ご褒美
「愛してる」
「愛してる」
「愛してる!」
「愛してる!」
「愛してるって言ってんだろ!」
「私だって愛してるって言ってるでしょ!」
「うるせぇ!ぶっ○すぞ!早く照れろや」
「あんただって早く照れなさいよ!ぶっ○すわよ!」
「ぶっ○す!」
「ぶっ○す!」
俺たちは帰宅途中にあるファミレスに入り、打ち上げを敢行していた。そこで昨日天木先輩と柏木がやっていた愛してるゲームをなぜかやる流れになって今に至る。いつのまにかぶっ○すゲームになってた。
「はぁ、もうやめよう。これ以上は不毛な戦いだ」
「じゃあ、私の勝ちね。ポテト奢りなさいよ」
「なんでそうなるんだ。そんな約束した覚えはない」
柏木とたくさんの時間を過ごしてきたが、最近は本当に遠慮がなくなってきた。最初に屋上で素の状態の柏木を見つけたときはこんなにも中身が残念だとは予想もつかなかったな。
柏木は俺を無言の圧で威嚇してきた。どんだけポテト食いたいんだよ。自分で買えばいいのに
「分かった分かった。奢ってやるから頼んでいいぞ」
「ほんと?やったー!新田くんマジ天使ぃ」
「おい、またゲンコツをくらいたいのか。思ってもないことを言ったせいで顔が死んでるぞ、顔が」
「あ、すみません。ポテト一つ。大盛りで」
呼び出しのベルを押し、柏木が店員に注文する。
勝手に大盛りにされてるんですけど。
「誰が大盛りにしていいなんて言ったよ」
「まぁまぁ、私だって依頼解決に向けて頑張ったんだからその分よ」
柏木は威張るように答え、ポテトを嬉しそうに口いっぱいに頬張った。
俺の記憶が正しければ柏木はフェンスによじ登ったり天木先輩と愛してるゲームをしただけで依頼解決には何一つ貢献していないように思うのだが。
「今回だけだぞ、もう」
柏木の幸せそうな顔を見ると何だか怒るのもアホらしくなってしまった。顔だけはいいんだよな、ほんと。
放課後の部活終わりに男女二人でファミレスで時間をつぶす。まるでリア充じゃないか。あのとき俺が放課後に屋上の鍵を締めに行かなければ、この未来はあり得なかったかもしれない。
というか俺たち、側から見たらカップルに見えたりするんだろうか。
いかんいかん。変なことを考えてしまった。俺たちはあくまで同じ部活に所属している部員同士なだけ。断じてそのような関係ではない!
「ね、どしたの?」
俺の気持ちが表情に出ていたようで、柏木が不審がってそう尋ねてきた。正直に答えるわけにもいかないのでここは濁そう。
「いいや、何でもねーよ」
「ははーん、新田くんもポテト食べたいんだ」
「違うわ、アホ。俺はお前みたいに食い意地張ってねぇ」
「もう素直じゃないんだから。ほら、あ〜ん」
こいつマジか。最近ずっと一緒にいるせいで距離感バグってないか?俺もさっきあんなことを考えてしまっていたが、もしかして柏木も同じようなことを考えていたり…。
よし、もうどうでもいい。中身が残念であろうと見た目は一級なんだしいいじゃないか。このまま柏木と学園ラブコメを始めるのだって案外悪くないかもしれない。舞台は整っている。二人きりの部活に所属していて、尚且つお互い唯一無二の秘密の共有者。今まで何かが起こらない方がおかしかったのだ。俺はやるぞ!
そして決心をした俺は目を瞑り口をあけ、ポテトを迎え入れる準備をした。
ん、あれ?ポテトが一向に口の中に入ってこないのだが。目を開けるとそこにはポテトを全て食べ終えて満腹になった柏木がいた。
「おい、俺のポテトは」
「えぇー、さっきから私聞いてたじゃん、食べないのって。何度聞いても新田くん、返事しないし。本当に食べたくないのかと思って全部食べちゃったよ」
どうやら俺が考え事をしている間に全て食べ終えてしまったらしい。
お、俺の初あ〜んが!
やっぱりこいつ何も考えてなかった。俺は悩みに悩んだ末にポテトを迎え入れる準備をしたというのに。ふざけやがって。俺の決心を返してほしい。
「じゃあ今日のところはもう帰るとするか…」
「うん!ポテトごちそうさま!」
そして俺たちは会計を済ませて店を出た。
◇
「じゃ、私こっちだから」
「おう、気をつけてな」
時刻は午後19時近く。ファミレスを出て少し歩いたところで俺たちは各々の帰り道へと別れ、俺は自宅への道を歩き出した。
これで長かった一日も終わりかと思ったその時、携帯に一本の電話がかかってきた。そこには見慣れない番号からの着信。番号からして個人の携帯からだ
「誰だ?」
大事な連絡だったらまずいので俺は電話に出ることにした。
「はい、もしもし」
「お、新田の電話で間違いないか?私だ、松浦だ」
電話の主は松浦先生だったようだ。
「あ、先生。お疲れ様です。でもなんで俺の番号を?」
「そりゃあ、担任だからな。生徒の電話番号くらい知ってるさ」
そういえば入学時の書類に自分の番号を書いたような。それはそれとして一体何の用事なのだろうか。厄介ごとは勘弁してほしい…。
「それで、俺に何の用なんですか?」
「いや、用という用はないよ。ただ初めての依頼の結果を知っておこうと思ってな。昨日の放課後に柏木に初めての依頼があったと聞いてな」
全く部室に現れないから忘れていたが、松浦先生は俺たちの顧問だったな。最初は楽そうだからと言って顧問を引き受けてくれたはずだか、俺たちのことを少しは気にかけてくれていたらしい。自分のクラスの生徒二人が運営する部活というのもあるのだろう。
「そういえば先生は俺たち高援部の顧問でしたね。全く部室に現れないから忘れてましたよ」
「お前ら二人の青春を一教師である私がお邪魔していいのかと遠慮していたんだよ。私が屋上に行くたびにお前らイチャイチャしてたし。だから声はかけずに職員室に引き返してた」
俺が柏木とイチャイチャ?何を言っているんだこの人は。
「これからは部室に入ってきて大丈夫ですよ。俺たちイチャイチャなんてしてないので。今日に至っては仲が悪すぎてお互いに殺害予告をしあいました。そんなのイチャイチャじゃないですよね」
「そ、そうか。でもそれを聞いたら余計お前ら二人の間に入ることがより躊躇われるのだが。殺し合いには巻き込まれたくないしな」
先生の反応を見るに俺たちがイチャイチャなんてことをする間柄ではないことは分かってくれたらしい。うんうん、これで誤解が解けたな。いいことだ。
「すみません、依頼の件でしたよね。大まかな流れはこうです」
俺は先生にこれまでの経緯を話した。依頼の内容はなんだったのか、オレたちがどのようにその依頼を解決したのか、依頼人はその後どんな様子だったか。
「すごいじゃないか!初めてにしては上出来なんじゃないか?偉いぞ、新田〜」
先生はそう言って俺を褒めてくれた。普段とは少しギャップのある先生に俺は少し驚いた。こうやって褒めてくれたりするんだな。なんか、照れる。
「あ、ありがとうございます!」
「まぁ、あまり褒められたやり方ではないがな。でも時間がない中でよくやった。一人の人間を救ったんだからな。多くの人間ができないでいることをお前たちはやったんだ」
俺は松浦先生を誤解していたようだ。今までのイメージはぶっきらぼうで面倒見も対してよくない。生徒には大して興味がないような人、こんな風に思っていた。
だけど違った。部室には入らなかったものの、俺たちを見守ってくれていたようだし、こうして初めての依頼がどうだったのか連絡もくれた。それに生徒が良いことをしたらちゃんと褒める。良い先生じゃないか。
「今度お前たちにご褒美やろう。頭よしよししてやるからな」
おい、小学生じゃないぞ俺たちは。
「明日私も屋上にいくから二人で待っていろ。それじゃあまた明日な」
そう言い残して電話は切れた。
「断る隙を与えてもらえなかったな…」
◇
そして翌日。
約束通り俺たちはベンチ座らされ、先生に頭をわしゃわしゃされていた。
これが頭よしよしか。悪くないな〜。
あぁ、これなんかダメにされてる気がするぅ。
隣の柏木もふにゃふにゃしている。
あれ?なんか身体溶けてない?
これこのまま続けて大丈夫なの?
用法用量は守ろうね?
その後も俺たちは先生が満足するまで頭を撫でられ、満足したタイミングで先生は仕事があるからと職員室へ戻っていった。
俺と柏木はベンチから崩れ落ち、屋上に二人で仰向けになる。
「な、なぁ、柏木」
「な、なに。新田くん」
「早く依頼こねぇかな。そしたらズババっと解決してまたご褒美もらおう」
「そうね、その通りだわ。そのためには高援部の活動を広めに行かなきゃいけないのに身体に力が入らなくて動けないの」
「あ、あぁ。俺もだ」
本日の高援部の活動。
身体に力が戻るまで天体観測をして終了。
そして太陽が西に沈むことが明らかになった。