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夏祭り(夏祭り編 最終話)

柏木芽依、15歳。


私は今、人生で初めて男の子と二人で夏祭りに来ています。


え、なんでこんなことになっているのかしら。それもよりにもよってこの男、新田将也と。


しかもなんでこいつ甚平なんて着てるの?お祭りがそんなに楽しみだったのかしら。


「お前も浴衣着てきたんだな」


はい、私も久しぶりのお祭りが楽しみで浴衣着てきましたよ!


「おい、見ろ!吉村と秋元手繋ぎ出したぞ!」


「え?あ、うん」


新田のことを変に意識してしまっているせいか、私は思考が乱れてしまう。


「お前、なんか反応薄くないか?あのもどかしかった二人がついに手繋いだんだぞ?」


「へ!?新田と手なんか繋がないわよ!」


「あ?お前何言ってんだよ」


お、落ち着きなさい、私。


私はパシっと自分の顔を両手で叩き、精神統一を図る。


「ほ、ほらよ」


「え?」


何故か新田は、少し顔を熱らせながら私に左手を差し出してきた。


「え?じゃねーよ。はぐれると危ないだろ」


こいつは一体何を言っているのかしら。

発言と行動からして私に手を繋げって言ってるの?


そう、様子がおかしかったのは新田将也も一緒であった。


落ち着け、俺。

いやもう落ち着いている。

先日、プレイしたギャルゲーで学んだ。

これは紛れもなく夏祭りデートなんだ。だってクラスメイトで同じ部活の女子と二人。このシチュエーションはそうに違いない。間違いない。あえて、もう一度言おう。これは紛れもなく夏祭りデートなんだ。


夏祭りデートと言ったら、あれだよな。確か二人で手を繋いで、食べ歩きをして、ところどころハプニングに見舞われながらも、それが逆に二人の仲を親密にしちゃったりして。そして、最後にはどちらかが告白をし、熱い初キスをだな、、。


新田将也は迫り来るあまりの緊張に、すでに破綻していた。



なんで私、新田と手なんか繋いで一緒にお祭りの会場を歩いてるんだろう。いつのまにか吉村くんと秋元さんは人混みのせいで見失っちゃったし。


それによ、それに!

一体どういう理由でこいつはいつにも増してこんなに積極的なのかしら!


「吉村たち、いつのまにか見えなくなっちまったな」


「え、えぇ…」


私の手よりも一回りも二回りも大きい手が、私の小さな手を包み込んでいる。慣れない感覚に戸惑いながらも、どこか少し落ち着くこの触れ合いに、私の心臓は大きく鼓動していた。


「あ、あのさ!せっかくだし何か食べましょう!」


「おう、そうだな」


私は何を食べるかなんて選びもせず、気を紛らすように、近くの屋台に駆け込んだ。


「お、おい、そんなに引っ張るなよ。っておい。何が何か食べましょうだ。お前は金魚を食いたいのか?」


私が目もくれず駆け込んだのは金魚すくいの屋台だった。


「い、いや妹がね?あの子、お魚食べるの好きだから」


「だからって金魚は食わねーだろ、金魚は」


「柏木家ではそれが普通なの!」


「そ、そうなのか…」


「おじさん!一回分お願い!」


私は料金を支払い、店主から網を受け取る。


「手、離しなさいよ。桶持てないじゃない」


「お、おう。悪い」


受け取った網を利き手に持ち替え、もう片方の手に桶を持ち、私は金魚と対峙する。


私の調子を乱していた手が離れ、いつもの調子が戻ってきた。


「ふふん、やるわよ」


「えらい自信だな」


「まぁ、見てなさいよ」


私は泳ぐ金魚の中から、獲りやすそうな小さめの金魚に狙いを定める。


「ここよ!」


私は網を一瞬水の中へ沈め、金魚を掬い取る。そして桶に金魚を運ぼうとした。


「ふっ。下手くそ」


横で見ていた新田が、私の持つ破れた網を見て笑いをこぼす。


こいつの人を舐め腐った笑みを見るたびに殴りたくなる衝動に駆られるが、私は堪える。


ここで殴ったら、またゴリラ女とか怪腕バカとか罵声を浴びせてくるわね。私だって一応女の子なんだから少しは言葉選びに気をつけてほしい。


ここはこのアホにも恥をかいてもらうわ。


「それならお手本見せなさいよ」


「ふん、いいだろう」


自身ありげに新田は言い返し、網と桶を手にした。


「お前、さっき獲りやすそうな小さい金魚狙ったろ?」


ぐっ、バレてる。


「そ、それがどうしたのよ」


「そういう心構えの時点で、お前の失敗は決まってたんだよ。俺なら間違いなく、あのボス級のデブ金魚を狙う。ふむ、肉付きは柏木並みだな」


ズコン!


私は新田に渾身のゲンコツをお見舞いした。


「久しぶりに殴られた気がする」


「えぇ、久しぶりに殴ったもの」


「「はははっ」」


このくだらないやり取りに、いつもの私たちの笑い声が屋台の下で響いた。


やっぱり私と新田はこうじゃなきゃ。さっきが少しおかしかったのよ。


「どうした?」


「いいえ、なんでも」


まだ夜でも蒸し暑い夏場だというのに、私の右手は少し冷んやりしていた。


「それじゃあ、行くぞ!」


「ふふん、獲れるもんなら獲ってみなさい!」



「ほらな、さっき俺が言った通りだったろ」


「ふん。まぐれよ、まぐれ」


俺の手にはあの水槽の中で一番大きかった、もっぱら赤みの強い金魚が袋の中で泳いでいる。


「これ、やるよ」


俺は柏木に獲れた金魚を差し出す。


「いいわよ、別に。新田が獲ったんでしょ。持って帰っていいわ」


「だって、お前の妹が金魚食うんだろ?ならでかい方が嬉しいかなと思って」


「はぁ!?金魚なんて食べるわけないでしょ。私の妹をなんだと思ってるのよ!」


さっきこいつ、金魚を食べるのが柏木家の常識だとか言ってたよな?なんで俺がヤバいやつ認定されているんだか。


「そうかよ。ならこいつは俺が育てる。もちろん食わないが」


「当たり前でしょ。何バカ言ってんだか」


「っていうか、いつの間にか吉村たちのこと見失っちまったな」


本来、俺たちはあの二人の行く末を見守るために今日ここへ来たはずだったのだが…。


「あ、あれ!」


柏木が指差す方には手を繋ぎ、談笑しながら練り歩く吉村と秋元の姿。


見つけたはいいものの、人混みが激しく、距離的にはそこまで遠くもないが、すぐには追いつけなそうだ。


「でも、この人混みじゃ…。ってあれ?」


いつの間にか横を歩いていたはずの柏木の姿がない。


「あいつ、もしかしてあの二人の方に…」


全く、あいつはいつも一人で突っ走るな。こんな人混みじゃ、転んで倒れたりしたら大変だ。


「おーい!柏木ー!どこだー!」


柄にもなく大声を出し、柏木を探す。


まずいな。俺じゃあ全く声が通らない。


「そうだ、携帯」


俺はスマホを取り出し、柏木に電話をかける。


「ダメだ、繋がらない」


この混雑で通信が不安定になっているのか、電話も使用できない。


「ちっ、クソが」


手元の金魚は袋の中をただただ静かに泳いでいた。



「おーい!柏木ー!どこだー!」


かれこれ見失った柏木を探して5分ほど経過した。人混みの中には一向に柏木の姿は見えない。

こんなことなら事前にはぐれた時の集合場所を決めておけばよかった。我ながらそこまで思考が回らず、情けない。


「こりゃ、迷子センター案件だな」


自力で柏木を見つけられなかったことに若干の不甲斐なさを感じながらも、俺は踵を返し、来た道を戻った方に設営されている祭りの本部へと向かう。


すると、聞き馴染みのある声が俺の鼓膜へと届いた。


「新田〜!新田〜!」


あいつ、泣いてんのか?


彼女の声色はいつもの張りのあるものではなく、とても弱々しいものだった。


「柏木!どこだ!近くにいるなら返事しろー!」


「こっち〜!こっちいるってばぁ!」


向こう側から聞こえたか。


周りの雑音がひどくて確かではないが、柏木の声は俺のいる方とは逆の、対岸の屋台の方から聞こえてきた。


「すみません、通ります。すみません!」


俺は人の波をかき分け、向かいの屋台側へと身体を出す。すると、店の横で泣きながら座っている柏木の姿を見つけた。


「あ、あらた〜!」


こちらに気づいた柏木が、立ち上がって俺の両袖を掴んだ。


その衝撃からか、先ほどまで元気がなさそうだった金魚が袋の中で跳ねていた。


「ばかばかばか〜!急にいなくなるんだもん!」


「アホか。急にいなくなったのはお前だろうが」


ふと柏木の足元に目をやると、右足の草履の鼻緒が切れており、足の甲からは血が出ていた。


「お前これ、踏まれたのか?」


こくりと頷く柏木。


「は、鼻緒が切れちゃって、それで屈んだ時に誰かに踏まれちゃったの」


傷口は少し土に塗れていて、誰かに踏まれで出来た傷なのだとすぐに分かった。


「そうか。これじゃあ、、、歩けないよな」


傷ができた足で歩くのもしんどいだろうし、鼻緒が切れているから草履も履けず、素足のまま。歩けるわけがない。


「ほら、乗れよ」


歩けない柏木をおぶるために俺はしゃがんで背中を柏木の方へ向ける。


我ながらキモいことをしていると思う。先ほどは変なスイッチが入って恥ずかし気もなく、手を繋ごうとか言っていたけど、こう冷静になっている中でこういうことをするのは、なんかムズムズする。


「またそうやって変なことする」


「うるさい。確かに今日の手繋いだりは祭りの雰囲気に当てられてだったが、これは違う。それに、その傷口綺麗にしないといけないしな」


「バカ…」


悪態をつきながらも柏木は俺の背中へと体重をかけ、腕を俺の首の前へと持ってきた。


「よいっしょっと」


俺は柏木の足を持ち上げ、治療を受けれるであろう救護所へと歩き出す。


「よいしょとか言うな。軽いでしょ」


「あぁ、思ったよりずっと軽い」


柏木もなんだかんだ女の子なんだなと、こいつを背負って思った。首元に絡みつく腕も、持ち上げている足もどちらも華奢で、凄く繊細なもののように感じられた。


「へへん、スタイルには気を使ってるんだから」


泣き止んだばかりの鼻声で、柏木は威張る。


「そうだな。しっかり当たってるとこは当たってるし」


もちろん、柏木を背負う俺の背中には柔らかい二つの物体が当たっているのだ。鹿苑だったらこうは行かなそうだ。


「殺すって言いたいところだけど、今日のところは許してあげる。新田だけ特別よ。私のおっぱいそんなに安くないんだから」


「お前って泣くと優しくなるよな」


「優しくなるんじゃなくて、素直になるの」


「じゃあ、いつも素直な柏木でいてくれ」


「それは無理」


「そうかよ」


ここで会話が途切れ、俺たちは無言になる。先ほどまではうるさかった喧騒がやけに静かに聞こえ、あんなに周りは人だらけだったはずなのに、なぜかこの空間に今いるのは俺たち二人だけのような、そんな不思議な感覚に陥る。だが、それが案外心地よかった。


「ねぇ、新田」


「なんだ」


「私、好きだよ」


「あぁ。…って、はぁ!?」


「勘違いしないで。私が好きなのは新田のこういうカッコいいところ。いつもは弱音吐いたり、ふざけたり、冗談言ってばっかりだけど、助けてほしいときは絶対力になってくれる、そんな新田のカッコいいところが好き」


それってもう愛の告白なのでは?

文脈からするに違うらしいが。


「俺も好きだよ」


俺は動揺させられた腹いせに柏木に同じ言葉を返した。


「え!?い、いや、私は勘違いしないから」


「あぁ、勘違いするな。俺も好きなのは柏木のカッコいいところだからな。いつもは抜けてるし、何やっても上手くいかないし、めちゃくちゃ不器用だけど、俺が困ったときに絶対手を差し伸べてくれる、そんな柏木のカッコいいところが俺は好きだ」


「アホ…」


「素直じゃなくなったな」


「うるさい!」


「いて!怪我してない方の足で蹴るな!」


「うっさい!」


「だから痛いって言ってんだろ!あ、やば」


俺は柏木に蹴られた拍子に躓き、少し体勢を崩した。


「大丈夫か、柏木。もしかして足痛んだり」


俺が柏木の方へ顔を向けると、思ったよりも柏木の顔が近く、俺の頬に柏木の唇があたった。


「あ、すまん」


「…」


「あ、あのー、柏木さん?」


「やっぱり殺す」


ゴツン!


本日二個目のタンコブが俺の頭に生成されました。


「まぁ、今回ばかりは殺されても文句は言えないかもな…」


「そうね」


「「ぷはっ」」


俺たち2人は同時に吹きだす。


「来年もまた来よう」


「えぇ」


なんやかんやで最初はどうなることかと思った柏木との夏祭りも結局いつもの調子で終わった。


いや、いつもとは少し違ったか。



「それでどうだったんですか。お二人の夏祭りデートは」


ぎくり。


鹿苑の言葉に同時に身を震わせるのは俺と柏木。


夏祭り翌日の放課後、俺たちはいつものように屋上に集まっていた。


「なんで新田さんと芽依さんが反応しているんですか?私が聞いたのは吉村さんたち二人です。ふふっ」


こいつ絶対わざとだな。今思えば柏木と夏祭りデートすることになったのもこいつのせいな気がする。


「確かに気になるわね。結局二人のことは見失っちゃったし」


まぁ、こうして依頼でもないのにここへ二人で来ているということから、昨日何があったかはある程度予想できるが。


「えー、じゃあ僕から報告させてもらうね」


ゴクリ。


予想はできていても、当人の口から確認できるまでは少し緊張するな。


「えー、僕たち、付き合うことになりました!」


吉村からの報告と同時に、何やら柏木がポケットから何かを取り出した。


「よっ!おめでとう!二人とも!」


パァーン!


放課後の屋上に紙吹雪が舞った。


「わー、すごいね!クラッカーなんて鳴らさせるの初めて!」


そう話す秋元は満面の笑みである。


「おめでとう」

「おめでとうございます」


改めて俺と鹿苑の口からと祝いの言葉を二人へ送る。


「いやー、本当に高援部の皆んなのおかげだよ。本当にありがとう!」


「いや、俺たち今回はマジで何もしてないから」


「ううん、三人からは一歩踏み出す勇気をもらったからさ」


そう話す吉村は以前にも増してキラキラして見える。すごく眩しい…。


「私からもありがとう。おかげさまで変な口調にならずに吉村にちゃんと告白できたし」


「え、凛ちゃんから告白したの?」


確かにそれは思った。

てか凛ちゃんって。いつの間にそんなに仲良くなったんだこいつ。


「いや実は僕の方からしようと思ってたんだけどね。秋元さんに先越されちゃって。だから絶対プロポーズは俺の方からって思ってるよ!」


熱い眼差しでこちらを見る吉村。

こいつはアホなのだろうか。


「おい、秋元沸騰してるぞ」


秋元の顔面は茹で蛸並みに赤くなっており、今にも蒸気が爆発しそうな様子だ。


「プ、プロポーズもわ、私からするから」


照れを堪えながら吉村に反撃する秋元。


前までなら江戸っ子魂が炸裂していたところだが、秋元も成長したらしい。


「すみません、この茹で蛸二匹は何しにここに来たんでしょうか。報告ってより惚気じゃないですか、これ」


「お前最近やたらと毒吐くようになったな」


「そうですか?もともとこんな感じですよ、私」


絶対前まで猫被ってたろ。


「あ、そういえば」


顔色が元に戻った秋元が呟く。


「どうした?」


「昨日、新田が芽依ちゃんのことおぶってたあれは何だったの?」


ギクリ。


再び身を震わす俺と柏木。


「へぇ、お二人とも私が私用で参加できなかった夏祭りでそんなことを。これは事情聴取が必要みたいですね」


「あーちゃん、何そのむっつりした顔。やめなさいよ」


「鹿苑、お前が思うようなことは何一つしていない。これは誤解だ!」


「今日は二人とも帰しませんから」


鹿苑から逃げるようにぐるぐる屋上を回る俺たち三人の様子を吉村と秋元が眺める。


「青春だね」

「うん、なんかやっぱりあの三人好きだな。私」

「きっとここに来た皆んながそれを思うんじゃないかな」

「ははっ、そうだね」



この日は暑苦しい夏には似合わない、爽やかな午後だった。



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