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和泉先生と五つの禁断  作者: 色葉充音
禁断の行為
14/28

第14話 笑顔で怒る人ほど怖い

 予想に反して、衝撃は襲ってこなかった。代わりに感じたのは、落ち着く石鹸の香りと大きな温かさ。そっと目を開けてみる。類ちゃんはほっと息を吐き、いじめっ子3人はわたしの後ろに信じられないものを見るような視線を向けていた。


「大丈夫、深町さん……?」


 上から降ってきた声は、和泉先生のものだった。……なんでここに? いや、今はそれどころじゃない。慌てて頷くと、微笑んだ気配と共に、頭にぽんと手が置かれた。


 ……? …………? とりあえず立ちあがろう。寄りかかっていた先生から離れると、背中に少しの寂しさを感じた。


 さて、と和泉先生はいじめっ子3人に向き直る。突然、空気が張り詰めた。3人はびくりと肩を揺らす。


「君たちは、俺の可愛い生徒に一体何をしたのかな?」


 和泉先生はあくまでもにこやかに笑いかけたけど、その目には笑顔どころか冷たさしかない。「ねぇ、答えてよ?」と追い討ちをかけると、真っ先に口を開いたのはスカート女子だった。


「……何って、わ、私は何もしてない……この2人が、やりました」

「はぁ? 何言ってんの? 夏川がむかつくって言い出したのお前だよね」

「夏川と仲良くしてるこのせんぱいも痛い目みればいいのにって言ってただろ?」

「な……、い、言ってない! そ、そんなこと私言ってない!」


 ……見事な仲間割れだ。これどうすればいいんだろうと思っていたら、「深町さん」と呼ばれた。


「3人は意見が食い違ってるみたいだけど、深町さんから見たらどう? この子は何もしてなかった?」


 否、そんなわけがない。


「一緒になって笑われました。でも、手は出してきませんでした」


 掴まれた右手首をさすりながら、暗に他の2人は手を出してきたことを伝えると、和泉先生の視線の温度はあっという間に氷点下となった。これは絶対零度も夢じゃない気がする。


「ちょっと生徒指導室で()()しようか。君たちの担任も交えてさ」


 わたしたちの後ろの方を指差しながら和泉先生は笑う。笑顔の形をしているだけで、怒り心頭なのは明白だ。おでこに薄く血管が浮き出ている。


 その時、背中側から和泉先生を呼ぶ女性の声がした。


「ちょうど良いところに。高木(たかぎ)先生、この3人、泳がせておくのはもう無理ですよ」

「……! もしかして何か……」


 はっと顔色を変えて近づいてきた若い女性——高木先生は、ぎりぎりアウトな制服の着方をしている3人に視線を向ける。


「少々暴力行為を、ですね」

「も、申し訳ありません……私がもっと早くに捕まえておけば……」

「次に活かしていきましょう。とりあえずこの3人、お願いしていいですか?」

「はい、もちろんです。……ほら行くよ」


 だけど、3人は動かない。あからさまにため息を吐いた和泉先生は、人の良い笑顔を作る。


「君たちさ、禁断の行為って知ってるかな。誰かを意図的に傷つけるっていう、学校でも社会でも禁断とされていることなんだけど。……そんな()()、この学校で破って大丈夫?」


 何でもないことのように淡々と告げるのは、きっと、()()()()()()について。怒りを浮かべず、冷たさを浮かべず、今この場で普段と変わらないようにそんな話をするのは、逆に怖い。


()()()()


 和泉先生はいつもよりワントーン落とした声で言った。


「取り返しがつくものだといいね」


 また普段と変わらないトーンになって、無機質ささえ感じる笑顔を浮かべる。そこで、完全に勝負はついた。3人は大人しく高木先生の後をついていく。


 ふぅと息を吐いた和泉先生には、心配と安堵の感情が見えた。


「深町さん、夏川()()、2人とも大丈夫?」

「僕は大丈夫。伊都先輩は?」

「わ、わたしも……」


 大丈夫だと分かったら、停止していた思考が動き出した。


 ……わたしさっき和泉先生から頭撫でられた? それに「俺の可愛い生徒」って……? 可愛い……俺の可愛い……頭ぽんってされた……。顔が一気に熱くなる。


「伊都先輩……?」

「だ、だいじょうぶ」


 早くこの場を去らなければまずい。これはかなりまずい。


「類ちゃん、助けようとしてくれてありがとう。和泉先生、偶然だと思いますけど来てくださって助かりました。ありがとうございます」


 早口で2人に伝えて、「用事を思い出したので失礼します!」とその場を去る。後ろの方から「偶然ではなかったんだけどね」と聞こえたのは一体全体どういうことですか。


 さっき思いついたばかりの頬の熱を冷ますという用事に向かって早歩きをする。


 ……どうしようどうしようどうしよう。和泉先生の顔が見れなかった。見たら言ってしまいそうだった。


「……すき」


 すれ違う人のいない廊下で小さく呟いた言葉は、さっき気づいたばかりの心にぴったりと当てはまった。ぶわっと首まで熱が広がって、思わずその場にしゃがみ込む。心臓がドキドキと「好き」を叫んでいる。


 ……明日からどんな顔して和泉先生と会えばいいんだろう。うっかり、あの穏やかさのあるかっこいい笑顔と「俺の可愛い生徒」発言を思い出してしまい、喉元まできた悲鳴を飲み込んだ。




 失ったもの:

 いじめっ子1年生3人、教師からの信頼と内申点。

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