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和泉先生と五つの禁断  作者: 色葉充音
禁断の果実
3/16

第3話 クラス委員の仕事

「アーニーエースー?」

「ひっ、い、伊都……!? な、なんデスか……?」


 人を見て引きつった声を上げるだなんて、ひどいじゃないか。本当はアニエスもよく分かっているでしょう?


 逃げ腰になっているアニエスにじりじりと距離を詰めていく。教室の出入り口から逃げ出されないように気をつけながら、ゆっくりと確実に。


「こ、来ないでくだサイ。というかどいてくだサイ。今日こそは自由を満喫するんデス……!」

「どうして? 何も怖いことなんてないよー? 苦しいことだってないよー?」

「その言い方と今の伊都が怖いデス!」


 確かに今の言葉は怖かったかもしれない。だけど、わたしまで怖いだなんて心外だ。幽霊でも見たかのような声にならない悲鳴を上げながら、アニエスはぶんぶんと首を振っている。


 その手を掴んだら、わたしの任務は完了だ。


「うわぁぁぁあぁん、伊都がワタシの自由を奪っていこうとしてマスぅぅうぅ」

「はいはい、嘘泣きはもういいからね。行くよ」


 クラスメイトに「今日もお疲れさま」と何とも言えない気持ちになる声かけをされながら、アニエスを引っ張って3年3組を出た。


 こんなやり取りももう5回目だ。最初の頃こそぎょっとした目で見られていたけど、それも2日、3日と続くとさすがにみんな慣れてくる。正直、わたし的には飽きてきた。でも、引っ張られている本人的にそんなことはないらしい。


 なんだかんだ嫌がるのは最初だけで、教室を出たら手を離してもついてくるから、純粋にあのやり取りを楽しんでいるところもあるのだろう。


 2人で向かうは、和泉先生がいる国語準備室。クラス委員という名の雑用係の仕事だ。


 扉をノックして返事が返ってきたら、がらがらと引き戸を開ける。


「失礼します」

「失礼しマース」

「うん、いらっしゃい。早速で悪いけど、この辞書たちを1年2組に届けるの、お願いしてもいい?」


 和泉先生がそう差し出してきたのは、厚さ5センチメートルくらいの国語辞典だった。しかもその数は5冊。


「……伊都、どちらが1冊多く持ちマス?」

「わたしが持つよ」


 アニエスには、わたしの意地みたいなもの——報酬がもらえるのならそれなりの働きをする——に付き合ってもらっているんだから。それくらいはさせてほしい。


 3冊を重ねて、ぐっと持ち上げる。見た目より少し重めな気がするが、全然問題はない。アニエスが2冊持ったのを確認して、和泉先生に声をかける。


「それじゃあ、1年2組に届けてきますね。教室の後ろの方に置いておけばいいですか?」

「それでお願い」


 和泉先生はキャスター付きの椅子から立ち上がって、「気をつけてね」と扉を開けてくれた。


 ……どうしてそこまで気を遣えるのだろうか。言動がいちいちかっこいい。隠れてキャーキャー言っている女子たちの気持ちが少し分かる。待てよ、そうしたらこの状況はなかなかに危険なのでは……?


 みんなの和泉先生をわたしとアニエスが独占しているとか、そんな話には……さすがにならないか。この前読んだ小説みたいに、誰も抜け駆けしないようにするためのファンクラブがある、なんていう話は聞いたことがない。


 先生にありがとうと伝えて、わたしとアニエスは1年2組に向かう。


 辞典を指示通りの場所に置いて、国語準備室へ戻ろうと歩き出したその時、くいっと右手を引っ張られた。慌てて振り返ると、アニエスがきらきらとした目でこちらを見ている。

 また突拍子もないことを言い出すような予感がした。


「伊都!」

「な、なに……?」

「つまらないデス! 禁断破りしまショー!」

「どうしてまた……?」


 アニエスの興味をそそるような何かがあった記憶はない。強いていうのなら、普段は通らない中庭が見える渡り廊下を通ったくらいで。


「禁断の果実デス! さっき見えマシた!」


 ……確かにあった。中庭にいかにも美味しそうなフルーツみたいなのがなっていた。だけど、食べるのが禁断という噂が流れているということは、それなりの理由があるんじゃないか。一旦考え直した方が良いのではないか。


「アニエ——」


 アニエスはすでに、手の届くところにはいなかった。

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