第20話 俺の可愛い生徒発言(2回目)
「——さん、ふか……ん、……深町さん」
……和泉先生? 目を開けると、至近距離に先生の顔があった。…………夢? わたしを見て安堵の表情を浮かべている好きな人がこんなに近くにいるのなんて、都合の良い夢に決まっている。先生の向こう側には見知らぬ天井が見えるけど、蜘蛛の巣があちらこちらにあるけど……きっと夢だ。さっきの半透明な浮かんでいた人だって夢だろう。
「お、目が覚めたか?」
半透明な人は空中であぐらをかいて、和泉先生の横からわたしを覗き込んでいる。……頬を引っ張ってみる。しっかり痛い。…………反対の頬を引っ張ってみる。しっかり痛い。
どうやらこれは夢ではないらしい。和泉先生が至近距離でわたしの顔を見ていたのも、旧校舎に足のある幽霊が存在するのも。
「……っ!?」
混乱を乗せた悲鳴は音にすらならなかった。
「な、なんか悪かったな。大丈夫か……?」
和泉先生にゆっくりと起こしてもらって、人ひとり離れた位置にいるたぶん幽霊さんをじっと見つめる。「お、おい」とこちらに手を伸ばしてくる幽霊さんに、体がこわばった。
「大丈夫だよ、深町さん」
そう言って、さっきみたいに右手を握ってくれる。
「この幽霊はずっと前からここに住み着いているだけで、害は一切ないからね」
「日色の言う通り、オレは、気がついたらこの旧校舎にいただけの幽霊だ。名前は玲。……幽霊の『霊』じゃないからな?」
確かに、先生の言う通り害なんてものはなさそうだ。ぎゅっと手を握り返すと、大丈夫だと思えた。
「……よろしくお願いします? わ、わたしは深町伊都です、……玲さん?」
にかりと笑ってくれたから、この呼び方で間違いないのだろう。そういえばと周囲を見回してみる。だが、和泉先生と玲さんしかいない。
「あの、アニエスと類くんって……」
「ああ、2人ならすぐそこにいると思うよ」
和泉先生がそう指差した廊下の角を見てみると、目を丸くした2つの顔があった。どう見てもアニエスと類くんだ。そんなところで一体何をしているのか。……まさか、さっきからずっとわたしと先生を見て楽しんでいた、なんてことはないよね?
アニエスは「バレてしまいまシタか」と、類くんは「伊都先輩には気づかれなかったみたいだけどね」と言いながらこちらへと近づいてきた。その言い方だと見ていたことを遠回しに認めているけど、いいのだろうか。
ほんの少しだけ繋ぐ手に入れる力を強くしたら、和泉先生も包み込むようにぎゅっと握ってくれる。
それが嬉しかったから、何かを企むように笑った玲さんへの反応が遅れてしまった。わたしと和泉先生の間にすっと割り込み、ふわりと背中から抱きしめてくる。幽霊は触れるものらしい。先生と繋がっていた手はいつの間にか離れていた。
和泉先生は途端に冷やりとした笑顔を浮かべて、わたしを挟んで玲さんと真正面から対峙する。
「玲……? 俺の可愛い生徒に何をしているのかな?」
「別に何もしてないが? 強いて言うなら少し気に入っただけだ」
ふと、玲さんに名前を呼ばれた。初対面にも関わらず、「伊都」と呼び捨てだった。何だろうと振り向くと、両手で頬を固定される。
……わたしは初対面の幽霊さんに何をされているのだろう。何かが顔についているとか? それとも……ダメだ。それ以外の理由を思いつかない。本当に、わたしは何をされているのだろう。
今度は玲さんの顔が近づいてくる。一体全体何なのか。わたしにキスでもしようとしているのか。そんなわけはない……はずだ。なのにどうしてか玲さんの顔は近づいてくる。両手を唇を前に持ってきて、念の為のガードだ。
だが、玲さんはいともたやすくわたしの手首を掴んで止める。これはもうダメなやつだと悟ると同時に、息がかかる距離まで近づいて来る。「おー」という何とも気の抜けたアニエスと類くんの声がした。
そして玲さんはいたずらっぽく笑ってすぐに離れていった。……何なのだろう。
動けなくなっていると、背中の方から、絶対零度で玲さんの名前を呼ぶ声がした。




