第2話 隠れ人気ナンバーワンの実力
「深町さん、久坂さん、ちょっといい?」
担任の和泉日色先生からそう声をかけられたのは、禁断破りをしてしまった次の日の放課後だった。
焦茶色のマッシュパーマに、同じ色の瞳は吊り気味。眉毛はきっちりと整えられていて、輪郭と鼻筋はすっと通っている。真顔になったら迫力がありそうだけど、先生はいつも人の良い笑みを浮かべている。逆にそれ以外の表情を見たことがない。
ミステリアスでイケメンだよね、なんていう話が定期的に女子の間で回っているような、隠れ人気のある先生だ。
そんな人がわたしたちに何の用なのか。帰る準備をする手を止めて、隣の席のアニエスと首を傾げ合う。もしかすると禁断破りをしてしまったことについてお小言でも言われるのかもしれない。……それも、何かひとつを失う感じのもので。
どういうものかと言われたら全く想像がつかないけど、あまり良い予感はしない。
和泉先生の後についてやってきたのは、国語準備室。
その部屋の中は、人がぎりぎりすれ違えるスペースと、小さめの長机、そして椅子が置いてあるところ以外びっしりとスチールラックが並んでいる。辞書、辞書、古そうな文献、教科書、教科書、小説……まさに国語のためだけの部屋だ。ぱっと見ただけでも、読んでみたいものが10個はあった。
「こんな部屋あったんデスねー。初めてきまシタ」
「確かに、俺かこの部屋によっぽどの用がなければ来ないよね」
どうぞ、と進められるがまま、アニエスと並んでパイプ椅子に腰掛ける。長机を挟んで、和泉先生はキャスター付きの椅子に座った。
「さて、2人を呼び出した理由だけど……」
来た、早速の本題だ。わたしたちは何を失うことになるのだろう? やけに長く感じる間に、ごくりと唾を飲み込む。
「2人には、3年3組のクラス委員をお願いしたい」
「……え?」
「……ハイ?」
戸惑いの声がアニエスと重なる。
クラス委員なんてもの、今まで存在しなかったはずだ。それにどう考えても、体のいい先生の雑用係だろう。そんなものを引き受けたら、わたしの、特に目立つこともないのんびりとした素晴らしい平穏な高校生活が終わってしまう。
理由は違うにしろ、アニエスだって引き受けたくはないはず。ちらりと視線を向けると、分かりやすく顔に面倒くさいと書かれていた。こちらに気づいたアニエスと頷き合う。
「「お断りします(マス)」」
タイミングはばっちりだ。だけど、わたしたちの断りの返事に驚くでもなく、和泉先生は「どうして?」と聞いてくる。
「……面倒くさいデス」
「……のんびりしてたいです」
そっと逸らした視線の端で、和泉先生が笑顔を深めるのが見えた。
「君たち2人とも、部活には入ってないよね?」
……痛いところをついてくる。
部活とかいういかにも団体行動なものに入りたいと思ったことはない。余計なしがらみが増えるだけだ。でも、同じクラスの子たちはわたしたち以外全員部活に入っているという逃げられなさ。確かにこの学校は部活推奨ではあるけど……。そこをついてくるなんて、なかなかに良い性格をしていらっしゃる。
「部活の引退時期と同じくらいまででいいから、お願いできる?」
笑顔でそう言われたが最後、アニエスとアイコンタクトを取って、同時に息を吐いた。
「「分かりまし(マシ)た……」」
「ありがとう。それにしても、君たち本当に息ぴったりだね」
「「ありがとうございます(マス)……」」
そう言われるのはなんだかんだで嬉しいけど、今じゃない感が半端ない。
さらば平穏な高校生活……。肩を落として国語準備室から出ようとすると、「深町さん」と声をかけられた。
「この部屋の本、元の位置にさえ戻してもらえたら、好きに読んでいいからね。本、好きなんでしょ?」
和泉先生は、わたしが毎日のように図書室へ通っているのを知っていたらしい。女子生徒からの隠れ人気ナンバーワンの理由が見えてきてしまったかもしれない。
真面目に雑用をこなそう。アニエスを引っ張るつもりまではなかったけど、ちゃんと引っ張ってこなそう。本を読めるという報酬がもらえるのだから、それくらいはやらなくては。アニエスにはせいぜい付き合ってもらおう。
「ありがとうございます……!」
わたしは今日一番の笑顔で言った。
失ったもの:
伊都、平穏な高校生活。
アニエス、自由な時間。




