第10話 美少女後輩に狂う先輩ではない
「……えっと、2人とも、どうかしましたか?」
類ちゃんの名前を出したら和泉先生とアニエスはぴしりと固まった。固まる要素は全くなかったと思うけど、本当にどうしたのだろう。
……類ちゃんのうわさでも聞いたことがある、とか? あの子、本当に可愛いから、なんならわたし判定で学校一の美少女だから、何かしらのうわさが立っていてもおかしくはなさそうだ。そんな子とわたしがどうして知り合っているのか、もしかすると、それで驚いているのかもしれない。
先に硬化が解けたのは和泉先生の方だった。
「深町さん……一応聞くんだけど、その子って何年何組か分かる?」
「確か、1年2組だったと思いますよ?」
今度は右手で頭を抱えてしまった。本当に、どうしたのだろう。2人の間で視線を動かしていると、やっと動き出したアニエスに聞かれる。
「伊都……一応聞くんデスけど、その人ってどんな人デスか?」
よくぞ聞いてくれました。
「類ちゃんはとにかく美少女だよ。あんな可愛い子、今まで会ったことがないくらいには。それに、見た目はもちろん中身まで可愛いの。聞き上手で話し上手、しかもわたしのこと、『伊都先輩』って呼んでくれて……。あと、僕っ子っていうギャップまで可愛い」
……つい、語ってしまった。アニエスと和泉先生は目を見開いてまた固まっている。最近できたばかりの友達の話を聞かれて嬉しかったという認識でいてほしい。断じて、美少女後輩に狂う先輩ではない。
何かを悟ったような顔になった2人は、ぽんとわたしの両肩に手を置いた。その顔はどうしたのか。一体何を考えているのか。
「伊都が楽しいならそれでいいんデス」
「素敵な友情だね」
これ、絶対に勘違いされている。アニエスも和泉先生も、可哀想なものを見るような目で見ないでほしい。……あの、美少女後輩に狂う先輩ではないですからね?
「——っていうことがあったんだよね」
「不思議なこともあるね」
わたしの話にそう返して、ホットコーヒーを一口飲んだのは、いつにも増して楽しそうな類ちゃん。今日は図書室から出て、校内カフェにもなっている食堂で話している。少し長くなるんだけど、と前置きをしたら、場所を変えて話そうと類ちゃんが提案してくれた。まばらに人がいるここは、雑談にうってつけだ。
「本当に何だったんだろう……」
「少なくとも、伊都先輩が考えているようなことじゃないと思うけどね」
「そうかな……そうだったらいいな」
美少女後輩に狂う先輩だと思われてなかったらいいな。ホットココアの入った紙コップをそっと両手で掴み、このもやもやを飲み込むようにぐいっと呷る。
「……やけどするよ?」
「……もう遅かったみたい」
表面は冷めていたから油断していた。まだまだしっかりと熱いココアにやられて、舌をやけどしてしまった。
「水取ってくる」
そう立ち上がった類ちゃんを追いかけようとすると、「先輩は荷物番お願い」と制される。荷物といっても、図書室で借りた小説がお互いに1冊ずつしかないんだけど……ここはありがたく待っておこう。類ちゃんは可愛いだけじゃなくてさりげなくかっこいいところもあるらしい。
類ちゃんはすぐに2つのコップを持って戻ってくる。ありがとうと伝えれば、どういたしましてとほのかに笑ってくれた。
そんな類ちゃんと冷たい水に癒されながら、さっきからずっと気になっていることに意識を向けてみる。内緒話をするように顔を近づけて小声で話しかけると、類ちゃんも聞く体制になってくれた。
「視線、感じない……?」
「……というと?」
「誰かから見られてる感じがしてて……」
偶然こちらを向いた、ではなく、確実に見られているという感覚。美少女な類ちゃんと一緒にいるから注目を集めているだけなのかもしれないけど。でも、鳥肌の立つような気持ち悪さがある。良くないものなのは確かなはず……。
類ちゃんはそっと辺りを見回した。
「3人」
「……え?」
「明らかに僕たちを見てるのは3人いるね」
「……そんなにいるの?」
そしてよく分かったね? 類ちゃんの真似をして見回してみても、誰が見ているかなんて分からない。そもそも、部活が始まっているこの時間、校内カフェにくる生徒は少ない。今、食堂にいるのはざっと7、8人くらいだ。
「うん、あの席だよ」
こっそりと見てみると、その3人は慌てたように視線を逸らした。見覚えのない男子が2人、女子が1人のグループ。襟元を開けたりパーカーを羽織ったりと、制服をアレンジしており、決して品が良いとはいえない。校則的にはぎりぎりアウトな判定となるだろう。
「……ごめんね」
「どうして類ちゃんが謝るの?」
「あの人たちと僕、同じクラスだから」
「気にしないで。クラスは同じでも、類ちゃんとは違う人でしょ?」
思ったことをそのまま伝えると、類ちゃんは申し訳なさそうにありがとうと微笑んだ。




