告白
「平和だな〜」
「そうねぇ、平和だわ〜」
俺と柏木は屋上に設置されている六つのベンチのうち、一人一つを占領して横になっていた。
そう、この高校は平和すぎる。我が校、景星学園は問題という問題が全くない。偏差値は県内でもトップで、入るための敷居はそれなりに高い。そのため良識を持った人間が多い。中には例外がいるが。しかもこの高校は山の中に位置しているため、周りには自然がたくさんある。そのおかげなのか生徒たちの精神衛生は健康そのもの。入学してからの約1ヶ月で校内で不良なんてのは見たことがない。
「何か事件でも起こればいいのにねー」
「例えばなんだよ」
「殺人事件とか」
「アホかお前は。そんな事件起こされたって俺たちに解決できるわけないだろ。大体俺の青春ラブコメの舞台であるこの学園をそんなホラー・サスペンスものの舞台にしてたまるか」
「ねぇ、あれ見てよ」
柏木の方を見れば、さっきまで横になってた柏木がベンチの上に背もたれの方に向かって膝を乗せ、フェンスの向こうを指さしていた。
柏木が指をさした方向に視線をやるとそこには二人の男女がいる。たしかあそこの場所って。
「なぁ、あそこってこの学校で有名な告白スポットだよな?あの馬鹿でかい杉がパワーをくれるだとか何とかで」
「そうよ、通称 愛し杉。あの杉の下で告白すると相手が絶対に自分を好きになるって言い伝えがあって、文化祭の夜は列ができるらしいわ」
やはり女子の方がこの手の話題には詳しいようだ。一応柏木も年頃の女の子ってわけか。というか他にもっといい名前なかったのか?考えたやつ絶対バカだろ。
「じゃあ、今あそこにいる二人のどっちかが告白しようとしてるのか。新生活が始まって1ヶ月と少しが経ったし、恋に落ちるには十分すぎる時間だしな」
「新田くん、忠告しとくけど私をあそこに呼び出しても無駄だからね。私はたかが杉一本の力でメロメロになっちゃうほど軽い女じゃないから」
「確かにお前とはこの1ヶ月間行動を共にしていたが自惚れるのはやめていただきたい。一緒にいればいるほどお前をあの杉の下と呼び出すような気持ちはなくなっていったからな。安心しろ」
「ふんっだ!いつか私を好きになっても知らないから」
バカめ、俺は柏木のようなじゃじゃ馬はごめんだ。もっとふわっとしておっとりとした優しい女の子がタイプなんだよ。例えば天木先輩みたいな。
先輩、最近顔見てないけど元気にしてるかなぁ。
「ね、見て見て!今から告白するみたいよ!」
俺が天木先輩のことを考えていると柏木が大声を出してキャッキャしだした。
「どうやら男の方が告白するみたいよ。見なさいよ、あれ!生ラブレターよ!」
「聞こえたらどうするんだ。もうほどほどに、」
手紙を取り出した男の方に視線を向けるとラブレターを渡すのではなく、それを女子に向かって読み上げようとしているのが分かった。
「お、おい!柏木よく見ろ!手紙を渡すんじゃなくて本人の前で中身を読み上げようとしてるぞ!」
「ほ、本当だわ!やばい、なんか私が今から告白されるんじゃないかって気がしてきた!」
「俺もなんかドキドキしてきた。息が上手く吸えなくなってきたんだが…」
全く無関係のはずの俺たちが当人たちより興奮している気がする。あの二人はどうなってしまうんだ!早く、早く続きを見せてくれ!
「男の方が手を差し出したわよ!私もう怖くて見れない!新田くん、あなたが結果を確認してちょうだい」
「ば、ばか!俺だって過呼吸でぶっ倒れそうになってんだぞ!二人で見よう!二人で!」
そう言って俺たち二人は男女の距離など忘れたように同じベンチの上で肩を寄せ、愛し杉の下の二人を見届けようと唾を飲んだ。
男が手を差し出してどのくらいの時間がたっただろうか。おそらくこの地球上では10秒も経過していないだろう。だが、俺たち二人の体感時間はそれの比じゃないくらいに長かったはずだ。そんなとき、女の方に動きがあった。
男の手が握り返されることはなかった。ごめんなさいと女が頭を下げ、即座にその場を立ち去る。それを受けて男は頭を上げ、走っていく彼女をただただ見つめていた。俺たち二人が目撃した初の生告白は失敗に終わったようだった。
関係のない俺たちもなぜか気分が落ち込んでしまっていた。当人はこれ以上のショックを受けていると思うと、胸が痛くなる。
いつのまにか俺たちはベンチから降りて立ち上がり、杉の下の一人残された彼に向かって涙を流しながら敬礼していた。
「彼は頑張ったわよ…」
「あぁ、とても勇敢だった」
俺たちは敬礼をしたまま彼を見守っていたのだが…。
「ねぇ、新田くん」
「なんだ柏木」
「あの人一向に動かなくない?」
「そりゃあ好きだった人にあそこまでして振られたんだ。心的外傷を俺たちには計り知れないさ」
「でももう30分くらい経ってない?私このポーズしてるのさすがに疲れたんだけど。腕とか足とか痺れてきたんですけど」
「弱音を吐くな!一番辛いのは彼なんだぞ!その勇姿を雑兵である俺たちが見届けなくてどうする!」
「あっ」
「あっ」
そんな会話をしていた俺たちは同時に声をあげた。勇猛果敢に挑むも敗れてしまった彼がついに倒れたからである。
◇
「こ、ここは?」
「良かった目が覚めたんですね!ここは保健室です」
俺たちはあの後、杉の下で倒れてしまった彼を救助しに急いで部室から駆け出した。
救助した彼は黄色のネクタイをしていた。つまり3年生。俺たちの先輩にあたる。
「そ、そうだ!俺はあの子を愛し杉の下に呼び出して…。いけない、今すぐ戻らなきゃ。彼女が待ってる!」
先輩の様子を見るに記憶が混濁しているようだ。倒れた際に頭を打ったからなのか、振られたショックからその記憶を封印してしまったのか。いずれにせよ、俺たちは先輩に真実を伝えなければならない。
「初めまして。私は一年の柏木芽依といいます」
「ど、どうも。僕は3年の高木陽太。助けてくれたのに悪いんだけど、彼女のところに早く行かなきゃ」
高木先輩は立ち上がり、横にかけてあったブレザーに袖を通す。
柏木は高木先輩の様子を見て真実を告げるか迷っているようだった。ここで嘘をつく方が余計に高木先輩を傷つけることになる。ならばここは俺が。
そう思ったとき、柏木が口を開いた。
「先輩はその彼女に振られたんです。そのショックで気を失い、杉の下で倒れました。そしてそこを偶然見ていた私たちが救助して今に至ります。だから、もう杉の下には行かなくていいんです…」
それを聞いた高木先輩はベッドに崩れ落ちた。
「う、嘘だろ…。何かの間違いじゃ」
「残念ながら事実です」
俺は先輩に現実を突きつけた。嘘をついてもまた同じことを繰り返すだけだ。また苦しむのならここで折れてしまった方が良いに決まっている。
「そうか、僕は振られたんだね」
「はい、俺たちが見ていたところからだと声は聞き取れませんでしたが、彼女は先輩が差し出した手を握り返すことなく、頭を下げてから走ってそこからいなくなりました」
「間違いないようだね…」
高木先輩の背中がすごく寂しかった。人生最大の勝負に負けたんだ。無理もない。
「か、カッコよかったです!」
事実を先輩に告げてから黙っていた柏木が口を開いた。
「振られたかもしれないけど、告白できるだけでもすごいと思います!私なんかじゃきっとできないことだから。慰めにはならないかもしれないですけど、それだけは覚えておいてください!」
あぁ、その通りだ。
俺たちは打ち合わせることなく、気づけば先輩に向かって敬礼をしていた。それは俺たち二人ができる最大の先輩への労いだった。
「き、君たち…。ありがとう。少し元気が出たよ。もうカッコ悪いところは見せられないな。今回はダメだったけど、次がある。そこでは僕のもっとカッコいい姿を見せれたらいいな」
そう言って先輩は保健室から出ようとする。
「お、俺たち!高校生活支援部っていうのやってるんです!何か困ったことがあったら放課後の屋上まで来てください。待ってますから!」
それを聞いた先輩はこちらを振り返ることはせず、手を上げて返事をした。
「行っちまったな」
「うん。私たちがしたこと間違ってなかったよね。嘘をついたって結果は同じだもの」
「あぁ、これでよかったんだ。それじゃあいい時間だし俺たちも帰るか」
「そうね。帰りましょうか」
そして俺たちはそれぞれの帰路へと着いた。