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第1話 春風と、七色の予感

四月。


 桜の花びらが風に乗り、通学路を淡いピンク色に染めていた。


 新しい制服に身を包んだ生徒たちは、期待と少しの不安を胸に学校へ向かっている。


 そんな中――。


「やっべぇぇぇぇぇ!」


 一人だけ、全力疾走している男子高校生がいた。


 黒江錦太郎。


 私立・虹ヶ丘学園二年生。


 勉強も運動もそこそこ。特別目立つわけでもない。


 ただ一つだけ、昔から変わらないことがある。


 とにかく、運が悪い。


「今日から二年なのに遅刻とかシャレにならん!」


 肩にかけたバッグを押さえながら坂道を駆け上がる。


 あと五分。


 間に合う。


 そう思った、その時だった。


「きゃっ!」


「うわっ!」


 曲がり角で誰かとぶつかった。


 勢いよく転びそうになった少女の腕を、とっさに掴む。


 しかし勢いは止まらず――。


 二人はそのまま歩道に倒れ込んだ。


「いってぇ……」


 錦太郎が目を開ける。


 すぐ目の前には、大きな瞳。


 ふわりと甘いシャンプーの香りがした。


「……錦太郎?」


「え?」


「……もう、朝から何してるのよ。」


 幼なじみの赤城茜だった。


 肩まで伸びた茶色がかった髪を揺らし、呆れたように笑っている。


「茜!? ご、ごめん!」


「もう。制服、汚れちゃったじゃない。」


 そう言いながら立ち上がろうとした茜は、足を滑らせた。


「あっ!」


 再び倒れそうになった体を、錦太郎が受け止める。


 今度は完全に抱き寄せるような格好になってしまった。


 二人の顔の距離は、わずか十センチほど。


「…………」


「…………」


「……近い。」


 茜の顔がみるみる赤くなる。


「ご、ごめん!」


 錦太郎は慌てて離れた。


 その瞬間。


「朝から仲良しだねぇ。」


 後ろから聞こえた声に、二人は同時に振り返る。


 そこには数人の女子生徒。


「違う!」


「事故だから!」


 二人の声がぴったり重なる。


 女子たちは笑いながら学校へ向かっていった。


「絶対勘違いされた……」


「錦太郎のせいだからね。」


「いや、俺!?」


「ほら、急ぐよ!」


 茜はそう言って歩き出す。


 その横顔を見ながら、錦太郎は少しだけ安心した。


 今年も、いつも通りの一年になりそうだ。


 ――そう思っていた。


 校門をくぐった瞬間。


「黒江くん。」


 澄んだ声が聞こえた。


 振り向くと、一人の女子生徒が立っていた。


 制服は誰よりもきっちり着こなし、長い黒髪を綺麗にまとめている。


 胸元には、生徒会役員のバッジ。


「おはようございます。」


「藍沢先輩。」


 藍沢瑠璃。


 二年生でありながら生徒会副会長を務める、学校でも有名な才女だ。


「始業式の日くらい、時間に余裕を持って登校してください。」


「すみません……。」


「反省しているなら結構です。」


 そう言って微笑む瑠璃。


 その笑顔は優しい。


 だが、なぜか錦太郎の方をじっと見つめていた。


「……?」


「いえ、何でもありません。」


 そう言い残し、彼女は校舎へ向かった。


「なんだったんだ?」


 錦太郎が首をかしげていると――。


「おーい!」


 グラウンドの方から元気な声が飛んできた。


 ショートカットの少女が、大きく手を振りながら走ってくる。


「青柳蒼だ!」


 そのまま勢いよく錦太郎の肩を叩く。


「同じクラスだって!」


「え、本当か!」


「よろしくね!」


 太陽みたいな笑顔。


 元気いっぱいの蒼に、錦太郎も自然と笑顔になった。


 そこへ、また一人。


「お兄ちゃん……じゃなかった、黒江くん。」


 小さな声で話しかけてきたのは、ふんわりした雰囲気の少女。


 黄瀬向日葵。


「今年もよろしくね。」


「こちらこそ。」


 彼女は照れたように笑うと、小さく手を振って教室へ向かった。


「……人気者。」


 いつの間にか近くに立っていたのは、緑川翠。


 クールな表情で眼鏡を直しながら言う。


「別に……そういうわけじゃ。」


「自覚がない人ほど困る。」


 それだけ言って去っていく。


「なんなんだよ……。」


 錦太郎は苦笑するしかなかった。


 そして校舎の二階。


 一つの窓から、こちらを見つめる少女がいた。


 紫宮すみれ。


 彼女は楽しそうに微笑む。


「ふふ……やっと始まるのね。」


 誰にも聞こえないほど小さな声。


 その意味を知る者は、まだいない。


 春風が校庭を吹き抜ける。


 七人の少女。


 まだ全員が揃ったわけではない。


 けれど、この日を境に黒江錦太郎の平凡な毎日は、少しずつ色を変えていく。


 それは、誰も予想できない恋と青春の始まりだった。

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