表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

深夜の決断

作者: 蔵科月子


 深夜の自分ほど、信頼できないものはない。


 午前三時三十分。

 手にかけていた小説を書き終えたところで、寝る準備に入ろうと伸びをする。


 寝ぼけた頭で、次はどんな展開にしようか、なんてにやけると、パソコンの画面に映った薄気味悪い笑みを浮かべる自分と目が合った。


 ディスプレイの反射だというのに、色濃く隈が浮かんでいるのがわかる。ああ、またファンデーションが厚塗りになってしまう。

 私は翌朝あらわれるであろう、舞妓さんのような自分にため息をもらした。


「いけない。保存保存」


 深夜のテンションは、とても他人に見せられない。

 独り言を呟きながら、鼻歌交じりにキーボードを叩く。


 今回の作品は傑作だ。長年練り上げてきた妄想を解き放ち、脳力を最大限に使って書き綴っている。一文字打つたびに、みぞおちのあたりが震えた。


 自分がこわい。

 もしや、自分は天才なのでは?

 御覧の通り、深夜テンションの私である。

 気持ちが大きくなり、世界で一番自分が輝いているとさえ思ってしまう。

 気恥ずかしいが、深夜の私は本気だった。


 画面に記載された文字に、なんの躊躇いもなく「OK」を押す。これで私の最高傑作の保存が完了した。そう思った刹那。

 次に映った画面は、真っ白であった。


「は」


「?」もつかないほど、短い声だった。真っ白い画面を凝視して固まる。

 深夜テンションでハイになっていた意識が一気に覚醒した。


「消えた」


 なんの動作をするでもなく、ただ事実を発した。指先まで力が入って、石のように固まっている。

 震える指でファイルを漁る――ない。

 戻ってゴミ箱を漁る――ない。


「消えた」


 本当に消えてしまった。ああ、自分は一体なにに「OK」を出したんだ。

 できることなら、数分前の自分を殴ってやりたい。


 データが消えた場合、すぐに復元行動を起こすのが吉だ、というのを、どこかで見た気がする。

 あやふやな知識を頼りに、復元するための情報を検索した。ヒットしたのは、自分と同じ状況に瀕した誰かの質問だった。「保存前のデータはどのように復元できますか?」


 救世主だ。


 私は飛び跳ねて喜んだ。

 どこの誰かも知らない同胞よ、感謝しよう。


 もう助かった気でいるが、私は質問の答えに落胆することになる。「保存前のデータ復元は難しいです。特に、バックアップをとっていないと云々かんぬん」


 バックアップ。そういえば、パソコンを起動するたびに、セットアップが未完了だの、通知された気がする。面倒でいつも右上の赤いばってんで消していたが、まさか。

 推察通り、バックアップはされていなかった。


 まだあきらめない。あの傑作は、世に出されなければならない。

 十五万字はあったぞ。家でも書いた。カフェでも書いた。寝る間も惜しんで、時間を費やした。

 それがあんなにあっさり消えてたまるか。というか、お前こそ消える前にもう少し抗ってくれよ。


 怒りの矛先が変わりはじめたとき、復元ソフトの存在を知った。パソコン内のデータをスキャンすることで、上書き前のデータの修復が見込めるらしい。

 これは試してみる価値がある。

 即座にアプリをインストールし、パソコン内のデータをスキャンする。


 午前四時。外が明るくなってきた。

 ああ、もう。今日は寝不足確定だ。

 しかし、データさえ戻ればそれでいい。深夜テンションはもはや寝不足脳に変異していた。


 復元するには課金が必要らしい。値段を見て驚愕する。学生に出せる金額ではない。


 渋った。

 そして迷った。

 だが、寝不足脳ではもはや正常な判断は不可能だ。


「いける」


 謎の自信を持ち、クレジットカードの情報を入力した。即座に、復元画面に切り替わる。

 多少の出費は仕方ない。これも勉強だ。次回から気を付けよう。


 自分に言い聞かせて、そわそわしながら待つ。

 欲しいデータがどのファイルにあるのかわからなかったので、とりあえず「すべて復元」をクリックした。それが悪かったらしい。


 パソコンが、莫大なデータ量に「無理だ」と悲鳴をあげている。ボディが熱くなり、「シィイイ」と威嚇するような鳴き声が響いた。

 そして次の瞬間。

 

 ぷつり。


 画面が真っ黒になり、鳴き声も消える。

 私は放心した。

 電源ボタンを押してみるが点かない。振っても叩いても。生き返ることはなかった。

 私は膝から崩れ落ちる。


「消えた」


 ああ、終わった。絶望だ。


 朝の五時。

 残されたのは、深夜から抜け出せずにいる私と、壊れたパソコン、そして一万二千円の支払いだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ