第8話 憂いの美少女
「あの、何してるんですか……?」
学校の図書室で、見知らぬ美少女にそう声をかけたのにはれっきとした理由がある。
遡ること、数日前——。
6月中旬、本格的な梅雨に入ったせいか、ここ数日はずっと雨が続いている。こういう日は、心地よい雨音と共に読書するのが楽しい。
放課後にやってきた図書室には、ちらほらと本を探している人が2、3人いるだけ。明るすぎず暗すぎない、最近見つけた窓際の特等席は空いている。あらかじめ読むと決めていた恋愛小説を取って、わたしはその席に着いた。
表紙の向こう側にある世界には、雨音がよく似合う。孤独な女の子が、偶然図書館で出会った同い年の男の子と、孤独を癒し癒されながら恋に落ちるという心地よい温度の青春恋愛ストーリー。最後まで一気読みしてしまった。
静かに裏表紙を閉じて顔を上げると、わたしが座っている1つ前の席で、制服のセーラー服を着た見知らぬ美少女が雨に濡れる校庭を眺めていた。特に本を読んでいるでもなく、ぼんやりと窓の外を見つめている、茶色っぽいボブヘアと同じ色の眠たげな瞳の女の子。雪のような肌に、頬は薄く色付いていて、その鼻筋と輪郭はまるで絵に描いたように整っている。
薄い唇から小さなため息を吐き出して、その子は憂いた風に過ごしていた。
ふと、さっき読んだばかりの小説の主人公に似ていると思った。独りであることをなんとも思ってないようで、でも少し寂しそうにも見える表情が、想像の中の主人公と重なる。
あまりじろじろと見るのは失礼だろうと、そっと視線を逸らした。目に入ってきた時計は、親に帰ると宣言していた時間を30分も過ぎている。……集中しすぎてしまった。わたしは静かに、かつ、慌てて立ち上がり、読んだものを本棚に返して図書室を出た。
その次の日も、また次の日も雨だった。和泉先生から任された雑用をこなした後、もはや習慣となっている図書室へ足を運ぶ。今日もあの子は憂い顔で座っていた。本を読むわけでもなく、何かを探すわけでもなく、ただぼーっと雨に打たれる世界を見つめる。
……何か、悲しいことでもあったのかな。そんな風に思いながら、わたしはミステリー小説の表紙を開いた。
物語の世界に入り込むと、わずかな間かもしれないが、現実から離れられる。剣と魔法のファンタジー世界だったら、まるで自分も一緒に冒険をするように。とにかく甘くてじれったい恋愛ストーリーだったら、2人を応援する空気にでもなったかのように。時々わたしもそんな冒険や恋愛がしてみたいとか思ってみたりして……。
そんな不思議な心地が好きだ。
この子が何か憂うようなことがあるのなら、ぜひ読書をおすすめしたい。現実から一旦離れて、気分転換することだってできる。世の中ではこれを現実逃避というけど、やるべきことをやっていたらそうしたって何の問題もないはずだ。
もしも明日、またこの子が来ていたら声をかけてみよう。
「あの、何してるんですか……?」
「……?」
初めて話す相手にかける言葉が「何してるんですか」というのは、我ながらどうかと思った。きょとんと首を傾げるこの子は明らかに戸惑っている。……いや、それよりかは不思議そうにしていると言った方がいいかもしれない。
「最近ずっとここにいるから、気になって……」
「……うーん、現実逃避?」
想像よりかは少し低めの落ち着いたハスキーボイスで、美少女は答えてくれた。この子自身も自分が何をしているのかは分かってないようだ。
「……現実逃避なら、読書もいいと思いますよ?」
その子は少し考えるように視線をめぐらせた後、そっと頷く。
「じゃあ、読んでみようかな?」
「いいですね……! どんなものが読みたいとかってありますか? わたしのおすすめはこの本なんですけど……!」
自分の好きなことをやってくれるというのは思いの外嬉しいものらしい。うっかりテンションが上がって、この前読んだ青春恋愛ストーリーをおすすめしてしまった。
わたしの勢いに驚くでもなく、この子はふと声に出す。
「先輩、だよね」
「……え?」
今度はわたしが戸惑う番らしい。どうして突然そんなことを……? 少なくともこの子は3年生じゃなさそうだけど、確信を持った風にそう言われるほどの何かがあるわけではないはず。
「禁断の果実を食べた3年生と一緒にいた人、だよね」




