エナドリ中毒でモンスター化した部長の元で働くことになりましたー私と定時と働き方改革ー
エナドリ中毒でモンスター化した部長の元で働くことになりました―私と契約と感情のノイズ―
01 午後の麦茶
(甘いものを摂取しないと……死ぬ)
金曜夕方。疲労困憊の葉月は、ゾンビのような足取りでフロア奥の自販機へ向かった。
その目に映ったのは——
“売り切れ”“売り切れ”“売り切れ”
(また、志摩部長……)
この光景にも慣れてしまった。慣れてる自分が、ちょっと怖い。
エナドリついでに、甘いドリンク類も全滅だった。魂が回復できない。誰か、蘇生術を頼んでくれ。
自販機の前に立ち尽くしていると、背後から足音が近づいてくる——
タン、タン、タン……
軽やかで、まるで地面を蹴って浮いているような足音だった。
「どいたほうがいいよ、その前」
振り返ると、そこに立っていたのは群青の髪に鋭い目をした男。
そして——赤紫に光るツノが、頭から突き出ていた。
(……また、悪魔!?)
男は自販機の前で立ち止まると、腕時計を見た。
「0.7秒」
そう呟いた瞬間、タッチパネルを光速で操作。
本当に1秒以内でレッ○ブルを取り出していた。
(……人間じゃない)
レッ○ブルは“売り切れ”のままだ。
チートコードでも使ったの?
「……あのっ、すみません」
思わず声をかけていた。
「私もそれが飲みたくて……お金払うので、もう一本、出してもらえませんか?」
男はちらりとこちらを見た。
「……効率外」
「えっ……」
「自分の契約じゃないなら、リスクが跳ね上がる」
それだけ言って、レッドブル片手に背を向けて去っていく。
若いエネルギーに満ちた、無駄のない歩き方。
多分私よりちょっと年上程度なのに、なんだか「将来有望株」という感じがする。
そしてそのツノは、志摩部長のものよりもずっと鋭く、尖って見えた。
攻撃的で、上昇志向の塊みたいな。
(怖。悪魔かよ)
……いや、実際ツノあるし悪魔だった。
(志摩部長がおかしいんだ、たぶん……)
(ていうか悪魔って、自販機の前に出現する生き物なんだっけ?)
悪魔の能力は自販機ハックなのだろうか。
志摩部長のGPS機能といい、やけに現代的な能力ばかりである。
(令和の悪魔、思ったより庶民的だな……)
葉月は、自販機のボタンをそっと押す。
——ゴトン。
出てきたのは、微妙に常温。いや、ちょっとぬるい。
ツノも、チートコードも、持ってない。
(……なんか、悔しい)
(悪魔の契約、私にも営業来ないかな……でも、エナドリ依存は嫌だな)
(だけど、ぬるい麦茶よりはマシかも……)
02 月曜日の効率とツノ
月曜日の朝。
三課こと”摩課”はざわついていた。というか、ざわつかざるを得なかった。
「今日から飛鷹さんが……」
山田が小声で告げる。
(……え、誰?)
と首を傾げる間もなく、フロアのドアが開く。
群青の髪。
切れ長の目。
そして、赤紫に光る鋭いツノ——
(……金曜の、自販機の悪魔!?)
ツノのインパクトが強すぎて、顔の記憶がほとんど吹き飛んでいたが、あの手の動きとツノの発光具合は見間違えようがない。
「飛鷹だ。志摩さんの依頼で、一時的に入る」
そう言って、さらっと名乗ってみせるその声も、姿勢も、完璧に「効率化」を体現していた。
志摩は淡々と補足する。
「金曜には契約を結んでいた。今週から広告主の大型キャンペーンが重なる。
三課全体、破綻寸前であったからな。
……葉月。お前も、飲み物を求めて彷徨っていただろう」
(……バレてた!?)
「…ちなみに、甘味なる液体は2階トイレ前の自販機が豊富だ」
(そこ!?)
そのあと、飛鷹はメンバーのフロー資料をひと通り確認すると、開口一番こう言い放った。
「このフロー、意味ないです。飛ばします」
(……言ったーーーーー!)
高橋が目を見開いて、真顔でうなずく。
「……え、それマジで刺さりました。飛ばしましょう!」
(刺さるんかい)
一方、志摩のデスク上では、例の“サポートデスク志摩24時”のチャット通知が点滅している。山田が、そっと話題に出す。
「……そういえば、飛鷹さん。志摩部長が作った、三課のサポートチャットがあるんですけど……」
飛鷹は、あっさり答えた。
「chatAIあるんで。人的サポート、非効率ですよね」
場に、微妙な空気が流れた。
(言ったーーーー!!)
(ていうか志摩部長、今すぐそこにいるんだけど!)
ツノが——沈んだ。
Wi-Fi アンテナで言えば、1本。
しかも、地下鉄トンネル内の“かろうじて届いてる”レベルの哀愁だった。
今は何を言っても届かなさそうだ。
山田がちらっと志摩を見る。
言葉は発さないけれど、そのツノが語っていた。
「……あの……」
空気を読んだ山田が、そっとフォローを入れようとして、口をつぐむ。
葉月はこっそりモニター越しに志摩のツノを見る。
今日の志摩部長は、明らかに低気圧だった。低気圧注意報、発令中。
(なんで志摩部長のツノは、こんなにも情緒豊かなんだろう)
飛鷹が冷静に業務を切り分けていく横で、葉月は思った。
この会社、悪魔に情緒が宿ることまで想定されてない気がする。
(今週……何が起きるんだろう)
モニターのツノが、すこしだけ立ち直っていくのを見ながら——葉月はぬるい麦茶を啜った。
03 謎コラボ処理班
その日の午後。
三課の会議室に、今週の案件資料が山積みになっていた。妙な空気が流れている。
山田が資料を見ながら目を丸くする。
「VTuberと食品と、睡眠アプリで“食べて寝る推し活キャンペーン!”だって……すごい時代だねぇ」
いや、なにこれ。どこに向かってるんだ。
とりあえず気になるキーワードを思いつくまま丼に載せたみたいだ。
すると、その混乱した空気を断ち切るように、飛鷹が冷静な声を落とす。
「コンセプト、見なかったことにして、作業だけ進めましょう」
志摩がモニター越しに小さく呟く。
「……まるでそれが、唯一の解かのような面構えだな」
飛鷹は振り返りもせずに答える。
「実際、最善手ですよ」
(え、もうそういうもんなの?)
割り切りの速さ、えぐない?
飛鷹は素早く資料をまとめながら言う。
「各社の納品物リストをエクセルで整理しました。
タグ指定がバラバラなので、処理分岐で自動生成します」
高橋が即座に食いつく。
「え、神?」
飛鷹はさらっと言い放つ。
「あと、“推し活しながら寝る”ってどうやるんですか。逆に知りたい。
それと、睡眠アプリ側の公式LINE、死ぬほど明るいです。寝かす気ない」
志摩のモニター越しのツノが、また少し沈む。
Wi-Fiアンテナ的に言うと、圏外手前。
(ツノ、今日ずっと低気圧……)
葉月はそっと視線を外した。
その時、飛鷹が資料をぺらりとめくりながら、腕時計をちらりと見て言う。
「この会議、あと4分後に脱線します」
「……え?」
葉月が戸惑う。
「……未来視か?」
志摩が静かに問いかける。
「……統計です。勘みたいなものですよ」
飛鷹はノールックでPC操作を続けながら、平然とそう返す。
「合理化……というやつか」
志摩のその声は、少しだけ複雑な響きだった。
そして4分後。
本当に、会議は脱線した。
佐藤が資料を見ながらぽつりと言う。
「——そういえば、睡眠アプリって本当に効くんですかね?
最近全然眠れなくて、腰も痛いし……」
飛鷹が立ち上がる。
「それ、企画に関係あります?」
パソコンまで閉じ始めている。
「え……わーー! すみません! 話戻します!」
佐藤が慌てて手をひらひら振る。
「……予測通りですね」
飛鷹は苦笑いしながら、再び席に座った。
(飛鷹さんって、ほんとに未来が見えてるのかもしれない)
効率化の悪魔と、感情豊かな悪魔を横目に、会議は続いていく。
暫くして、志摩が時計を見る。
「……飛鷹、時が来たな」
飛鷹のツノが、微かに光り始めた。
(時が来た……って何?なんか、ツノがチカチカして……)
「レッ◯ブル契約は4時間制なんです」
飛鷹が立ち上がりながら言う。時間制ドリンクバーか。
「効力は、摂取後240分で切れます。以降は代償フェーズに移行する」
その言い回しが、やけに医療用語みたいで逆に怖い。
言い終わる前に、飛鷹は自販機に向かっていた。
足取りは、どこか不安定だ。大丈夫だろうか。
***
ズ……ズ……
廊下から、足を引きずるような音が近づいてくる。
飛鷹だった。いつもの軽い足取りが嘘のようだ。
「……売り切れでした」
眉が動く。わずかに。
「……裏コード、通らないなんて」
ピシ……と、何かがひび割れるような音がした気がした。
飛鷹の足元がふらつく。
赤紫のツノが明滅を繰り返し、まるでノイズのようにちらついた。
「飛鷹!」
椅子を蹴るようにして、志摩が動いた。
飛鷹の身体が、前のめりに崩れかけた瞬間——志摩がすっと支える。その腕は、意外なほど確実だった。
飛鷹の顔はうっすらと汗ばんでいた。
「……見るがいい。これが”契約”の代償というものだ」
志摩の声は、いつになく静かだった。
(えっ、代償って……あれ、いまから何が起こるの?)
04 暴走する情緒
飛鷹は、志摩に支えられぐったりしていた。
突然、ツノが高速で点滅を始めたかと思うと——目を見開き、飛び上がって叫んだ。
「“推しの寝顔”には、可能性があるんです!」
(……これが“代償”?)
三課の皆が呆気に取られ、目を見張っている。
「……そして! “食べて・寝て・推す”って、音でいけると思うんですよ!」
飛鷹の目がギラつく。口から感情が飛んでいく。
「思い浮かぶんです……僕の推しが……」
「例えば、“カリッ、グー、カリッ、グー”ってリズムで、ASMR音源作ってみましょう!」
「推しの声なら何時間でも聴ける! そうですよね? 佐藤さん」
突然名指しされた佐藤が驚く。
「え……あ、そうですね。確かに?」
「音だけでも中毒性あるやつですね。再生数回りそうです」高橋が冷静に分析する。
「“カリッ”は咀嚼音、“グー”は寝息。“推しのASMR”って名目で、VTuberボイスも混ぜていけば……振りつけもつけられる!」
(……止まらない)
山田がなぜか真剣に頷いている。
「“寝る食う推すダンス”……これだ!」佐藤が完全同意する。
「確かに、TikTokで最近流行ってるの、“意味不明だけどなんか忘れられないやつ”ですよね」
「グー、カリッ、推しハート、グー!」
突然、三課が踊り出す。
「待って、これ……バズるかも」
(……なぜこうなった)
葉月が突っ込みきれないまま、その中心で飛鷹が全力で語り続けている。どうやら推しは犬らしい。
「あと、推しの横顔って、寝るときすごいんですよ。歯の隙間から舌が出てて、よだれなんか光ってて——」
——ドサッ。
その瞬間、机に突っ伏す音。
飛鷹が、沈黙した。ツノの光が、ゆっくりと消えていく。
(……寝た)
05 目覚める三課
プロジェクトは、なぜか謎の一体感のもと、三課のメンバーで資料がまとめられていく。
「“意味不明だけど寝る前に見たくなる”ってワード、キャッチに使えるよね」
「“推し睡眠”ってタグ、インパクトあるよね」
「振りつけは……寝ながらハート! でしょ」
資料が完成した時、飛鷹を休憩室へ連れて行った志摩部長が戻ってきた。
「……あいつに、何か液体を調達してもらえるか」
「それと、葉月も外の気を吸ってくるがいい」
驚いた。けれど、“代償”よりも、あの人たちがそれでも背負ってる何かの方が気になってしまった。
曖昧に微笑んだ後、葉月は一人でコンビニへ。
棚からレッ◯ブルを手に取る。
ふと、以前の志摩の言葉を思い出す。
『毎日何本と飲んでいると味など無に等しい。もうそれは――契約の味だ』
葉月は隣の冷蔵庫のドアを開けて、麦茶も手に取った。
もしかしたら今日は、エナドリ以外も飲みたくなるかもしれない。
飛びたい時もあるし、翼を休めたい時もある。
(……エナドリは、契約の味。麦茶は、契約外)
三課の休憩スペースの奥、仮眠用のソファに寝かされた飛鷹の枕元に、そっと2本の飲み物を置く。
(この人も、戦ってるんだ。誰にも頼らず、成果出して、飛び続けて)
そのツノは、光を失っていたけど——
少しだけ、穏やかだった。フロアの時計は、18時を指していた。
06 課は空気でツノを読む
その週の最終営業日の午後。
「謎コラボ丼」こと「食べて寝る推し活キャンペーン」の納品後、三課は休憩スペースで小さな報告会を開いていた。
佐藤がモニターを指差しながら言う。
「……先方、“よくわからない感じがよかった”って言ってたらしいですよ」
「え、ほんとに?」と葉月が驚く。
「はい。なんか“曖昧な中毒性”がいいって」
「いや、それ褒めてんの?」
山田がタブレットを見ながら付け加える。
「SNSでバズってるっぽいですね。“寝る食う推すダンス”ってタグで、
ショート動画が10万再生超えてました。“意味不明すぎて落ち着く”って……」
高橋が笑いながらスマホを見せる。
「寝ながら“推しポーズ”決めてる動画、若い子がみんな真似してる。
“推しの咀嚼音と寝息で安心する自分がいる”ってコメントもあって……」
「そこがバズるポイントだったんだ……」
葉月はぽかんとしながら呟く。
「結果オーライってやつですね、部長」
誰かがそう言った瞬間だった。
――ふわっ。
モニターの向こう、志摩のツノが静かに立ち上がる。
それはWi-Fiアンテナ2本分。やや上向き、快適な電波感度。
誰も何も言わないけど、空気がふっと軽くなった。
(志摩部長のツノ、上向き……)
(きっと、三課は今、ちょっといい空気が流れてる)
ーーー
葉月はふらっと休憩スペースに向かった。自販機の前には、ひとりだけ先客がいる。
群青の髪。背中でわかる。
(……飛鷹さん?)
彼は自販機に片手をかけたまま、何かをじっと見ていた。
ペットボトルを一本取り出すと、振り返らずに言った。
「……これでしょ?」
ポンと差し出されたのは、麦茶だった。
「え……あ、はい? ……え?」
葉月はとっさに受け取ってしまったが、意味がわからない。
「“お返し”。契約外」
軽く言いながら、自分はもう一本——レッ○ブルを取り出している。そして一口。
「……驚きました」
葉月が麦茶を見つめたまま言うと、飛鷹はわずかに目を伏せた。
「あれ、ツノアンテナも誤差出るんですね」
「感情は……ノイズなんですよ」
「でも、“いいノイズ”だったと思います」
葉月の声に、飛鷹が少しだけ笑った。ほんのわずか、ツノがふわっと光る。
ふと時計を見ると、契約終了時刻10分前。
「じゃあ、僕はこれで。……レポート、まとめておきます」
「……ありがとうございました」
缶を持って、群青の背が去っていく。
それを見送りながら、葉月は麦茶のペットボトルを両手で持って、ひと口飲んだ。
(契約外、悪くない)
07 志摩、ツノの再定義
自席に戻ると、皆それぞれ帰支度をし始めている。
今日が金曜ということを除いても、空気がいつもよりやわらかい。
葉月は、デスクでまとめたチェックリストと、さっきもらった麦茶を抱えたまま、ふと志摩の方を向いた。
「……あの、志摩部長」
志摩が顔を上げる。赤い目が、一瞬だけ静かに瞬いた。
「飛鷹さんの作ったフロー、すごく良かったです。あれがなかったら、間に合わなかったかも……。
三課のやり方にも、ちょっとだけ取り入れてみませんか?」
志摩は無言でモニターを見やり、そしてひとつ息をついてから、短く答えた。
「……ツノの向きくらいには、柔軟性を持たせても良かろう」
葉月がきょとんとする間に、志摩は続ける。
「……悪くはない。“有益なるツノ”といった趣だな」
(えっ……志摩部長がツノ褒めるの、初めてかも)
視線の先、志摩のツノがほんの少しだけ角度を変えていた。
鋭さを失わず、それでいて、誰かを拒まない向き方。
(合理性とか、効率とかだけじゃなくて……
空気とか、ノリとか、ちょっとした笑いとか——
もしかして、それも“翼”のひとつなのかもしれない)
振り向くと、山田がいいね!と親指を立てている。
(この会社、悪魔がいるけど——ちょっと好きかも)
新しいキャラクター登場させてみました!
どうだったでしょうか?お気軽にコメントいただけると嬉しいです!
次は……訪問営業販売のエナドリおばちゃん(レディ.8)が登場予定です!