第5話 ミックスジュース味の真相
「禁断の果実、まさか食べてないよね……?」
「た、食べちゃいました」
……アニエスが。
和泉先生は一瞬呆然とした後、すぐに言葉を続ける。
「ふ、深町さん、食べちゃったの……?」
「い、いえ、アニエスが。わたしは食べてないです」
和泉先生がアニエスの方を向いた時には、禁断の果実がすでに半分くらい食べられていた。相変わらず食べるのが早い。……じゃなくて、和泉先生が止めたということはやっぱりそれなりの理由があるはず。
頭を抱えたまま固まっている先生に声をかける。
「あの、この調子だと全部食べそうな勢いなんですけど、大丈夫じゃないですよね……?」
はっと思い出したように、和泉先生はアニエスから禁断の果実を奪った。
「……なんデスか?」
不機嫌を隠そうともせず、アニエスは言う。もう少しで食べ終わったのに、とでも言いたげな表情だ。
「久坂さん、俺の見間違いじゃなければ、禁断の果実を食べたんだよね?」
「ハイ、美味しかったデスよ?」
片方は食べかけのリンゴっぽいものを持ったまま頭を抱えて、片方はきょとんと状況を掴めていない。禁断の果実がなっていた木に見守られた中庭は、若干のカオスに包まれている。
「……保健室、行こうか」
「……ハイ?」
アニエスは問答無用で連れて行かれた。……もしかして本当に毒が入っていたんじゃないか。和泉先生のこの慌てようといい、あの美味しそうな見た目といい、最悪な想像が頭をよぎる。
「深町さんも一緒に来る?」
「……い、行きます」
和泉先生についてやってきたのは、職員室の近くにある保健室。消毒液の匂いと清潔感のある空気、真っ白なベッドが3台並んでいる。
白衣を着た初老の女性の先生が「どうしました?」と声をかけてきた。
「今年度初、禁断の果実の犠牲者です」
この子ですと前に出されたアニエスは、まだ分からないという風に首を傾げている。
「あぁ……」
保健室の先生は、和泉先生と揃って遠い目をした。
「あなた、お名前とクラスは?」
「3年3組久坂アニエスデスよ?」
その後に続けて、「うちのクラスの子です」と和泉先生が言う。
「分かりました。アフターケアなどは任せて良いですね?」
「はい。でも、久坂さんならそこまで心配はいらないとは思います」
「……あの、なんの話をしているんデスか?」
内容の見えてこない大人の話に痺れを切らしたアニエスは、不思議そうな顔をして訊ねた。
「そういえば、まだ説明してなかったか。……いい、久坂さん。落ち着いて聞いてね」
突然緊張感を漂わせた和泉先生に、アニエスと共に姿勢を正す。毒だっていう予想が当たってませんように。そう祈ってみるけど、もうここまできたら十中八九当たっている気がする。
「久坂さんが食べた禁断の果実には、——毒が含まれています」
案の定そうだった。それがどんな毒でどんな効きがあるのかが問題だけど……アニエス、しっかり目に食べてたからな……。
ちらりと窺った先のアニエス本人は、顔からさあっと血の気を引かせていた。それを見たら、なんだかわたしまで怖くなった。
「あれ、見た目ほぼリンゴだしミックスジュース味で美味しいけど、れっきとした毒だからね」
「症状としては、嘔吐、腹痛、下痢……。主に消化器系に作用するものです。生死に関わるようなものではないけれど、久坂さん……頑張ってください」
保健室の先生がそう付け加えると同時に、アニエスは両手で口元を押さえた。そして、その状態のままひとこと。
「ちょ……ちょっとトイレ行きマス!」
慌てた様子で早足に保健室を出て行った。
……かなり悪そうだったけど、本当に大丈夫だろうか。アニエスほどではないと思うが、わたしの顔色も良くはないはずだ。そんなことを考えながら、開けられたままの保健室の出入り口を見る。
「……深町さん、大丈夫?」
心配を浮かべてこちらを見ている和泉先生に、そう聞かれた。




