テコ入れ
高援部が退部の危機から免れてからはや一ヶ月ほどが経った。季節はより夏らしくなり、空調の効いていない屋外の暑さはさすがに堪えるようになった。それでも俺は今日も高援部の部室である屋上へ向かっていた。
いつもなら帰りのホームルームが終わり次第、クラスに友達のいない俺は特にやることもないので屋上に向かうのだが、今日は日直の仕事があったので少し遅れてしまった。
「ん、なんだ?」
屋上へ向かうルートを歩いているとあることに気がついた。普段は聞こえない騒がしい楽器の音が聞こえてくるのだ。吹奏楽部や軽音部など、それに続く音楽系の部活は音楽室や多目的室がある特別棟で活動しているため、こちらの棟に楽器の音が届くことはあまりない。たまに自分のクラスや渡り廊下で練習をしている生徒もいるが、今聞こえている楽器の音は聞き慣れないもので、笛の音だということは分かるが、吹奏楽部で使われるようなフルートやオーボエとは少し違うのが素人の耳でも分かる。
少し気になるが、わざわざ確かめるほどのことでもないと思い、歩みを進めていたところ、音の発信源が我ら高援部の活動場所である屋上であることに気がついた。柏木は今日も部活に来ると言っていたし、あいつが俺より先に教室を出るところも見た。あのポンコツに演奏できる楽器なんてあるわけないし、おそらく別の誰かが演奏しているのだろうが、どういう状況なのかは今はまだ分からない。
あれこれ考えているうちに屋上の扉の前に着いた。演奏はまだ続いている。音の正体の予想はここに来るまでにある程度ついた。答えが目の前にあるのにこれ以上考えることは意味がないので俺は扉を開ける。
「うおぉ」
扉を開けると先ほどまで聞こえていた壁越しの音とは違い、厚みはあるのに耳にすっと入ってくるような綺麗な音色が奏でられていた。
「あ、新田!」
ベンチに座って演奏を聴いていた柏木が俺に気づき、立ち上がって手を振る。それと同時に楽器を持った女子生徒たちが演奏をやめてこちらを見る。
そして柏木は状況がつかめていないであろう俺に目の前の女子生徒たちを紹介する。
「こちら、天木先輩と天木先輩が所属する南米民族楽器研究部の皆さん!」
俺の予想どおり、やはり音の正体は天木先輩たちのものだったようだ。確かにあまり見慣れない楽器ばかりを手にしている。
「こんにちは、新田くん。最近、高援部に顔を出せていなかったので、せっかくならと南楽研の皆んなで来ちゃいました」
「お久しぶりです、天木先輩。それと初めまして、南楽研の皆さん。一年 高援部部長 新田将也です」
俺の挨拶に続いて天木先輩以外の三人の生徒が軽く自己紹介をする。
「二年の横山葵です」
「二年の新井美咲です」
「同じく二年の安藤詩音です」
「柏木芽依です!」
「天木先輩、なんか部員増えてたりしません?必要なければこっちで処分しときますよ」
「いやいやいや!確かに変な子いたけど、うち部員少ないし、一人でも多くいてくれたら嬉しいというか…」
正気かこの人は。存在が不協和音みたいなやつだぞ。みんなと演奏なんてできるわけないだろ!しかもなんであいつはモジモジして照れてんの?
「はぁ、もう。うちの柏木を甘やかすのはやめてくださいよ、天木先輩」
「ふふふ。前から思ってましたけど、新田くんは柏木さんのお父さんみたいですね」
俺が柏木のお父さんだって?新手の悪口かな?
「ちょっと!私はこんなのが父親なんて絶対嫌だから!変なこと言わないでよ」
「先輩、俺もあんな不出来な娘なんてごめんです。今の発言を取り消してください」
「不出来ってどういうことよ!」
「お前こそなんで俺が父親だと嫌なんだ?あぁん!」
「かのんちゃん、そろそろ…」
「そ、そうだね。あ、あの〜私たちこの後近くの公民館でさっきの演奏を披露することになってて。次の地域のお祭りのステージに出演して欲しいとかで試しに聞かせてもらえないかと」
それを聞いた俺たちはいがみ合うのをやめて先輩たちの方を見る。
どうやら次の予定があるらしい。引き止めても迷惑になるので、ここは立ち去りやすいようにこちらから何か一言言うべきだろう。
「そうだったんですね、頑張ってきてください。ここから応援してます!」
「はい!ありがとうございます。柏木さんもまた」
「えぇ!また遊びに来てね!」
「では、失礼します」
天木先輩たち四人はこちらに一礼してから屋上をあとにした。
「天木先輩、前もって伝えておいてくれたら日直の仕事なんてさっさと終わらせて演奏聴きに来たのにな」
「今度はこっちから頼んでみればいいじゃない。天木先輩ならきっと喜んで来てくれると思うわよ」
柏木がそう言うのなら間違いはないだろう。最初の依頼が終わった後も先輩はたまに高援部に遊びに来てくれた。そんな時、先輩と話しているのはいつも柏木だった。
最近になってようやくなけなしの部費が支給され、それでパラソルが指せるテーブルとパイプ椅子を購入した。そのおかげで今では四から六人の人数でテーブルを囲って談笑できるようになったが、それまではベンチが等間隔に離れて設置されていただけだったため、柏木と天木先輩の二人と俺一人で別れてそれぞれ違うベンチに座っていた。詰めれば三人座ることはできるが、異性との距離感としてふさわしくないと判断したため、俺は空気を読んで少し離れた隣のベンチに座っていたのだ。
そうなるとおのずと会話が二人中心のものになる。たまに俺も会話に混じることもあったが、大抵は俺が一人で小説やらラノベを読み、その隣で二人が女子トークを繰り広げているという状況だった。そこでできた先輩との親密度の差は大きい。普段の俺なら遠慮がちになってしまうところだが今度頼んでみるとしよう。単純に演奏も聴きたいしな。
「そうか。なら今度連絡してみるか」
会話が終わり、俺たちは模様替え後の定位置につく。柏木がテーブルが設置されているベンチの真ん中に座り、俺はその対面のパイプ椅子に座る。少しして俺がバックから取り出した小説を読んでいると柏木が声をかけてきた。
「ね、新田」
「なんだ」
俺は本を読みながら返事をする。
「私ね、新入部員が欲しいの」
何を言い出すかと思えば、柏木は新入部員が欲しいと訴えてきた。突然どうしたのか分からないが、面倒そうなのでここはあしらっておこう。
「うちにはそんなもの買うお金はありません」
「だって、先輩たちは四人も部員がいて楽しそうだったし。二人でいるのも悪くないけど、少し寂しいというか」
「よそはよそ、うちはうちです。そんなにうちが嫌ならよその子にでもなっちゃいなさい」
ここで食い下がる柏木ではないと思ったが、一向に返事が返ってこない。
柏木の方へ目をやると頬を膨らませながら涙目でこちらを見つめていた。
泣かすようなひどいことは言っていないと思うのだが…。
「おい、ちょっと泣くなっ…」
「ひどい」
「え?」
「ひどい、ひどいひどい!新田のバカ!新田の鬼!たまには少しくらい私のお願い聞いてくれたっていいじゃないのよ!」
柏木は突然立ち上がり、テーブルを強く叩いたあと、大声で俺を批難するような言葉を並べた。
「私だってもっとワイワイしながら部活したいのよ!このまま新田が何もしないって言うなら松浦先生に告げ口するから。それか今度こそここから飛び降りてもいいのよ!?」
「分かった!分かったからひとまず落ち着けよ」
俺は自暴自棄になり今にでも何かしでかしそうな柏木を止めようとする。
「じゃあ、私のお願い聞いてくれるの?」
「あぁ、聞くよ!だから変なことはしないでくれ」
「ほんと?」
「本当だ」
「やったぁ!新田大好きぃ!」
「全く、調子のいいやつめ」
俺が新入部員を探すことを了承すると柏木は態度を一変して上機嫌になる。柏木の嬉しそうな様子を見ていると世の父親たちが娘を甘やかす理由が少し分かったような気がした。天木先輩が言っていたことはあながち間違ってなかったのかもしれない。
◇
冷静になった俺たちは屋上の踊り場横の備品室から前も使ったホワイトボードを取り出し、新入部員獲得に向けてアイデアを出し合っていた。
「まぁ、やっぱりできることと言ったらこれぐらいか」
出た意見は依頼募集の時と似たようなものが大半だった。ポスターの掲示、ビラ配り、少し前に立ち上げた高援部のイロスタのアカウントを使っての呼びかけなど。
「ねぇ、これってホワイトボード出す必要あったの?ほぼほぼ前の依頼募集の時と書いてること一緒だし」
「うるさーい。これあればなんかやってる感出るだろ」
「じゃあとりあえずは今日出た案を実施してみましょうか。今回は私からお願いしたことだからポスターとビラの作成は任せて。明後日には終わらせるわ。それとイロスタの方も私がパパッと投稿しとくから大丈夫」
柏木は腕を組んで自信ありげに鼻を鳴らす。
俺たちは実際に一ヶ月前のあの件が終わってからビラ配りとSNSの活用を行った。するとその後、何件かビラやイロスタの投稿を見てと言って依頼が何件か来た。どれも簡単な依頼だったが。それ以外の最初の依頼三件はポスターによるものであったから今日から取り掛かる施策の全てはその有用性が証明されている。
ただこれら全てを柏木に任せていいものなのか少し心配であるが。
「分かった、今回は柏木に任せるよ」
「了解。今日のところは時間的にもう依頼も来なそうだからポスターとかのために少し早く帰らせてもらうわ」
「あぁ、気をつけてな」
「うん、ばいばい!」
柏木は荷物をまとめて意気揚々と屋上から去っていった。
これで屋上には俺一人。今日は天木先輩たちが遊びに来たりと少し騒がしかったが、柏木が帰ったことで屋上に沈黙が訪れる。
「まぁ、確かに部員が少ないと寂しいかもな」
俺は夕暮れ空を見上げながら、ポツリと呟いた。




