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あの鳥の名前は

鹿苑の入部が決定したあと、俺たちは柏木の提案に乗ってファミレスに来ていた。


「新田さん、このメニュー表に書いてあるお値段、円とドルの表示を間違えてませんか?」


鹿苑はメニュー表を凝視しながら俺に尋ねてきた。


「いやもうそういうお金持ちボケいいから」


「新田さん、新田さん!このドリンクバーというものの値段がどうもおかしいです!なんでバーが300円で買えちゃうんですか?ドル表記だとしてもおかしいですし、セットで頼めば半額の150円で買えちゃいますよ!」


「いいか、鹿苑。このドリンクバーのバーはお店のBarのことじゃないんだ」


「ではこのバーは何のバーなのですか?」


「いや俺も何のバーかはわからないけどさ。このドリンクバーっていうのはドリンクがおかわりし放題ですよっていう意味なんだよ」


「おかわりし放題…」


俺の言葉を受けた鹿苑は腕を組んで首を左右に傾けながら考え込んでいる。どうやら俺の言葉の意味を理解てきていないようだ。


「ねぇねぇ、新田さん」


「なんだ」


俺の横に座っていた柏木もメニュー片手に何かを考え込んでいる様子だった。


「このアイスバーというのは何かしら。棒についたアイスでアイスバーなのか、アイスをおかわりし放題でアイスバーなのか私分かりませんの!」


「よし、お前には新田さんのデコピンバーをプレゼントしてやる。歯食いしばれ」


「え、ちょっと待ってよ。冗談で言っただけじゃない。新田やめて、痛いのは嫌だぁ!」


バチン!


俺は柏木にデコピンをお見舞いした。


「ふぇ〜痛いよぉ〜」


柏木は額を両手で抑えながら涙を流している。


「そんな強くやってないだろ。おかわりしたかったらいつでも言ってくれていいからな」


「ひどい、新田の鬼、暴力主義者、DV男」


「いつ俺がお前に家庭内暴力したんだよ」


「もう!」


柏木は拗ねてそっぽを向いてしまった。本当にそんなに強くやったつもりはなかったのだが。


「ふふっ、お二人はとても仲がいいんですね。私が入部したせいでお二人の邪魔をしないか心配になってきました」


「何言ってるのよ、あーちゃんももう高援部の一員なんだから遠慮することなんてないのよ。あんな暴力男は放っておいてたくさん私と仲良くしましょうね!」


柏木は喋りながら席を立ち、対面の鹿苑にくっつくように座った。俺も高援部の一員なのに放っておかれるらしい。ていうかあーちゃんって。


「芽依さん、ありがとうございますぅ!」


鹿苑は勢いよく横の柏木に抱きついた。


「ちょっとあーちゃん!?もう、しょうがないんだなら。よしよし…」


目の前で女子特有のホワホワ空間が形成されている。なんだか自分がすごく異物みたいで居心地が悪くなってきた。


「お似合いなのはお前ら二人の方なんじゃないか」


「あれれー、新田ってばひょっとして妬いてるのー?」


「うるせぇ。なんだ、その、あれだ。女子同士でイチャイチャされると男は困るんだよ。なんか自分だけ蚊帳の外みたいになって」


「じゃあ新田もこっちくる?ほれ」


ぽんぽんと柏木は自分の横にこいとシートを叩く。


「行ってどうすんだよ。俺もお前らのイチャイチャに混ざれってか?俺のことも鹿苑みたいによしよししてくれんの?」


「え、キモ」


「はい、新田さん、さすがにキモいです」


もう辞めようかなこの部活。


「はいはい、もう好きにしてくれ。二人でイチャついててももう何も言わないからさ」


「だってさー、あーちゃん」

「だそうですよ、芽依さん」


全くこいつらは。


「とりあえず何か頼もうぜ。俺はちょっとトイレ行ってくるからその間に何頼むか決めといてくれ」


「分かったわ」


俺は席を立ちトイレに向かった。



「すまん、待たせたな」


「ううん、もう頼んじゃったから大丈夫。新田はどうせいつものドリアでしょ?あとドリンクバーも人数分頼んでおいたから好きなのとってきていいわよ」


「柏木にしては珍しく気が利くな。まだドリンクは持ってきてないのか。何か欲しいのあったら持ってくるけど」


「ありがと。じゃあ私はグレープフルーツのやつ」


「ドリンクバーというものにオレンジジュースとかってあったりしますか?あるならそれでお願いします」


「分かった。オレンジジュースならあると思うから持ってくるよ」


俺はドリンクを汲みに再び席をたった。


よしこれで3人分だな。今思ったが鹿苑にドリンクバーの使い方を教えてやるべきだったな。まぁ次でもいいか。


ドリンクを持って席へ戻ると俺が座っていたところのテーブルに謎の物体が置かれていることに気づいた。


「とりあえずこれ、お前らのジュース」


「ありがとう」

「ありがとうございます」


二人に飲み物を手渡しひとまず俺は謎の物体の目の前に座った。


「なぁ、これはなんだ」


見た目や匂いで薄々正体には気がついていたが一応二人に聞いてみる。


「ドリアンね」

「ドリアンです」


柏木たちは鼻を手でつまみながら返事をする。


「ドリアンね、じゃねーだろ!俺がいつも食べてるのはドリアな?どこの世界にドリアンを好んでいつも食べてる高校生がいるんだよ」


「まぁ、たまにはいいんじゃない?最近の若い子は果物あんま食べないって聞くし」


「健康は大事ですよ、新田さん。どうぞお召し上がりください」


おそらく柏木がドリアと頼んだのを店員が勘違いしてドリアン持ってきたのだろう。というかなんでドリアンなんてあるんだよこのファミレス。


食べるのか、これを。とても独特な匂いがして美味しそうには思えない。ぐずぐずしていると余計に食べたくなくなりそうなので俺は食べることを決意した。


「あーもう、しょうがねぇな!食うよ、食ってやるよ!おらぁ!」


俺はフォーク使ってドリアンを口の中に放り込んだ。


「う、うまい…」


匂いが少しキツイが、実自体の味は梨に近いような感じで、とても甘い。口の中にドリアンのエキスが染み込んでくる。果物の王様と称されることだけはあるな。


「お前らも食ってみろよ、ほら」


俺が二人にドリアンを進めると露骨に嫌そうな顔をしだした。


「うーん、私はいいかなー」

「いただくのは悪いので大丈夫です」


こいつら、ドリアンをなめているな?かくいう俺も先ほどまではそうだったのだが。


「そうか、残念だ。俺はこの感動と唯一無二の仲間であるお前たちと共有したかったというのに。あぁ、本当に残念でならない。俺のこの感動は俺一人のものだけで終わってしまうのか…」


意地でもドリアンを食べさせたくなった俺は角度を変えて攻めることにした。俺の予想だと押しに弱い柏木は乗ってくるはず。


「そ、そこまで言うなら食べるわよ」


はい、一丁上がり。


柏木もフォークを使って皿からドリアンを取り、それを口へ運んだ。


「お、おいしー!」


「ほらな、言っただろ?」


「うん!これもっと食べたい!」


ふと鹿苑の方を見ると先ほどまでとはうってかわり、柏木をゴミを見るような目で見つめている。鹿苑にとってはドリアンを食べることが余程ヤバい行為らしい。俺もこんな目で見られていたのだろうか。


「鹿苑、柏木は美味しいって言ってるぞ?それでも食べないのか?」


「断固拒否させていただきます。まず匂いがダメなのに美味しく思えるはずがないです!おそらく、わたし、これ食べたら吐きます!」


「そう言わずにさ、あーちゃんも少しでいいから食べてみなよ」


柏木がドリアンを追加で頬張りながら鹿苑に食べるように促す。


こいつ全部食う気じゃないだろうな。


「嫌です!絶対無理です!」


しょうがない。ここは強行突破と行こうじゃないか。


(柏木、やることは分かっているな?)


(ええ!任せなさい!)


よし。


「あ、あそこに今にでも犯罪を犯しそうで観察しがいのある人間がー」


「え!どこですか!私まだそういう人種は見たことなっ」


「とりゃあ!」


鹿苑が俺の言葉に釣られて興奮し、口を大きく開いたタイミングで横に座っていた柏木が鹿苑の開いた口にドリアンを放り込んだ。


「んっ!」


「どうだ!?」


「どう!?」


俺たちが感想を求めて鹿苑を見つめていると鹿苑の様子がおかしいことに気がついた。


鹿苑は咀嚼をせずにフリーズしている。飲み込むわけでもなく、ドリアンをただただ口の中に入れているだけ。そして鹿苑の顔色が次第に青ざめていく。


鹿苑の様子を見ていて自分の子供のころを思い出した。苦手なものを無理やり食わされたあのとき。鹿苑の挙動の全てが過去の俺のそれに似ていてこれから何が起こるのか想像がついてしまった。


先に謝らせてほしい。無理やり食べさせて悪かったな。だからもう我慢しなくていいからな、鹿苑。


「ヴォエェェェエ!!!」


鹿苑はゲロまみれになった。


それでいい。それでいいんだ。誰もお前を咎めたらなんかしない。だから全部出せ。


鹿苑の方に視線を戻すと先ほどまで横に座っていた柏木の姿がない。危険を察知して事前によけていたのだろう。すると俺の横に柏木が立っていることに気づいた。


そして柏木は俺の胸ぐらを掴み、握り拳を利き手に作る。


「なぁ、柏木。何やってんの」


「ごめん、新田。これはね、あーちゃんの今後のためなの。だから今見たことは忘れなさい」


「おい待て、早まるな。恥部を晒したことで仲が深まるということもあると思うんだ!だからその手を降ろせ!」


「行くわよ…。オラァ!」


ボコォン!!


ぐはっ…!


視界がブラックアウトして、俺は倒れた。



「んっ、あれ、俺寝てたのか?」


目の前には柏木と鹿苑。柏木の提案に乗ってファミレスに来たとこまでは覚えているが、着いて早々俺は寝てしまったのだろうか。


「ええ、新田が眠そうにしてたから、私たちが少し寝てても大丈夫って言ったらすぐ寝ちゃったわ」


「そうか。ここ最近疲れが溜まってたしな。せっかくの鹿苑の歓迎会だったのにすまないな。というかなんで鹿苑は柏木のジャージ着てるんだ?」


「あんたが寝てる間にジュースこぼしちゃってね、替えの服がないっていうから私が貸したのよ」


「なるほどな。ていうかなんか臭くないか?少し酸っぱい匂いがする気が」


俺がそう呟くと鹿苑の体がピクリと動いた気がした。


「気のせいでしょ、それより何か食べる?新田着いてすぐ寝ちゃったから」


二人の前には何かしらを食べ終わった器がそれぞれ一つずつ置いてあった。


「そうだなぁ、ドリアでも食べようかな」


俺がドリアと言葉を発したタイミングでまた鹿苑がピクリと動いたような…。一言も発さずに下向いてるし、少し様子が変だな。もしかして俺がせっかくの歓迎会で寝ていたことを怒っているのか?確かに俺だったら少し腹が立つかもしれん。終いには自分たちはもう食べ終わってお腹がいっぱいなのにこれから時間がかかるドリアなんて注文された日にはキレるかもしれない。今日のところはやめておこう。


「あ、やっぱいいわ。二人もう食べ終わっちゃったみたいだし、俺一人のためだけに待たせるのもな。それになんかお腹が若干膨れてるし、今日のところはやめとくわ」


「そう、じゃあ今日はもう帰りましょうか」


スマホを見ると時間も時間だったので俺たちは店を出ることにした。


店を出たところで鹿苑が俺に話しかけてきた。


「新田さん、一つ質問があるんですけどよろしいですか?」


「なんだ?」


「ド、ドリアンって食べたことあります?」


「ドリアン?あの果物の王様とか言われてるやつか?うーん、ないと思うな。それがどうかしたか?」


「いえ、私ドリアンが大の苦手なんです。だから絶対に私の前じゃ食べないでくださいね。食べた時には…」


鹿苑は目線をこちらに合わせずに下を向いたまま会話を続けている。そのせいか最後の方の言葉が聞き取れなかった。


「すまん、最後の方が聞き取れなかったんだが、何か言ったか?」


「特には何も言ってませんよ。ドリアン食べたことないんですね!では私はこっちなので。今日はありがとうございました!」


どこか安心したような顔を見せて鹿苑は去っていった。脈絡もなくドリアンの話を聞いてくるとは余程苦手なんだろう。気をつけなきゃな。とは言ってもドリアンなんて食べる機会がそもそもなさそうだが。提供しているスーパーや飲食店自体見たことがないな。


そして帰り道が途中まで一緒な俺と柏木は鹿苑を見届けてから歩き出した。


歩きながら柏木が俺に話しかけてくる。視線は合わせることなく前を向いたままだ。


「ねぇ、新田。あーちゃんと何話してたの?」


「あぁ、いや、別に話ってほどでもないよ」


「そう。ところでなんだけどさ、新田ってドリアン食べたことある?」


柏木もなぜか鹿苑と同じ質問を俺にしてきた。ドリアンで話が被ることってあるのか?


「は?いや、ないけど」


「そう、ないならいいの。私と二人の時ならいいけど、あーちゃんがいる前で絶対ドリアン食べないでね」


「は、はぁ。分かったけど、そもそもドリアンなんて食べたくもねーよ。二人してなんか様子がおかしいぞ。俺が寝てる間に何かあったか?」


前を向いて歩いていた柏木が立ち止まり俺の顔をギョロッと見つめてきた。


「この世にはね、触れちゃいけないものがあるの。もしそれに触れたとき、きっと触れた人は世界に消されちゃうんだろうね。新田は消されないよね?」


「お、おう」


ただならぬ柏木の雰囲気に気圧されてよく話の意味がわからないまま返事をしてしまった。これ以上何か詮索すると身の危険が及びそうな予感がしたので今日の二人の様子については今後触れないようにしよう。


「それならよかったわ。じゃあまた明日ね」


「あぁ、じゃあな」




聞き慣れない鳴き声の鳥が鳴いている。



あの鳥の名前は一体なんて名前なのだろう。





柏木と別れた俺は自宅へと再び歩き出した。








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