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新しい春?の幕開け

「いってきまーす!」


俺、新田将也あらたまさやは新しい制服に身をつつみ、新しい通学路を一歩一歩踏みしめて歩く。今日は高校の入学式だ。


家で寝癖や服のよれ、匂いなどのエチケットは念入りに確認してきた。我ながら完璧である。


俺は同じ過ちを繰り返さない。学習してそれを次に活かせる側の人間なのである。中学時代は散々だった。小学六年にしてライトノベルに出会い、その作品の主人公たちに憧れるようになった。


多感な小学六年生がその後どうなったのかは想像に難くない。憧れのラノベ主人公になるために発言、行動、仕草、思考、全てを真似した。そして俺は中学に入学するころには独りなった。在学中にクラスメイトと会話が発生した回数はおそらく両の手で数えることができるくらい。


卒業式が終わって俺は気づいた。俺のやってきたことに意味なく、俺がラノベ主人公の真似をいくらしようとも一番重要なヒロインは現れることはない!


夢は覚めた。これからは普通の人間として普通の高校生活を送ってやる。友達だって彼女だって楽々と作ってみせる!


俺は生まれ変わったのだ。


これから始まる新たな俺の人生に胸の高鳴りを抑えられない。ここから始まるんだ。


そして俺は澄み渡る晴天のもと、校門をくぐった。



おい、嘘だよな?


入学してから5日が経った。新しい人生が始まるはずだった俺はまだ一回もクラスで口を開いていない。


誇張ぬきで本当に一言も喋っていない。遅くとも俺の予定では入学当日、もしくは翌日には華の高校生活が幕を開けるはずだったのだが。


新生活恒例のイベント、自己紹介の機会すら俺には与えられなかった。担任の女教師が言うには自己紹介は時間の無駄。してもしなくてもこの狭いクラスで形成される友人グループの内訳は決まってる。とのことで、俺が所属する一年A組では自己紹介イベントが行われなかったのだ。


つまり俺がぼっちになる未来は入学前から確定してたということなのだろうか。ふざけるなよ、おい!こっちは3年以上ぼっちやってんだぞ。交流の場を与えられず、そう簡単に自分からアピールなんてできるか。


本当にまずい。このままだと俺の高校生活が何事もなく終わってしまう。ラノベ主人公になりきって満足してた中学時代よりタチが悪い。


よし、決めたぞ。あいつ、あいつだ。俺みたいに机に突っ伏してるあの男子に話しかけてみよう。


「よ、よぉ…。な、何してんの?」


すると男が顔を上げこっちをジッと見てきた。


「な、なんだ?もしかして寝てるところだったのに起こしちまったか?」


「いや、僕の様子を見れば分かるだろ。話しかけるなオーラ出してるんだよ。僕は他の奴らとは違って意味もなく群れないからね。分かったらさっさとあっちいってくれないかな?」


「そ、そうか。悪いな」


こ、こいつ…。俺がぼっち仲間だとお前を見かねて話しかけてやったというのに。俺の温情を無駄にしやがって…。


「ね、新田くんだったよね?ちょっといいかな」


自分の席に戻った俺にとある女子生徒が話しかけてきた。


「え、そ、そうだけど」


「君もあの子に話しかけてみたんだ。でも突っぱねられちゃったでしょ?私もなの。私はクラスのみんなと仲良くなりたいんだけどな。せっかくこの高校で偶然にも同じクラスになったんだからさ。みんなと仲良くしないともったいないよね!」


目の前にいる女子の名前は柏木芽依かしわぎめいだったはず。自己紹介こそなかったが、クラスメイトの名前を知る機会はこの五日間でたくさんあった。中でもこの柏木芽依はひときわ存在感を放っていたため、記憶してある。誰とでも分け隔てなく接し、見た目もいいときた。目立たないわけがない。


「ね、新田くんは何であの子に話しかけたの?」


どうしよう、ぼっち仲間を見つけて最後の希望で話しかけてみましたなんて言えない。

ここは軽く濁すことにした。


「い、いや、なんとなくな。特別理由はないよ」


「へー、そっかぁ。そういえばさ!私たちまだ連絡先交換してなかったよね?しよしよ!」


「あ、あぁ」


俺は急いで携帯を取り出し、柏木から提示された連絡先を登録する。そして登録が完了した旨が俺の携帯の画面に表示された。


俺はもう今日死んでもいいかもしれない。俺には友達も恋人も充実した青春もいらなかった。可愛いクラスメイトの連絡先一つで俺の心はたった今満たされたのだ。


「本当にありがとう。大切にするな」


「うん!なんかちょっと気持ち悪いけどこっちこそありがとね!それじゃ!」


よし、俺はもう高校生活を満喫することができた。とりあえず今日はもう帰ろう。帰ってこの画面を額縁に飾るんだ。


そして少しの間柏木の連絡先を眺めて満足したあと、俺は教室を出た。



「おぉ、新田。ちょうどいいところにいたな」


帰ろうと思い、昇降口に向かう途中、誰かに呼び止められた。声の方向を見ればそこには俺のクラスの担任である松浦先生が立っていた。


「すまないが屋上の鍵をかけてきてくれないか?普段は生徒たちが遅くまでたむろしないようにこの時間にはもう屋上は閉め切ってしまうんだが、忘れていてな。私はもう会議に行かないといけないから、頼むよ」


「分かりました。鍵は職員室横のところにかけておけば大丈夫ですか?」


「あぁ、よろしく頼む」


全く人遣いが荒い先生だ。でも構わない、今の俺は女子のメアドを手に入れて気分がいい。これぐらいならお安いご用だ。


俺は松浦先生から任された仕事を全うすべく、屋上へと歩き出した。



鍵を閉める前に人が残ってないか確認しないとな。


屋上への扉を開けて辺りを見回すと人影が見える。よく見ると先ほど教室で連絡先を交換した柏木の姿がそこにはあった。


「おい、柏木」


様子からしてこちらの声は聞こえていないようだ。


もう一度声をかけようとしたタイミングで柏木が何かぶつぶつ独り言を喋っているとこに気づく。


「はー、もう終わりよ私の高校生活。マジでしくったわね。なんであんなキャラで行っちゃったかなー。愛想振りまけば人気者になって友達もたくさん出来て、しまいにはカッコいい彼氏なんかが見つかるもんだと思ってたけど」


「で、実際はどうなんだ?」


「そう、それがねぇ、結局中身を取り繕ってるせいで友達はできてもストレスだし、私が高嶺の花すぎるのか、玉無しのうちのクラスの男どもは逆に寄ってこないし。はぁ、もうどこで間違えたかなぁ」


「そうか。じゃあ屋上閉めるから早く中に戻ってくれ」


するとこちらの存在を認識したのか、柏木が青ざめた顔をしてこちらをじっと見つめてきた。


「安心しろ、俺は口だけは堅い。というか今現在この出来事を話すような友達すらいない」


柏木の心情が様子から大体察されたのでここは落ち着いてもらえるようにフォローを入れる。


「あ、新田くん。い、いつから聞いてたのかな?」


「はー、もう終わりよぉ。私の高校生活ぅみたいなところからです」


それを聞いた柏木は一目散にフェンスをよじ登ろうとした。


「おい!待て!早まるな!」


俺は慌てて柏木を引き止める。

この学校の屋上は生徒が万が一にも落ちないように高めのフェンスが設置されている。柏木はそれを越えて飛び降りようとするつもりだ。


「う、うるさい!もう終わったのよ!私の高校生活は。あなたのせいで計画がむちゃくちゃよ!」


「あのな、俺的には全然終わってないと思うぞ!まだ入学して5日目じゃないか。絶望するには早すぎる」


「入学5日目にしてぼっちがほぼほぼ確定してるような男に言われても説得力ないわよ!離しなさいよ!」


こいつ言いやがったな?心優しい新田さんじゃなければこのまま逆に突き落とすところだぞ。


このまま本当に飛び降りでもされたらたまらないので、俺は力づくで柏木を引きとめながら、説得を続けた。


「すこし冷静になれ、柏木。お前は可愛いしコミュ力もある。軌道修正していけばお前が望むようなチャンスはいくらでもあるはずだ!」


「ほ、ほんと?」


「あぁ、本当だ」


その言葉を聞いてようやく冷静になったようでフェンスをよじ登ろうとするのをやめた。


もう屋上ずっと閉め切りでよくない?ここに飛び降りようとするバカがいるし。


「全く、柏木がそんなやつだなんて思わなかった」


「だって、だってぇ、、、、」


柏木は地面に伏しておろおろと泣き出した。俺はこの状況に戸惑いながらも柏木を慰めるために言葉をかける。


「泣くな、泣くな。まさかお前も高校デビューを目論んでいた側の人間だったとは。天然の陽キャラにしか見えなかったぞ」


「ま、まぁもともとコミュニケーションは苦手な方ではなかったしね。これぐらいは余裕だわ」


褒められて元気が出たのか、泣き止んだ柏木はそう言いながら自分の胸を拳で叩き威張ってみせた。


「さっきも言ったが柏木なら薔薇色の高校生活なんて余裕だと思うぞ。むしろ俺の高校デビューを手伝ってほしいぐらいだ」


実際のところ、柏木は俺みたいに焦る必要はないと思う。それなのに入学5日目でこんな醜態を晒すとは。もしかしたらこいつも俺みたいに中学時代に何か悪い記憶があるのかもしれない。


「いいわね!それよ、それ!私たち二人で協力して高校デビューを成功させるの!自分だけじゃ自分を客観視しきれずに上手くいかないことだってあると思うの。でも二人ならどう?毎日放課後ここに集まってお互いの良いところと悪いところを言い合って反省会をするのよ。いいと思わない?」


俺が何気なく言った一言に柏木が食いついた。

それは願ってもいない提案だった。俺としても柏木が味方についてくれるのはありがたい。


「うん、いい提案だと思う。よし、やろう!俺たち二人で協力して新しい人生を始めるんだよ!」


「えぇ、やってやりましょう!」


俺は目の前に座っていた柏木に手を差し伸べる。

そして柏木が俺の手を取り、立ち上がった。


そして少し奇妙な俺たちの協力関係が始まった。

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