二ト二ハ交ワリ円トナル
2と2は交われます。多分。
屋上の少年は、一人天蓋花学園のグラウンドを眺める。
ふと思い出すのは、自分と同じ顔をした「兄さん」だった。
彼の兄は楽観的でやや単純な性格をしているが、それでも……、
彼ならば、此処に辿り着くかは怪しいが、自分を助けてくれるだろう。
無造作に置かれた瓶の中身を、ぐいっとあおった。
暫くすれば、きっと自分は深い眠りへと落ちてゆく。
大人しく、用意された布団に潜り込んだ。
この後は、「あの娘」が少しずつ、自分へのヘイトを無くしてしまうのだろう。
「あの娘」が何をしたいのかは知らないが、何という強引さ。
少年は笑った。
どうせ、自分は助けられるのだから。
ふぁ、と欠伸を噛み殺した。
「……おやすみ、天蓋花学園。」
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今日はなんだか一人が良くて、柳原や、わたしを心配してくれるまりもさんを置いて、校内をぶらぶらと歩いてきてしまった。
……ので、体育館に帰る道がちゃんとわからない。
「えっと、どうやって戻………、ひゃっ!?」
「……?あぁ、……」
曲がり角の向こうで、人が座り込んで寝ていた。
男の人はゆらりと立ち上がると、がしがし頭を掻いた。
「驚かせてすまない……」
「あ、えっと、貴方は……?」
背の高い男の人は、わたしを見下ろして、遠くの方を見た。
「……ノートリアス。」
「ノートリアスさん……、ですか。わたしはカンナです……」
「……そうか、」
「……、」
「…………」
話が、続かない。
ノートリアスさんは、雪兎さんとはまた違ったベクトルでクールな人のようだ。
何処か人外じみたアバター。
黒いフードからは化粧をした顔が、そして額から青い角が生えているのが見えた。
一人が好きなのだろうか。
「……貴女は何故こんなところに来たんだ」
「あ……えぇと、体育館から、一人で散策したくて……」
「……ふぅん、」
ノートリアスさんがてくてく歩き始めた。
「え、えっと……?」
「体育館まで送っていく、」
「あ、ありがとうございます……」
どうやら、優しい人だったようだ。
わたしが彼に着いていくと、あっという間に体育館に着いた。
「あの、ありがとうございました」
「……中が、騒がしいな」
「え、?あ、ほんとだ……、どうしたのかな、」
二人で中に入ると、柳原達が走って来た。
「遅い!お前らが最後だったんだぞ!?」
「え、?あ、ごめんね、」
焦ったような柳原の後ろから、女性の声がした。
「全員、揃ったな。なら流すぞ」
ナギさんだ。
彼女がリモコンのボタンを押すと、ぶいんと音がして、黒いフード付きマントを羽織った女の人の立体映像が現れた。
『ハァイ、プレイヤー達全員揃ってるわね?』
何処かで聞いたことのある声音だ。
だが、どこで聞いたかまでは思い出せない……
『アタシはデュアル。天蓋花学園のゲームデザイン担当よ、よろしくね?』
デュアル、と名乗った女の人は、左手をひらひらさせた。
フードのせいで、顔がちゃんと見えない。
『なぁんて、今はそんなこと良いわ、じゃあ改めてイベントを始めましょうか。今回のイベントはナギに任せてしまうわ。アタシもアタシで忙しいのよ。じゃあ後は頼むわね、ナギ。皆さんは生きていたら……会いましょう!』
ブツっと映像が消えた。
「では、次のイベントの詳細を伝えさせて貰おう。題して『逃走すごろく遊戯』。」
人生ゲームの延長線かと思えば、全然違った。
零から七の目の出る八面体サイコロを使って、すごろくをやるのだ。
一本道を、始まりの一から終わりの二十五まで進むすごろく。
二対二の対戦型で、駒はプレイヤーが変化した人形。因みに、喋れるらしい。
サイコロを交換するのは、何故か禁止。(まぁそれもそうか……)
救済措置や妨害措置を駆使し、二十五に先に到達したチームが勝ち、負けたら、サイコロを振るプレイヤーの大事なものを奪う。
勝っても、何も無い。生きていられることが一番の成功報酬だから。
ナギさんは続けた。
「駒はこの二人だ、プレイヤーふゆ、及びプレイヤー黑。それに伴い、サイコロを振るプレイヤーはプレイヤー雪兎とプレイヤーゆかりんとする。」
「え、」
突然、知った人の名前が出て来たのに驚いたわたしは小さく声を出す。
ノートリアスさんはちらっとわたしの方を見、すぐにナギさんに視線を戻した。
ぬいぐるみを取り出して、ナギさんは雪兎さんとゆかりんさんにそれを一つずつ手渡す。
二人の表情を見るに、そのぬいぐるみがふゆちゃんと黑ちゃんなのだろう。
それを二人は、大事そうに抱いた。
「ゲームフィールドは此処にある。この遊戯が終わるまで次には進めないから、やるならさっさとやることだ」
ナギさんはそう言うと、ふっ、と消えてしまった。
雪兎さんとゆかりんさんは互いを見やる。
雪兎さんは苛立ちと敵意を隠さない視線を送り、ゆかりんさんはいつもの飄々とした笑みだった。
「君が雪兎くん?お互い頑張ろうねぇ」
「勝つのは俺たちだ」
二人がぬいぐるみをゲーム盤に置く。
かろん、とサイコロの転がす音が、静まり返った体育館に響いた。
遊戯が、始まった。
「二、ねぇ……」
「ふ、五だ。先は貰ったな」
二人は駒を進める。
少しだけ考える素振りを見せたゆかりんさんが、手を挙げた。
「救済措置。使うねぇ」
ナギさんが現れて、持ってきたモニターを付けた。
電子音声が流れる。
『間違いにあって正解には無い。黒にあって緑には無い。留守番にあって外出に無い。これは何でしょう?』
「……何だ、それ。」
救済措置を奪おうかと考えたのだろう雪兎さんが首を傾げる。
その様子を見て、ゆかりんさんが笑った。
「簡単だよ、答えは電話。」
モニターがピンポーンという音を出した。
「正解だ。では次のターンの出目はプラス二で進むが良い。」
「へへ、やったねぇ」
ゆかりんさんは嬉しそうな顔をして、雪兎さんは悔しそうな顔をした。
隣でノートリアスさんが呟く。
「……二人とも、互いの相棒を救うのに躍起になってるな」
「……そう、ですね。」
「……どうしてあのデュアルという人は、こんなゲームを考えたんだと思う?」
「え、?」
その質問の意味がわからなかったわたしは、ノートリアスさんの方を見た。
ノートリアスさんは、それきり何も言わずに試合を見ていた。
二、三回サイコロを振ったところで、ゆかりんさんが言った。
「休憩にしない?ちょっと疲れちゃった。」
雪兎さんはそんな彼女に「軟弱だな」と言いながら、ゲームを中断するのを許可した。
雪兎さんの残りは十四、ゆかりんさんの残りが十二。
いつの間にかゆかりんさんの方が少しリードしていた。
「あ、あの、ゆかりん……?さん、!」
ふゆちゃんが雪兎さんではなく、ゆかりんさんを呼んだ。
雪兎さんが少々嫌そうな目でゆかりんさんを見る。
「ん、なぁに?」
ゆかりんさんがふゆちゃん人形に近付いた。
二人でこそこそと話をする。
ゆかりんさんが驚愕したように人形を見る。
「ほんとに、良いの〜?」
「あたしは……、あたしには……見ているだけの方が、辛いから……」
「……ん、君の気持ちはわかったよ、」
「……ありがとうございます。」
「もう一回聞くよ、ほんとに、良いんだね?」
「はい、!」
ゆかりんさんが、安心させるようにふゆちゃんに笑いかけた。
「よし!じゃあ、続きやろっか!」
ふゆちゃんとゆかりんさんが何かやり始めました。
この会話が、今後どう繋がるのかはお楽しみに。