欲しい言葉をくれるのは(夏祭り編 第五話)
「よし、俺を吉村だと思って話しかけてみろ」
吉村の顔の画像をプリントし、お面を作った。俺は今、それを被って目の前の秋元に話しかけている。
吉村との会話を想定した練習だ。
「え、えぇ…」
少し引き攣った顔の秋元。これを吉村だと思えというのも無理があるのは分かるが。
「あ、あのさ、吉村は普段何してんの?休みの日とか」
「意外とちゃんと話せそうね」
「はい。まぁ、実際の吉村さんではないですしね」
今回、柏木と鹿苑はアドバイザーとして見学してもらっている。最初に吉村役を誰がやるかで揉めたが、結局同じ男子である俺が吉村役を務めることになった。
いかん、いかん。休みの日に何をしているかだったな。
「そうだな。休みの日は基本的に家でアニメ見たり、ラノベを読んだりしてるな。あ、そういえばこの前に初めてギャルゲーをプレイしたんだ。今まで興味がなかったんだが、結構面白くてな。ちなみに俺の推しは西園寺沙也加ちゃんでな?あの清楚な見た目とは裏腹に毒舌なのが本当にいい。よければ秋元にも貸してやろうか?もう全ルート回収しちゃったからやることないんだよ」
「へー」
なぜか秋元が死んだ目をしている。
「ねぇ、新田。あんたの休みの日の過ごし方なんて誰も聞いてないの。吉村くんは新田とは違ってオタク趣味はないから。そのキモい口を閉じなさい」
「新田さん、そういう方がタイプなんですね。西園寺さんでしたっけ?少し私と似ていそうで本当に怖いです。これからは近寄らないでください」
いや、確かに俺が悪いんだけどさ。そこまで言うことなくない?鹿苑に至っては絶縁宣言をしてるし。
「分かったから。頼むから悪口はやめよ?俺も真剣にやるからさ。よし、秋元。もう一回だ」
秋元はこくりと頷き、先ほどの質問を繰り返す。
「よ、吉村はさ、休みの日何してんの?」
「そうだなぁ、やっぱ一番多いのは部活かな。でも最近は秋元さんのことばっか考えちゃって集中できてないんだけどね!逆に秋元さんは休みの日なんかしてたりする?」
さぁ、どうする秋元。
「わ、私も吉村のこと考えてるよ…」
「て、てやんでい!」
「あんたが照れてどうすんのよ!」
見学していた柏木が俺の頭を叩く。
照れる秋元の破壊力に晒されてしまった俺は、うちに秘めた江戸っ子魂を露出してしまったらしい。
「ここで提案です。選手交代で」
鹿苑の提案通り、使い物にならないと判断された俺は柏木に吉村役をバトンタッチした。
例の如く、柏木も吉村のお面を付けている。
「なぁ、鹿苑。さすがに柏木が吉村は無理がないか?」
「なんでですか?」
「だって、あの吉村胸デカくね?」
「ふふっ。新田さんしばきますよ?」
俺は黙って二人の練習を見守ることにした。
「秋元さんは何か好きな食べ物とかある?」
吉村役に徹する柏木。
「わ、私はやっぱ甘いものが好きかな」
「へー!秋元さん、甘いものが好きなんだね!え、じゃあさ、やっぱりお祭りの屋台とかだと甘いもの系、結構食べるの?」
「う、うん。チョコバナナとか」
「て、てやんでい!」
意味も分からず照れ出した柏木に、俺と鹿苑は間抜けだ声を出す。
「「は?」」
「おい、今の会話のどこに照れる要素あんだよ」
俺が問い詰めると、柏木はもじもじと身体を捩らせながら答えた。
「だ、だって、チョコバナナってなんかエロくない?」
「選手交代で」
俺の提案で柏木から鹿苑に吉村役のバトンを渡す。
「ねぇ、新田。あーちゃんが吉村君はちょっと無理がない?」
「なんでだ?」
「だってほら、あの身長差はねぇ…」
「お前、しばかれるぞ」
俺たちが無駄話をしていると、鹿苑が吉村になりきり、言葉を発した。
「あのサ、アキモトサンッてすきナ人イルの?」
「おい、誰だあの外国人は」
「お手本のような片言ね」
鹿苑の演技の壊滅さに俺たちは若干引いてしまう。
「い、いるよ」
「ソレってダレのことナン?」
「よ、吉村のことだよ…」
「て、てヤンディ!」
終わりだよ、この部活。
◇
「すまない、秋元。全然力になれなくて」
「いや、なんか3人の江戸っ子口調見てたら私もこんな風に見えてるのかって思ってさ。ヤバさを再認識したというか…。それのおかげか分かんないけど、多分もう変な口調になったりはしないんじゃないかな」
確実に江戸っ子じゃないやつもいたがな。
「他に手伝えそうなことある?」
「ありがとう。でも大丈夫。今日ちょっと考えてたんだけどね、ダメなところもひっくるめて素の私で吉村とは関わるべきかなって。今後も関係が続いてくれるなら尚更さ」
どこか覚悟が決まったような、落ち着いた様子で俺たちに話す秋元。
「秋元さん、カッコいいです」
そんな様子の秋元を見て、鹿苑が言う。
「え?」
「だって、素の自分を見せるのってすごく勇気のいることだし。それがダメなところなら余計に」
「確かに言えてるな」
「でも新田、私たちにダメなところしか見せてなくない?」
「別にお前らにダメなとこ見られても痛くも痒くもないからな」
「ねぇ、それどういう意味かしら?」
「はい、少しイラッとしました」
二人が俺の皮肉に反応し、ガンを飛ばす。
すると、そんな俺たちを見て秋元が笑い声をあげた。
「そんな面白かったか?」
「あ、いや、みんなのこと見てると私も楽しくなっちゃってさ」
少し含みのある表情で秋元は喋る。その表情が気になった俺は無遠慮だとは知りながらも尋ねた。
「というと?」
「私さ、こうやって楽しくお話できる友達いないんだよね。だからこういう空間に自分がいるのが新鮮で」
「吉村は違うのか?」
「吉村は好きな人って感じだから、友達とはちょっと違うのよ。一人は一人で好きなんだけどさ、やっぱりこうやってみんなと話してると、人と関わるのって悪くないなって思うんだよね。でも、これは私の日常にはないものでさ、それが少し寂しいの」
寂し気な顔をしながら話す秋元に、何か気の利く言葉をかけてやろうと思うが、その言葉が出てこない。でも、こういう時に欲しい言葉をくれるのは、いつもあいつなんだよな。
「何よ、もう私たち友達じゃない。だからそんな湿っぽい顔してないで、元気出しなさい」
俺の予想は的中し、柏木は立ち上がり、欲しかった言葉をくれた。
「寂しくなったらうちへ来たらいいわ。どうせ私たち、暇してると思うし」
「本当?私なんかが3人に混ざってもいいの?」
秋元は柏木から俺と鹿苑の方へと不安そうに視線を向ける。それに対して俺たちは柏木の言葉に頷いた。
「なんか友達って照れるね。フフっ」
頬を赤らめながら秋元ははにかんだ。
その表情からは先ほどの陰鬱な気は消え去っており、俺は秋元の笑顔を初めて見た気がした。
思えば、いつも俺は柏木に助けられている。そもそもこいつがいなきゃ、俺の高校生活なんて今の何倍もくだらないものだったに違いない。その世界線で俺は、きっと今ごろ部活もせずに家に帰ってだらだらと寝転がり、生産性のない毎日を送っていただろうな。あの時、屋上で、柏木芽依と出会ったことが、俺のつまらない人生を変える分岐点だったんだと、改めて感じた。
そんなことを考えながら、楽しく話す柏木と秋元の様子を見ていると、横の鹿苑が声をかけてきた。
「どうしたんですか?そんなに芽依さんのこと見つめて」
「いや、柏木にはいつも助けられてばかりだなって」
「やけに素直なんですね」
「あぁ。俺はあんまり人の力になれてないからな。そんなんなのに悪態ついたらダサいだろ?」
「私はそうでもないと思いますけどね」
ふいに褒められたせいか、嬉しさが少し顔に出てしまう。
「そう褒められると普通に嬉しいな」
「たまには飴をあげないとですから」
「お前は素直じゃないんだな」
「それは、私こそ人の力に、」
俺は鹿苑の言葉を遮って口を開く。
「なってるよ」
俺たちの間に少し静寂が流れたあと、鹿苑にしてはずいぶんと早口で言葉を発した。
「はぁ、そういうところがだと思いますよ。新田さんって自覚ないんですね」
珍しく照れている鹿苑。
「いいこと言ったなとは思った」
「ふふっ、やっぱり新田さんはキモいですね」
◇
そして数日後、いよいよ夏祭り当日となり、俺たちは吉村と秋元の様子を見物するべく、夏祭りの会場へと来ていた。
「あれ、鹿苑はこないのか?」
吉村と秋元を追いながら、屋台が並ぶ通りを柏木と俺で歩いている。
「あー、そういえば、さっき家の用事とかで今日来れなくなっちゃったって連絡来たわよ。二人で楽しんでくださいとか言ってたわね」
「おう、そうか…」
少し落ち着こう。
いや、落ち着いたんだが。
これって普通にデートじゃね?
夏休み編 最終話に続く




