時間戦士は永遠の夢を見るのか・番外編「私も――」
これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本編が始まる以前、アミカナが現代に時間転送される直前の出来事になります。
<遥か未来、アミカナがダイブする直前>
ラキシス機関には、複製されたアンドロイドが出動まで何日か生活する待機室が用意されていた。その中でも、303待機室は、ラキシス機関の関係者から「Aルーム」と呼ばれている。アミカナの「A」である。この部屋には、アミカナ1からアミカナ3までのエージェントが入ったことがあるからだ。そして、4番目のアミカナである彼女も、今、そのAルームの住人になっていた。
アイボリーを基調とした部屋の中に生活感はなかった。もちろん、住人がいなくなる度に清掃はしているのだろう。それにしても、人がここで時間を過ごした形跡がない。まあ、戦闘特化型アンドロイドには、食事も睡眠も必要ないのだから、当然と言えば当然かも知れなかった。
規律により、オリジナルとコピーの接触は禁止されていた。だから、私がまだミカだった時に、アミカナシリーズに会ったことはない。彼女達がどんな人となりだったのか、私には知る術はない。人となりというのもおかしいか……。彼女達は私なのだから。
一つだけ、紅茶が残されていた。お気に入りの銘柄の、しかし、もはや飲むことはない紅茶。先日、突然部屋を訪れたミカには出すことができたが、過去のアミカナ達は、どうして飲めない紅茶を持ってきたのだろう。
シャワーから出たアミカナは、ひとしきり髪の毛を拭くと、一糸纏わぬ姿で鏡の前に立った。長く黒い髪、滑らかな白い肌、女性らしい柔らかな輪郭。鏡に映る姿は、ミカだった時と何も変わらない――変わらないように見える。でも、それは、本当の私ではない。本当の私は、この青い瞳の中から外を覗いている。今見えているのは――鎧、といったところか。鎧の中の私は――不安に怯えている。
不安?――いや、それはごまかしだ。私が本当に感じているもの、それは恐怖だった。
彼女は黒いボディスーツに四肢を通した。もうすぐ出動だ。
消えるのは決まっている。問題は、それまでに任務を遂行できるか、ということだ。だから、今感じている恐怖は、意味のある最期を迎えられるかに関わるもの――そう、そういうことだ。消える覚悟はできている……
机の上の便箋に目をやる。ここ数日間、敢えて視界には入れなかった。遺書を書く気はない。私が消えても、ミカは生き続ける。では、死ぬのは誰なのか? そう、複製された瞬間から、私は世界の異物なのだ。
ただ、何かを残したい――私にとって初めてであり、そして最期の出動を前に、そんな気持ちになった。
便箋とペンを取る。暫く考えて、彼女はただ一行、こう記した。
『I am afraid. Still, I will go.(怖いけど、それでも前に進む)』
彼女はそれを折り畳むと、置き場所を探した。部屋の中を一通り見回し、ベッドへと近づく。そこは、幼いミカがよく物を隠した場所だった。成績表やもらったラブレター、憧れの男子の写真――
ベッドのマットレスを持ち上げた時に、何かが床に落ちた。
……何?……
それは、折り畳まれた三つの便箋だった。彼女は眉を顰めた。
……まさか?……
それを拾い上げると、微かに震える指で便箋を開く。一番色褪せた一枚目にはこう書かれていた。
『Fearful, yet I move forward.(怖いけど、それでも前に進む)』
二枚目はこうだった。
『Me two.(私も)』
三枚目はこう。
『Me three.(私も)』
間違いない。それは、過去のアミカナ達が残したメッセージだった。誰かに読まれる確証はない。それでも、彼女達はそれを残したのだ。
……『Me two.』はまだ分かるけど、『Me three.』って……
彼女は苦笑した。しかし、便箋は震えていた。何かが胸につかえる。思わず、奥歯を噛み締めた。ミカのままだったら、泣いていたかも知れない。
……私は一人じゃない……
恐怖が消えるわけではない。ただ、背中を押された気がした。
彼女は、自分が書いた便箋を丸めてごみ箱に捨てると、机に戻り、新しい便箋を用意した。ペンを取る。
『Me four.(私も)』
そう記した彼女は、それを折り畳むと、三つの便箋と一緒に、マットレスの隙間――思い出の場所に、そっと差し込んだ。
そう。私達はアミカナ=デフォルマ。恐怖を抱えたまま、それでも前へ進む。それが、私達の選択だから――
彼女はAルームを出た。
お読み頂きましてありがとうございます。次の番外編に関しては、「時間戦士は永遠の夢を見るのか・時系列まとめ」で[3/4公開予定]という箇所を探して下さい。ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。




