第13話 うわさの犯人
「せんぱぁーい、夏川と仲良くしてるってほんとーですかぁ?」
壁ドン男子は気持ち悪い猫撫で声を出す。距離感がおかしい。嫌悪感しかない。とりあえず顔を近づけてこないでほしい。こんな人となんて会話すらしたくないけど、無視したら無視したでもっと面倒くさいことになる気がする。
「……確かに、類ちゃんと仲はいいですけど」
すると、堪えきれないという風に3人は吹き出した。果たして何がそんなに面白いのか。全く理解ができない。いや、理解なんてしたくない。
「やば、『類ちゃん』だって」
「類ちゃんと仲はいいですけどぉ、ってさ」
「にしてもやっぱ相当の変わり者だね、せんぱい?」
壁ドン男子の肩越しにわたしを見ているパーカーを羽織った男子は言った。心底関心するように、自分よりも劣っているものを見るように。仮にもわたしを「先輩」と呼ぶのなら、それなりに後輩らしい態度を取ってほしい。
そして分かってしまった。あのうわさとやらを流したのは、この3人だ。この1年生たちはおそらく類ちゃんが気に入らないのだろう。気に入らない人と仲良くしているから、わたしにまで突っかかってきた。これで十中八九間違いないはず。
もう、パーカー男子たちには言葉を返さない。ただただ、じとっとした視線を向けるだけ。
「せんぱーい? 何か言ってよー?」
……ほっぺたをつんつんしないで。というかするな。逃げようにも、両側はしっかりと壁ドン男子に壁ドンされていて、なんならパーカー男子が右手首を掴んでいる。振り払おうと力を入れても、そもそも自由に動かすことができない。久々に自分の小柄さを呪いそうだ。
手首にはすでに痕がついてしまっているだろう。かなりの強い力で掴まれている。いい加減離してほしい。痛みには、我慢できないところがあるのをこのパーカー男子は知らないのか? ……そろそろ我慢の限界だ。
じわりと涙が浮かぶ。
……今泣くなんてダメだ。格好の的にされてしまう。そう考えたら、なぜかさらに涙腺が緩んだ。さっきまでは気にならなかった自分の心音がやけに大きく聞こえる。…………怖い。
ぽろりと、涙が一筋こぼれた。
「ちょっと、さすがにやりすぎなんじゃ……」
スカートがいかにも短い女子は焦ったような声を出す。止めてくれたスカート女子が一瞬神様に見えたけど、今の今まで止めなかったどころか、一緒になって笑ったので同罪だ。
スカート女子の静止に耳を貸さず、男子たちは笑う。
「せんぱい泣いちゃったね?」
パーカー男子が再びわたしの頬に手を伸ばした時。
「——誰が、泣いたって?」
そう言ったのは、1年2組の方からやってきた類ちゃんだった。いつもみたいなのんびりさと穏やかさはなく、感情を抑えるような淡々とした話し方。
類ちゃんは、壁ドン男子の肩越しに視線が合うと、一瞬驚いたように目を見開く。そして、低く唸るように声を出した。
「どうして伊都先輩が泣いてるの」
「そんなのお前と仲良くしたからに決まってるだろ?」
「……僕のことは何とでも言っていいけど、伊都先輩まで巻き込むのはやめて」
パーカー男子は腹の奥底から「はぁ?」と怒りを出して、わたしの右手首を離す。その次の瞬間には、類ちゃんの胸ぐらを掴んでいた。ひゅっと息が詰まる。
「っ……類ちゃん!」
考えるよりも早く体が動いた。火事場の馬鹿力とはきっとこのこと。壁ドン男子にタックルをして、少しできた隙間を抜ける。気づいた時にはパーカー男子の腕に抱きつくようにして止めていた。
「離せっ!」
でもそれも一瞬のこと、わたしは呆気なく振り払われて体勢を崩す。
……あ、これまずいやつ。そう思った時にはもう、天井が見えていた。スローモーションになった世界には、苦しそうな表情でこちらへと手を伸ばす類ちゃんの姿がある。頭から倒れたら絶対に痛いだろうな。避けられようのない衝撃にそなえて、ぎゅっと目を瞑った。




