恋する男はみな勇者(夏祭り編 第三話)
翌日の昼休み、俺たちは吉村の勇姿を見届けるべく、一年C組の教室の前に集まっていた。
「ねぇ、秋元さんってどの人?」
「あれじゃないか?吉村の言ってた特徴にピッタリだ」
秋元凛花、聞いていた通りの印象だな。
「確かに。あの方のようです」
扉から顔を覗かせながら会話をする俺たち。
「つか高木先輩は?」
「折口先輩とお昼ご飯だって。せっかく吉村くんが勇気を出してアプローチするっていうのに」
「まぁ、そう言ってやるな。高木先輩たちはもう三年生なわけで。受験も控えてるし、恋人と学校で過ごす時間は貴重なんだろ」
「ふーん、そういうもんか。私たちの時間もあっという間に過ぎちゃうのかなー」
俺たちが他愛もない話しをしていると鹿苑が声を出して、教室の方へ指差す。
「お二人とも見てください!吉村さんが動き出しました!」
吉村との距離は遠く、昼休みということもあって周りがうるさい。直接何を話しているかは聞き取れないが、手元の俺のスマホから吉村の周囲の音声が流れている。吉村の胸ポケットにペン型の盗聴器をしかけ、専用のアプリを使って、スマホからの盗聴を可能にしたのだ。
「なぁ、なんで鹿苑はあんなもの持ってたんだ?」
「趣味の一環ですので」
そう言って笑う彼女を見て、俺と柏木は寒気を覚える。
「あーちゃん?もしかして私たちにもなんかつけてたり…」
「そんなことよりあっちですよ!ついに話しかけますよ!」
俺たちのプライベートは鹿苑にとってはそんなことらしい。一蹴された俺と柏木は鹿苑の趣味とやらの追求を諦め、吉村の方へと目をやる。吉村は席に座る秋元に近づき、話しかける。そしてスマホから吉村の声が聞こえてきた。
「あ、秋元さん!」
吉村が声をかけたのは金髪ストレートの女子。制服はおしゃれに着崩されており、彼女のスタイルもあってか、一際異彩を放っていた。
やはりあれが秋元か。俺が思ってた通り、バリバリのギャルだな。うちの柏木もその気質があるが、あちらと比べると全くの別物だな。純度が違う。
「なに?あんた誰?」
スマホから流れている聞き慣れない声の主は秋元で間違いないだろう。
「クラスメイトの吉村だけど…」
「ごめん、知らない。で、何のようなの」
「あの、その…」
「用があるなら早くしてくれない?私これから食堂に行こうと思ってたんだけど」
言葉の節々に刺々しさがある秋元。吉村の言っていたように、一匹狼感が滲み出ている。
「ねぇ、吉村くん大丈夫なの?私たちでなんか助け舟出すべきじゃない?」
「そうは言ってもなぁ、俺たちに今できることは吉村を見守ることだけだ」
吉村はきっと強い。好意の相手に近づこうと自分から歩き出したんだ。そして高援部に来た。そんな吉村を俺はじっと見つめる。
震える手を止めるように拳を握った吉村。それから深呼吸をしてから口を開いた。
「お、俺と、お昼一緒に食べてくれませんか!」
そう言って秋元に頭を下げる吉村。ざわつく周りのクラスメイトたち。
「マジか…」
「きゃー。吉村くんお昼誘っちゃったんですけど!なんか私までドキドキしてきた」
吉村のやつ、なんでいきなり昼飯誘ってんだ。ガリペンの話でアプローチするんじゃなかったのかよ。
「想定とは違いますが、案外間違いではないかもしれませんね。秋元さんは食堂に行くと言っていましたし」
「でも大丈夫か?あの性格の秋元がオーケーするとは思えないんだけど」
教室内の人間も吉村と秋元の二人へ視線を注いでいる。ただのお昼の誘いだったが、雰囲気的には告白したかのような勢いだったから無理もない。
「あれ?もしかして秋元さん、顔赤くなってない?」
「あ、ほんとだ」
吉村の誘いに照れているのか、クラスメイトから送られる視線からの羞恥なのかは定かではないが、秋元の様子が少しおかしい。
すると頭を下げたままの吉村の腕を掴み、秋元が教室を出ようとする。
「ちょ、ちょっと来い!」
「え、秋元さん?」
そうして二人は俺たちがいる反対側の扉から駆け足で教室を出た。
「お前ら、追いかけるぞ」
二人の後をバレないように追いかける。
そして着いたのは食堂。昼休みが始まって間もないが、食堂にはすでに列ができており、一足先に着いたであろう秋元と吉村の姿があった。
俺たちも人を挟んで吉村たちの少し後ろに並び、偵察を続ける。
「秋元さん、食堂に来たってことは俺の誘い受けてくれたの?」
「バカか、お前は。クラスのやつらの視線に耐えかねてここに逃げてきたんだよ。ったく、告白みたいなことしやがって」
「こここ、告白!?俺そんなことしてないよ!」
いや、あれはもうしてたぞ。
「うっさい。ここでも目立つことすんなし。ていうかなんでいきなり話したこともない私に声かけたの」
「それは、秋元さんのことが…。いや、秋元さんがガリペンのグッズたくさん持ってるの見たから、ガリペンの話したいなと思って」
ようやくガリペンの話題を吉村が切り出した。
「ガリペン?」
「うん、そう。ガリペン。いつもカバンにキーホルダーつけたし。それにスマホケースもガリペンだったよね」
「え、もしかしてこれのこと言ってる?」
そう言ってポケットからスマホを取り出す秋元。
「あれ、これ何かガリペンとは違うような…」
吉村はじっと秋元のスマホケースを見つめる。
「ねぇ、私もスマホケース見たいんだけど。今からすっと横切って来ていい?」
「駄目だ。お前絶対ボロでるだろ。余計なことすんな。あの盗聴器にカメラ機能もあったらよかったんだけどな」
「ありますよ、カメラ機能」
横の鹿苑がサラッと呟く。
「なんでもっと早く言わねーんだよ。ていうか最初から使ってればよくない?」
「教室のときはお二人の姿とも肉眼で見えてましたから」
「そうか。それで、カメラの映像はどうやって見るんだ」
「少々お待ちください」
鹿苑は俺のスマホを手に取り、操作を行う。
「はい、これで見れるはずです」
どれどれ。
俺たち3人は一斉にスマホを覗き込む。ペン型の盗聴器を胸ポケットにつけさせていたおかげで、秋元と、秋元のスマホケースがばっちり映っている。
「なんか微妙に違うわね」
「はい…」
「確かに違うな」
再びスマホから吉村たちの音声が流れてくる。
「これね、ガリペンじゃなくてガリガラ。なんかガリガリでウミガラスっぽいやつ。略してガリガラ。よく間違われるのよね、私が好きなのはペンギンじゃなくてウミガラスの方。ウミガラスはペンギンと違って空飛べるから」
「え、じゃあガリペンのことは?」
「別に好きじゃないわよ。漫画だかアニメだかわかんないけど見たこともないし」
「嘘だろ…」
衝撃の事実に崩れ落ちる吉村。俺たちのあの時間は一体何だったんだろう。というか俺たち、これじゃあ吉村の力に一切なれてなくないか?
「はははっ、ウケる」
「え?」
「いや、ごめんね。私とガリペンの話したくてあんなガチガチになりながらお昼誘ったんでしょ?それにさっきの吉村の顔ったら」
笑いながら言葉を続ける秋元。
「おい、なんかいい感じだぞ」
「ですね。秋元さんすごく笑ってます」
「いいわよ、いいわよ。こういうのでいいのよ」
柏木が厄介なオタクっぽくなってる…。
「いいよ、吉村のお誘い受けてあげる。今日は一緒にお昼食べよっか」
「え、ほんと!?」
「あ、でも、吉村は私とガリペンの話がしたかったからお昼誘ったんだよね?そしたら私とお昼食べる理由ってなくない?」
まぁ、秋元目線だとそうなるな。でもここは絶対に押す場面だ。
「い、いや食べる!お昼食べる!」
「ふふっ、がっつきすぎ。あーやばい、私吉村ツボかも」
「ははっ、なんか俺も意外かも。秋元さんがこんなによく笑う人だったなんて」
「そりゃあ、私だって面白かったら笑うよ?」
「でもクラスだと今みたいに笑ってるところ見たことないから」
「私、こんなナリだしね。それに基本はテンション低い人間だから。一人でも平気な性格も相まってぼっちになっちゃった」
笑いながら秋元がいう。
なんでか秋元の自虐的な発言は俺や柏木の自虐と違いキツさがない。これが選択して一人になった人間と、必然的に一人になってしまった人間の違いなのだろうか…。
「吉村は何食べるの?」
「久々にスペシャル定食でも食べようかなと」
「ははーん、やっぱり男の子だね。私も今日は挑戦してみようかな。すみません、スペシャル定食一つ!」
「え、秋元さん食べれる?結構量あるよ?」
「いざという時は頼むね?」
ウィンクをしながら秋元。
「ははっ、いいよ。こう見えてもバスケ部だからね。結構食べるんだよ?」
「へー、バスケやってるんだ。中学も?」
「そうそう、小学生の頃からずっーとやってる」
「マジで?じゃあ結構やってるんだ。試合は出てるの?」
「中学まではね。さすがに高校入ってすぐにスタメンってわけにはいかなくてさ。でも次やる一年生大会には出るよ」
「そうなんだ。じゃあ頑張らなきゃだね!」
そして二人は料理を受け取り、会計を済ませて席についてからも雰囲気よく会話を続けていた。
一方、俺たちは少し離れた席で昼飯を食べながら二人の様子を伺っていた。
「やっぱり私たちもういらなくない?」
「はい、お二人とも初めての会話とは思えないほど、雰囲気よくお話ししていますね」
「ガリペンも不発だったし、俺たちの存在意義ってなんなんだ。今日吉村にしてやれたこと一つもないぞ。今日したことと言えば、こうやって二人の様子を見守ることだけ。いやもうこれただの盗聴&盗撮だろ。俺たちはストーカーなんだ…」
「ちょっとやめてよ新田ってば。そこまでネガティブになれとは言ってないわよ。実際、私たちがガリペンという武器を吉村くんに与えたことで、彼は踏ん切れたわけでしょ?少しは力になってるわよ」
「ほ、本当?」
「本当よ、本当。だから自信持ちなさいよ。新田は私たち高援部の部長なんだから」
そうか、俺は数々の依頼をこなしてきた高援部部長の新田さんだぞ?何も凹むことなんてないじゃないか!
「ふっ、今回も依頼成功というわけ、か。我ながら仕事が出来すぎて怖い…」
「ねぇ、あーちゃん。うちの部長、チョろすぎやしないかしら」
「この単純さが新田さんの良いところでもあります」
「それもそうね」
復活する俺を横目に柏木と鹿苑が笑い合う。
「何笑ってんだ?」
「別に」
「なんでもないですよ」
「そうか。それじゃあ、俺たちは帰るか」
俺はテーブルの上に置かれた自身のスマホの画面をタップし、吉村が身につけていたペン型カメラ付き盗聴器とのリンクを切る。
「いいんですか?」
「あぁ、もう俺たちは必要ないだろ。ほら、ここからでも二人の笑い声が聞こえる。これ以上は野暮ってヤツだ」
「ひゅーひゅー、カッコつけちゃって」
「うるせぇよ」
俺は茶々を入れてくる柏木にデコピンをお見舞いする。
「イタッ!この…、新田の鬼!DV男!」
「だからいつ俺がお前に家庭内暴力したよ」
「ふふっ、私には十分に家庭内暴力に見えますけどね」
「どういう意味だ」
「どういう意味よ」
「では私は一足先に教室の方へ戻りますねー。あのペン型盗聴器だけ後で返してもらってください」
「おい逃げるな」
「全くあーちゃんってば。どんどん可愛げがなくなっていくわね。昔はあーんなに可愛かったのに」
「親戚のおっさんかよ。つか昔って言ってもほんの1ヶ月前とかだろ」
「新田は今日、放課後は部活休みだっけ?」
「あぁ」
「そ。じゃあペンは適当に回収してあーちゃんに返しておくから」
「分かった。じゃあ俺たちも教室に戻るか」
「えぇ」
◇
2週間後の放課後。俺たちは部室で吉村のその後について話し合っていた。
「あの二人、あれから毎日お昼一緒に食べてるみたいね」
「あぁ、吉村とも昨日話したが、随分と距離が縮まったみたいだな。今度の夏祭りに一緒に行かないか誘ってみるらしい」
「キャー!なんか私がドキドキしてきたわ…!」
「安心しろ、お前は誰からも誘われない」
「あーちゃん、盗聴器具の他に拷問器具とかって持ってたりする?持ってたら一年くらい貸してくれないかしら」
物騒な質問に対していつもの笑顔で鹿苑が答える。
「さすがに持ってはいませんが、売っているサイトなら知っていますよ?芽依さんがお望みとあらばお教えしますが…」
「俺、これから一年も拷問され続けるの?冷や汗が止まらないんだけど。ていうか鹿苑は絶対にそんなサイト教えるなよ?友達がほぼ確実に刑務所にぶち込まれるぞ」
「そんなことより吉村くんたちよ。吉村くん、夏祭り誘えたのかな?」
「確かにな。もしかしたらまた相談に来たりしてな」
「えー、あの調子だったらもう私たちの力は必要ないんじゃない?」
コンコン!
呑気に俺たちが会話をしていると屋上のドアが叩かれる。
(((噂をしたら来た!)))
「いやでも、吉村と決まったわけじゃないし」
「そうよね。何はともあれ早く入ってもらいましょう」
「じゃあ、呼びますよ?どうぞー!」
鹿苑が呼び込むと最近よく見る人物が現れた。
「秋元凛花…!」
夏祭り編第四話へ続く…。




