繋ガル三ツノ絆
ゲームを再開した二人は、サイコロを振り、駒を進める。
わたしはさっきのふゆちゃんとゆかりんさんの密談の方が気になってしまい、試合の方に集中出来なかった。
ふと、隣にいるノートリアスさんに聞いてみる。
「あの二人……、どんな会話をしていたと思いますか、?」
ノートリアスさんはわたしの方を見た。
「俺にはわからない。わかったとしても、俺にはあまり関係が無い。」
「ですよね……」
良い答えは得られず、少し肩を落として、わたしは壇上を見た。
出る目は一や二や三などの微妙な数字。
最初の方こそ静まり返っていた体育館も、今では緊張感が解けてきてしまったようで、少々ざわざわとしてきた。
残りの数字が二人とも一桁に差し掛かる。
そんな折、事は成った。
「あ、ごめん、!」
ゆかりんさんが雪兎さんにぶつかる。
その反動で、雪兎さんが持っていたサイコロが、ゆかりんさんの方に転がって行った。
「ったく……、」
「ごめんねぇ、はい、サイコロ。怪我は無い〜?」
転がってきたサイコロを拾い、雪兎さんに返したゆかりんさんは、心配そうに雪兎さんを見る。
「俺は大丈夫だ、」
「そっかぁ、良かった。」
「せんぱい、大丈夫ですか、」
黑ちゃんがゆかりんさんに声を掛けた。
「僕はだいじょーぶ。」
ゆかりんさんがVサインをした。
「本当に何も無いんだな?」
「ん、無いよぉ」
「なら続けるぞ」
「あの、ちょっと、待ってください。」
黑ちゃんが口を挟んだ。
「せんぱいは、あの子と何の話をしたんですか」
「ん〜?内緒。」
「答えてください、せんぱい!」
雪兎さんも気になったのか、ふゆちゃんに聞いた。
「お前は、何を彼奴に入れ知恵したんだ」
「……言わないよ、」
ふゆちゃんは、もう何も聞かないでと言いたげな声音でそう言った。
二人とも、押し黙ったまま、時間だけが経過する。
黑ちゃんが、ハッとして言った。
「……まさか、あの子。」
「雪兎くん、早くサイコロ振って。」
「いけません!振っちゃ駄目!」
「良いから振って、」
「な、ど、どちらを信用すれば良いんだ、」
ゆかりんさんと黑ちゃんに板挟みにされた雪兎さんが、おろおろとサイコロ片手に混乱している。
そんな彼を見て、ふゆちゃんが言った。
「ゆきちゃん、振って。」
「……、それで良いのか、?」
「駄目です!振っては、いけません!」
必死に叫んでいる黑ちゃんのぬいぐるみを見て念押しするかのように視線を送る雪兎さんに、ふゆちゃんは答えた。
「ふゆを、信じて。」
かろん、とサイコロの転がる音がした。
その瞬間、ナギさんが現れて、雪兎さんが転がしたサイコロを拾い上げた。
「残念。プレイヤー雪兎、イベントルール違反だ。」
「なっ、!?」
雪兎さんが目を見開く。
ぽん、と軽い音がして、ふゆちゃんと黑ちゃんの姿が元に戻った。
「だから、サイコロを振っちゃ駄目と、言ったのに」
黑ちゃんが不本意な勝利が悔しいのか、はたまた救われた事実を受け入れ難いのか、低い声でそう言う。
「せんぱい、あの時、あの人のサイコロを自分のものにすり替えたでしょう。それも、あの子の指示で。」
ゆかりんさんを問い詰める黑ちゃんは、横目でふゆちゃんを見た。
ふゆちゃんは、悲しそうに笑っていた。
全てを理解した雪兎さんは、がっ、とふゆちゃんの肩を掴んだ。
「ふゆ、おま、どうして、」
「これで、良かったんだよ。」
ふゆちゃんが目を閉じて、そう言う。
まるで、自分に言い聞かせているようだ。
雪兎さんの頬を、涙が伝った。
「そんな、嫌だ、ふゆ……、」
「ごめんね、最後の最後に、悪い子になっちゃって。」
ゆかりんさんも、黑ちゃんも、ただただ寂しそうに微笑むふゆちゃんと、そんな彼女を前に取り乱している雪兎さんを見ているだけ。
ゲームの成り行きを見ていたプレイヤーも、喋るのをやめて彼らを見ていた。
「ゆかりんお姉さんは、悪くないよ。悪いのはふゆだけ。だからお姉さんのこと、責めないであげてね」
「っ、違う、ふゆは悪くない、」
雪兎さんが被りを振る。
肩を掴んでいた手を離し、そのままふゆちゃんをぎゅっと抱き締めた。
「お前は、優しすぎるんだよ……、馬鹿……」
「ゆきちゃん、ごめんね。あの子を助けてあげたかったの。でも結局、あたしは一番悲しんで欲しくなかった人、悲しませちゃったねぇ、」
堪えきれなくなったのか、ふゆちゃんの大きな瞳からぼろぼろと涙が溢れた。
雪兎さんが切れ切れに言う。
「俺の、大事なものは。」
「……うん、」
「……、お前なんだよ、ふゆ。」
「ふゆも、ゆきちゃん大事だよ。」
ふゆちゃんが雪兎さんの背を摩った。
「だからこそ、ゆきちゃんには、みんなと此処から出て欲しいの。ふゆの存在が、みんなの脱出に繋がったら、嬉しいな、って……」
「……」
黙りこくる雪兎さんに、ふゆちゃんは優しく問う。
「あのね、もし、もしだよ?みんなが死ぬか自分が死ぬかだったら、ゆきちゃんはどうする?」
「それ、は、」
「きっとゆきちゃんもみんなも迷うよね、でも、あたしは迷わずに自分を選ぶよ。」
すっ、とふゆちゃんは雪兎さんから離れて、天使のような微笑みを浮かべた。
「だって、それでみんなが生きてて、笑顔でいられるなら、それが良いから!」
そう言うとふゆちゃんはナギさんの方を向いた。
「案内人さん、じゃあ終わらせて。」
「承った。」
ナギさんはレイピアを構え、ふゆちゃんの方へ歩み寄りーーーーー
ぐさっ、とその胸に突き刺した。
ゲームの世界故に血は流れないが、やはり苦悶の表情を見せるふゆちゃん。
ナギさんがレイピアを抜くと、ふゆちゃんはどさり、と倒れた。
「ふゆ……!」
雪兎さんが駆け寄ろうとしたが遅く、彼女の亡骸はナギさんによって抱え上げられ、運ばれるところだった。
「あぁ、忘れるところだった。」
ナギさんはふゆちゃんの髪から髪飾りを片方取り、雪兎さんに向かって投げ渡した。
「これは取っておくと良い。彼女ならば、きっとお前に渡すだろう。」
「…………、」
それを受け取った雪兎さんは暫くそれを見つめ、握り締めた。
ナギさんは去っていった。
ぽつん、と佇んでいた雪兎さんは、黑ちゃんとゆかりんさんの心配する声で、ハッと彼女たちを見やった。
「……ごめんねぇ、雪兎くん」
「ふゆさんにも、申し訳の無いことをさせてしまいました。」
雪兎さんは彼女たちを見、口を開いた。
「俺は、……此処で、初めて知った。人が死ぬことが、……大事な人が死ぬことが、こんなにも悲しい、と言うことをな……」
辛そうに言葉を紡ぐ雪兎さんを前に、二人は顔を見合わせた。
雪兎さんは続ける。
「俺は、命を甘く見ていた。……軽く、見ていた。……嗚呼、これは、そんな俺への罰なのかもしれないな。……もっと、早く気付いておくべきだったのかもしれない。」
「ふゆちゃんって、……とっても、とっても優しい子だね。天使みたいな子。」
「雪兎さん、あまり思い詰めないでくださいね、あの子も、それを良しとはしないかと。」
ゆかりんさんと黑ちゃんの言葉を聞き、雪兎さんは手にしていた遺留品の髪飾りを、そっと自分の髪に着けた。
「……俺も彼奴みたいに、『そうなれば良い』のにな、」
雪兎さんは、悲しそうな微笑を浮かべた。
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「ノートリアスさん、」
「どうした、」
わたしは先程から気になっていたことを彼に聞いた。
「本当は、あの休憩の時から、わかってたんじゃないですか……?」
ノートリアスさんはわたしを横目で見て、視線を逸らした。
「さぁな。」
「……デュアルさんの事は、わかりましたか?」
「それもノーコメントだ。」
矢張り、この人は全部わかっているに違いない。
焦燥の漂う体育館の静寂を破ったのは、一人の女性の声だった。
「あらまぁ、辛気臭いわね。」
「!……お前は、」
雪兎さんが驚愕の視線を向ける。
「こんにちは。さっきのイベントはどうだったかしら。」
黒いマントを深く被って顔が見えないけれど、声に聞き覚えのある女性。
天蓋花学園の運営の一人、デュアルさんだ。
「最悪の気分だ。よくもまああんなイベントを思いついたな。」
「あら、お褒めに預かり恐縮だわ」
くすくすとデュアルさんが笑う。
「また、新しいイベントを考えてきたのよ。今度はね、人を見つけて貰おうと思って。」
「人……?」
雪兎さんやゆかりんさんたちが首を傾げる中、向こうの方にいた男の人が、憤怒の形相で壇上に駆け上がり、デュアルさんに掴み掛かった。
「俺の弟を攫ったのは、お前か!」
そんな男の人を軽くいなして、デュアルさんは言った。
「弟……あぁ、夜月くんの事ね。いいえ、攫ってないわよ。ちゃんとあの子に許可を取ったもの。」
「な……!?」
「僕の双子の兄なら、誰かと協力なりなんなりして、僕を見つけ出すと思います。あの子、そう言ったのよ。朝陽くん。」
信頼されてるのね。
そう言ったデュアルさんの胸ぐらを離すと、朝陽さんと呼ばれた男の人は舌打ちをしてそっぽを向いた。
「次のイベントの名前は、謎解き人探し。せいぜいアタシのこと、楽しませて頂戴。」
彼らを幸せにするつもりはありません。
……私に善意が残っていたら、幸せになるかもしれません。
でもあっさりやっちゃったのでやっぱりないかも。