第4話 まさか食べてないよね……?
慌てて1年2組の教室から出て、中庭の方向に目を向ける。案の定、アニエスは禁断の果実へと一目散に駆けていた。
「禁断の果実を食べマスよー!」
ご丁寧にそう叫びながら。
……止めないとまずい。何かが起こる予感がする。本当は廊下を走るなんてしたくないけど、……今は緊急事態だ。先生に見られませんように。
人気の少ない中庭へと入ったアニエスを追いかけて、全力疾走する。運動は全体的に苦手なわたしにとって、走るなんていう行為はただただきついだけ。しかもここは運動場ではない、廊下だ。気分がどんどん滅入っていく。あとでアニエスに必ず文句を言うと決めて、渡り廊下から中庭に出た。
「アニエス……!」
わたしの声に何の反応もせず、アニエスは禁断の果実だと思われる、つやつやで真っ赤なリンゴのようなものと見つめ合っていた。
手を伸ばしたら余裕で取れる位置にぶら下がるそれは、正直、美味しそうなただのリンゴにしか見えない。いや、ただのリンゴよりかはきらきらと光っているかもしれない。よっぽどお腹が空いていてこれが禁断の果実だと知らなかったら、普通に食べていたと思う。
真横に立っても、顔の前で手を振ってみても、アニエスはじっと禁断の果実を見つめたままだ。そして、あろうことかリンゴもどきに手を伸ばす。
「……アニエス?」
ぷちっと簡単に取れたニセリンゴを掲げたアニエスは、海みたいな青のタレ目を輝かせた。
「これ、絶対に美味しいヤツデス!」
……やっぱり食べる気しかなかった。
「……絶対やめておいた方がいいと思う」
「どうしてデスか?」
「だって、禁断の果実って呼ばれるくらいだよ? それなりの何かがあるんじゃない?」
アニエスは「そんなわけないデスよー」と笑った。
「いやいや、いくら美味しそうでいくらリンゴっぽいものでも……毒とかあるかもだし」
「まさカー! そんなわけないデスよー。こんなに美味しそーなんデスよ?」
「いやいやいや……」
美味しそうなものほど毒がある。自然の摂理だ。もしもこれを伝えたら、「伊都の気のせいデスよー。食べて確かめてみまショー!」と逆に助長してしまう気がする。
「ダイジョーブデスって。きっと、美味しそーだから誰にも食べられないようにうわさがあるんデス!」
「いやいやいやいや……」
それなら、わざわざこんなところにあるわけがない。人間、大事なものを盗られる可能性のあるところに置くわけがない。絶対にダメ、食べるなんて絶対にダメだよ? アニエスとしばしの睨み合いが続く。
「……そこまで止められるとやりたくなるのがワタシデス!」
「え、ちょっ」
しゃくり。
アニエスは、たぶんリンゴを大きく一口頬張った。そして、頬を押さえてかじった跡のあるおそらくリンゴを見つめたまま固まっている。
「……だ、大丈夫?」
「お……」
「お……?」
不自然に言葉を詰まらせたアニエスは、笑っていた。
「思った以上に美味しいデス……! 伊都も食べマス? リンゴとバナナとモモとミカンをぎゅっと濃縮した感じの美味しさデスよ?」
「え、遠慮しておきます」
見た目がものすごくリンゴな禁断の果実は、ミックスジュース味だったらしい。このほぼリンゴ、ミックスジュースの味がするなんて、誰が想像できるのか。……アニエスなら想像していたかもしれないか。
もう一口、アニエスが禁断の果実をかじろうとしたその時だった。
「深町さん久坂さん!」
いつも人のいい笑みを浮かべている和泉先生が、今まで見たことのないような慌てた表情で突進してくる。目の前まで来たと思ったら、がっと肩を掴まれた。
「ど、どうしましたか?」
「禁断の果実、まさか食べてないよね……?」




