新たな来訪者(正真バトル編 第一話)
吉村と秋元の一件以来、特に大きな依頼もなく、ようやく一年生の一学期が終わった。俺たち恵星学園の生徒たちは夏休みを迎え、夏休み期間中の学校には部活動やら課外学習やらで登校する生徒しか校内にはいない。とはいえ、うちの高校は大小様々な部活動が盛んなため、人は少なくはない。平日は普段通り食堂も営業しているし、購買部もいつもより品揃えこそ少ないものの、活動している。そのせいか、学校の雰囲気がそこまで変わったようには思わなかった。
「それにしても今日もあっついわね…」
「あぁ、もう持ってきた水筒が空になったぞ」
「さすがにこの炎天下で、屋上での部活動は厳しいのでは…」
夏も本番。今までは一、二ヶ月前に設置したパラソルの下でならある程度、暑さは回避できていたものの、気温が高すぎて日陰でも堪える。俺たち三人は茹だるような暑さに愚痴を吐露せずにいられなかった。
「ねぇ、夏休みなのに依頼なんかくるの?」
ここで愚痴を続けるのは柏木。
「そこそこ校内に人もいるし、もしかしたら来るかもしれないだろ」
「そんなこと言って、結局最初の一週間は誰も来なかったじゃない」
まぁ、確かに。ただでさえ過疎気味なこの部活に、長期休みが重なっているんだ。仕方がないかもしれない。
「でもこの部活って、依頼がこないだとか悪態をつき始めると、決まって依頼人が来ますよね?」
コンコン。
「「「あっ」」」
爆速のフラグ回収である。屋上の扉がノックで鳴らされた。
俺は来訪者を屋上へと呼び寄せる。
「どうぞー」
「失礼します」
入ってきたのは丸いメガネをつけた、男にしては少し小柄な赤ネクタイの2年生。
「ここが高援部ですか?」
男の問いに鹿苑が答える。
「はい、そうですが」
ここが高援部だと確認が取れると、男は身につけた丸い眼鏡をくいっと上下に動かし、口角を上げた。
何だか、癖のありそうなやつがきたな…。
男は入り口で立ったままで、こちらのテーブルまで来る気配がない。俺は男をこちらに呼び寄せた。
「あの、よければこちらに」
柏木がベンチ横に置いてあるパイプ椅子を広げ、俺たちが座るベンチの対面へと設置する。
「ちょっと待った!」
男は依然として動かないまま、急にこちらに向かって声を張り上げた。
「はい?」
俺は男の不審な挙動に思わず声が出てしまう。
それに対し、男は再び片方の手を眼鏡に当て、人差し指を立てたもう片方の手を左右に揺れ動かす。
「ちっちっちっ、僕は依頼に来たわけではないのだよ」
「ねぇ、アイツなんなの?」
男の態度にイラつき始めたのは柏木。
かくいう俺もいちいち気持ちが悪い男の行動に対し、少し苛立ちを感じ始めていた。
「知らん。ただ相手にしたくないやつだということだけは分かった」
「新田さんとはまた違ったベクトルの厨二患者っぽいですね」
あらあら鹿苑さん、そんな言葉どこで覚えたのかしら?
「何はともあれ、要件があるならこっち来なさいよ」
柏木が男にこちらへ来るよう再度促す。
「では、失礼して」
ようやく男がこちらまで来てパイプ椅子に座った。歩き方や、椅子を引いて座るまでの一連の動作が、なぜか全てねっとりしていて気色が悪い。
「それで、依頼じゃないならなんなんでしょうか」
「よくぞ聞いてくれた。今日来たのは他でもない。君たちを取材するためだ」
「「は?」」
俺と柏木は男の発言の意味が分からず、疑問の声をあげる。
反対に、鹿苑はこの男の発言から何かを察したようだ。
「もしかして、新聞部の方ですか?」
「ふっ、その通りだ」
どうやらこの謎の男は新聞部からやってきたらしい。
素性が判明し、先ほどの取材という言葉の意味がここで明らかになる。おそらく、俺たち高援部の活動をネタに、新聞に載せる記事を書きたいのだろう。
「私、新聞部の記事は毎週読んでいますよ。部活動紹介のコーナーにうちを使いたいということでお間違いないでしょうか?」
「ふん、君は実に話が楽で助かる。そういうことだ」
俺の予想は的中。今の今まで部活動紹介の記事はおろか、新聞部の存在すら知らなかったが。
「そういうことらしいけど、新田はどうするの?」
俺としては別に断る理由もないが…。
「取材は自由にしてもらってもいいんですが、あまりおすすめはしませんね」
「それは何故だい?」
「うちの部活を見てもらえれば分かるかと」
「まぁ、いい。取材はさせてもらう。僕は二年の坂野慎二だ。よろしく」
◇
-1時間後-
「お前ら夏休みの宿題やったー?」
「まだー」
「私はもう半分終わらせましたよ?」
「え、あーちゃんさすが!今度答え写させて!」
「こら、芽依さん。ただでさえ成績低いんですから自力でやってください」
「宿題の進め方で性格出るよな。鹿苑ほどじゃないが、俺は夏休みの半ばには終わらせられるぐらいの進行度だ」
「性格ってよりかは計画性の方が正しいですかね」
「何それ!私がまるで計画性ないみたいじゃない!」
「いやその通りだろ」
「ぐぬぬ…」
「「ははは」」
バーン!
坂野がテーブルを叩く。冷んやりしているテーブルに顔を押し当て、だらんとした大勢で話していた俺たちはそれに驚いて一斉に体を起こした。
「ちっ、なんすか」
俺はキレ気味に頬杖をつきながら坂野へ言葉を投げる。
「なんすかじゃないだろ!君たち部活はどうしたんだ!部活は!」
「はぁ、だから取材はおすすめしないって言ったでしょ。今うちの部活は依頼が皆無で閑散期なんです」
「ていうか、こうして依頼を待っていること自体、私たちにとっては部活なのよ。ちゃんと記事に私たちの活躍書きなさいよね」
「活躍って、君たちは何もしてないだろ!このままじゃ、使い古された夏休みの宿題トークで記事が終わってしまう!」
鹿苑はいつも通り、こういった言い合いには参加せず、ニコニコしながらこちらを眺めるだけ。
坂野はそんな様子の鹿苑を見て冷静になったのか、テーブルを叩いた衝撃でズレた眼鏡を直しながら、椅子に座り直した。
「す、すまない。少し取り乱した。こうなったら依頼が来るまでここで待機するまでだ」
◇
「よし、じゃあ今日は時間だし帰るか」
「えぇ」
「そうですね」
「「「それじゃあ」」」
俺たち三人は身支度を整え、屋上を出ようとする。
柏木、鹿苑が出ていく中、その前に俺は、椅子に座って下を向いたままの坂野に声をかけた。
「あ、まだここに居たいんなら屋上の戸締りお願いしますねー」
返答はなく、何故か坂野は元気がなさそうだ。
すると、少し間を置いてから坂野が口を開いた。
「いや、僕ももう帰るから戸締りは部長の君に頼む」
「はぁ」
「明日も来るからな」
おもむろに立ち上がった坂野は、こちらに目を合わせることなく早歩きで屋上を後にした。
「まぁ、これがうちの部だからなー」
俺は屋上の施錠を完了し、三人に続いて下校した。




