた。
それが分かっていたから、あいつに言われる前に先回りしたのに。
あいつは笑いやがった。
そんなの分かり切ってるじゃない。もっとすごいと・こ・ろ・よ。と。
そんなはずはない。サーバーの管理者からは定期的に連絡を受けているし、俺の知らない情報があるはずはない。
いや、あるとすれば――。
ニュース、見てないでしょ。あなた、ニュースなんて見ないんだから。
そう言ったあいつが俺の手を引く。
走った先にあるのは開かれたゲート。
今まで閉じていたそれが開いているということは本当に目覚めの時を迎えたということで。
じゃ、後でね、とあいつが先にゲートに飛び込む。
それを追って俺もゲートに飛び込み――。
◆◇◆ ◆◇◆
窓の外に広がる無数の星を見た。
「宇宙移民船ノヴァ・アークだって。今度の引越し先はなんと宇宙! 宇宙人に出会えるかな?」
一足先に目覚めたあいつが、俺をカプセルから引っ張り出す。
「やれやれ、ニュースを見なかった俺も悪いが、管理者も量子サーバーを宇宙船に積み込むくらい言ってくれてもよかっただろうに」
「だってあなた、管理者のメールも時々未読スルーしてたじゃない」
――俺は、お前が引越し先を教えてくれるのが楽しみだったんだよ。
俺が知らない場所を、得意げな顔で教えてくれるお前を、見ていたい。




