第9話 いいことでもあった?
「禁断の果実を食べた3年生と一緒にいた人、だよね」
絶対にわたしのことだ。そしてアニエスのことだ。そこまでうわさになっていたの? アニエスだけならまだしも、どうしてわたしまで。
何だか気まずくて、あぁ、と苦笑することしかできない。
「僕、1年生だから、先輩は敬語使わなくていいと思う」
……リアル僕っ子だ。そして1年生なんだ。今まで関わったことのない雰囲気のこの子に少し呑まれている気もするけど、ひとまずわたしは「そうするね」と答える。
すると、この子はほんの少し口角を上げて頷いた。
……せっかく仲良くなれそうだし、名前、聞いてみてもいいかな。
「よかったら名前教えてくれない? わたしは深町伊都っていいます」
「僕は夏川類。よろしくね、伊都先輩?」
まさかの、苗字ではなく名前の方で先輩呼びされてしまった。だったらわたしからも名前呼びしていいよね?
「よろしく、類ちゃん」
類ちゃんはなぜか一瞬目を見開いた。……もしかして、名前呼びがまずかったとか? でも、楽しそうに笑ってるからきっと大丈夫……なはず。
「深町さん、何かいいことでもあった?」
和泉先生にそう聞かれたのは、アニエスと一緒に国語準備室の整理を手伝っていた時だった。アニエスも「最近の伊都は確かに楽しそうデスね?」と続ける。
心当たりは1つしかない。そんなに分かりやすかったかなと、最近の言動を振り返ってみる。
朝、アニエスにおはようと挨拶をする。考えてみれば、ほんの少し声が弾んでいた。
昼、アニエスと一緒にお弁当を食べる。思い出してみれば、窓に映る自分は笑っていた。
放課後、アニエスを引っ張って和泉先生のいる国語準備室へ行く。早く終わらせて早く図書室へ行きたいあまり、あの茶番は今まで以上に早く終わらせていた。
……分かりやすいな。思っていた以上だった。アニエスと和泉先生しか出てこないのが何とも言えないけど、……仕方がない。わたしが学校で関わるのって2人と類ちゃんくらいなんだから。
その類ちゃんとは、放課後の図書室で毎日のように会っている。軽く挨拶をしたりおすすめの本を紹介したり、時々面白かった本について小声で話したり、そのあとは各自、物語の世界へ飛んでいくだけ。言ってしまえばそれだけだけど、本の話ができるのは想像以上に楽しい。最近のわたしは朝よりも夕方のテンションの方が高いはずだ。
「……いいこと、ありましたね」
あの楽しさを思い出すと、口角が上がる。ぐいぐいとアニエスがこづいてきた。地味に痛いからやめてほしい。
「それで、何があったんデスか?」
「俺も気になる。聞かせてよ、深町さん」
2人の目は気のせいじゃなければ面白いものを見つけたと言わんばかりに輝いていた。別に減るものでもないし、話してもいいよね?
「……読書繋がりの友達ができたんです」
「と、とうとう伊都にワタシ以外の友達が……!?」
「言っておくけど、アニエスが一番の友達だからね?」
そう言ったら、わざとらしく驚いていたアニエスは明らかにほっと息を吐いた。この親友、案外寂しがりやだ。でもそれをオーバーリアクションで隠そうとするところも含めて、アニエスだな、と思う。
和泉先生は人の良い笑みを浮かべながら話の続きを待っている。
「その子とは図書室で出会って……すごく可愛いんですよ? 一緒に読書して、たまに本について語って……本当に楽しいんですよね」
「へぇー、いいね。本好きの子か、俺も知ってるかな……その子、名前は?」
類ちゃんはかなりの美少女だから、もしかすると和泉先生も話を聞いたことくらいはあるかもしれない。
「夏川類ちゃんです」
そう言った瞬間、和泉先生とアニエスはぴしりと固まった。




