・6 死別
「奈々」
風呂場から出た後、僕は外出した。
お母さんはパソコンに向かい合ったまま仕事に夢中で僕に気付いていない。気付こうともしない。
「後少しだからね」
雲に覆われた夜空。外は雨が降っている。
周囲には雨で出来た水たまりがあった。
見てみると、周囲全ての水たまりの中に彼女がいる。僕を見守ってくれている。
「今、行くから」
僕は彼女に見守られながら雨の中を行く。
「アタシね」
水たまりの中で動く彼女の口。
「本当は最後に触れるだけ触れて、去ろうと思っていたんだ」
水たまりの中から聞こえてくる彼女の声。
「もう君の前には出ないって、そう思っていたんだけど……」
僕は雨の中で彼女の言葉に耳を傾け続ける。
「君のことを見ていたら諦めなくていいと思ったの」
僕も諦めなくていいと思った。
きっと、もう一度会えなかったら諦めていたはず。もう一度声を聞けていなかったら諦めようとしていたはずだ。
「ありがとう」
そのお礼をちゃんと耳にしながら、彼女が死んだ横断歩道の前に来た。
信号は青い。
「これで、もうずっと一緒だね」
彼女は告げる。僕は青信号の横断歩道を渡る。
車が来た。彼女を殺した車と同じ車。
いくつもの信号を無視した、ものすごい速度。
僕の目の前に来て視界を潰した。
※
僕は水の下にいる。奈々と一緒に、ここにいる。
水の上を見上げると、お母さんが泣いていた。
「奈々」
「うん、分かってる」
僕が死んだことで泣かせてしまった。
僕に責任がある。だから最後に姿を現して、挨拶だけすることにした。
「行ってくる」
コップの水面に近付くと、お母さんの目が僕と合った。
僕は手を振る。お母さんの顔が近付いてきて、僕の名前を呼ぶ。
彼女がやった奇跡を僕もやった。
そしてお母さんも、お父さんも、僕を追ってきた。
家族と彼女と一緒。
幸せな僕たちは現実に残してきた人たちに奇跡を続ける。
家族、友人、知り合い、奇跡を目の当たりにした色んな人を水の下へと誘った。
いつしか僕たちは怪異だとか『水妖』なんて呼ばれるようになった。
ここはこんなにも幸せで、僕たちはただ奇跡を見せているだけなのに。
ここまで読んでくださってありがとうございます
ホラーというジャンルで書いたのはこれが初めて
苦戦したけど案外楽しかった
最後によろしければ、感想や評価などなどあると嬉しいです