其ハ贋物、捕ラヘテ暴ケ 前編
少女は踊る。
狂ったように、くるくると回る。
フィナーレ、指の先まで神経を集中させて、ピルエットを決める少女。
そして優雅に一礼をし、ほうっ、と満足そうに息を吐いた。
そんな彼女に拍手をしながら近付く、フードの少年。
「いつ見ても素晴らしいね、君のオディール。」
少女は少年を見、苦笑しながら言った。
「褒めても何も出ないけど……?」
「出るかもしれない、そうだろう?」
「んー……そうかもしれないね、」
二人は顔を見合わせて同時に吹き出した。
「それで何の用?」
伸びをした少女が大人びた笑みを浮かべて聞いた。
「よいまちと主催者様がお呼びだよ、そろそろ始まるんだね」
「あらまぁー、もうそんな時期なのねぇ。」
少女はトゥシューズを脱ぎ、ストラップシューズに履き替える。
少年はその様子を見てから彼女に手を差し出した。
「行こう、デュアル」
「ありがと、ラクヨウ。」
少女はにっ、と口角を吊り上げて少年が差し出した手を取った。
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「んー……、駄目だな、何をどうやっても出れない。」
柳原がグリッチ技を利用しようとして失敗している。
「まぁ相手が相手だからねぇ……仕方ないよ」
れむさんもやれやれと溜息を吐いた。
デスゲームの開催が宣告された後、わたし達は素人ながらグリッチ技やプログラムを使い、ゲームからどうにか足抜けが出来ないか試していたのだが、やはりそう簡単にはいかないようだ。
「まぁ 出来てたら苦労はしないよね……」
わたしの言葉は現実を見たくない人達により華麗にスルーされて行った。
「なにしてるの〜?」
「あっ……せんぱい、待ってください……!」
白い髪を結った少女が、同じく白い、下ろした長い髪の少女を伴って此方へ歩いてきた。
「こんなゲーム、やるくらいなら知りうる限りのグリッチ技で足抜けしてやろうと思ったんだが……」
「あぁ、出れなかったんだね〜?」
せんぱい、と呼ばれていた結った髪の少女が柳原の言葉を引き継いでそう言った。
のほほんとしているように見えて、意外と周りを観察するタイプなのかもしれない。
(あー、誰かに似てるなぁ……と思ったら。かおるんかぁ…)
近くで誰かがくしゃみをした。
「まぁまぁ、出れないのも無理はないよねぇ」
「?どうしてですか…?」
後輩と思わしき少女が、首を傾げてそう聞いた。
「だってこのゲームを仕掛けてきたのはこのゲームの主催者で、ゲームを管理しているのはハイスペックを誇る自立思考機能を搭載された最強のAI二人組なんだよ?バグとかコンピューターウィルスにでもかからない限り勝てないって。」
それに、他に仲間を作ってるかもしれないしねぇ。
のんびりと呟かれた言葉だが、その場に居合わせていたわたしと柳原の二人の顔色を変え、まりもさんにかおるん、そしてれむさんと後輩さんを驚愕させる程の破壊力があった。
先輩?さんはぺろりと舌を出し、思い出したかのように言った。
「自己紹介忘れてたねぇ。僕のことは ゆかりんって呼んでね〜」
(あっ、名前もちょっと似てる!)
なんてくだらないことは置いておいて。
先輩さん…ゆかりんさんが自己紹介をしたのに続いて、後輩さんも自己紹介をした。
「私は……えっと、黑、と言います、」
ぺこりと律儀に頭を下げる黑さん。
わたし達も(柳原は半ば生返事気味に)自己紹介をし、改めてみんなでダメ押しのハッキングを続けた。
……が、その数分後に柳原はぺいっとプログラムコードを投げてしまった。
「無理。出られっこないって…」
「あらら……詰んじゃったかぁ」
まりもさんもその様子を見て溜息を吐いた。
わかっていた事ではあったのだが、今ので諦めがついてしまったのだろう。
「お腹も空かないし喉も渇かない。排泄や入浴も不要!良いところは探したらいっぱいある!……って、割り切って諦めて頑張ろうか、」
かおるんは へら、と笑って天蓋花学園を強引に肯定した。
他のプレイヤー達も 混乱していたり、困惑していたり、感情が昂ってキレていたりと様々だが、わたし達と同じように(流石に足抜けを考えたりはしていないようだが)体育館から一歩も動いていない。
寧ろ能動的に動こうとしていないだけだろうか。
推理ゲームやパズルゲームもちょこちょことプレイしていた時に培われたわたしの好奇心と理性がわたしの脳内で警鐘を鳴らしている。
ーーーこの状況では、もうすぐ何か悪いことが起こる、と。
パンパン、と誰かが手を鳴らした。
騒がしいのが一瞬にして静まる。
手を鳴らしたのは、いつの間にか壇上に立っていたナギさんだった。
「ふむ、素晴らしい。沈黙が得意なプレイヤー達のようだ。」
何処か満足そうにナギさんが言う。
天使の羽を模した髪飾りを着けた女の子がナギさんを非難した。
「な、なんでこんな……、ガラスを粉々にしちゃったみたいなことするの……!?今すぐやめてよ、!」
ナギさんは震える声でそう言った女の子を一瞥し、冷たく言い放った。
「やめたかったらイベントペナルティで心臓を差し出すと良い。こんな地獄にも、直視したくもない現実にも、すぐに終止符を打てる」
さぁっと女の子の顔が青ざめ、ひゅっ、と息を呑む音がした。
彼女には目もくれず、ナギさんは淡々と話し始めた。
「お前達が、突然投げ込まれたデスゲームに戸惑っているだろうと思い、イベントを持ってきた。題して『しっぽ隠し鬼ごっこ』。」
そのルールは簡単で、基本は「しっぽ取りゲーム」と一緒だが、鬼はプレイヤーに化けたナギさん。
わたし達の誰かに化けたナギさんもしっぽを着けていて、わたし達の勝利条件は、そのナギさんのしっぽを取ること。
一日以内に誰もナギさんを捕まえることが出来なければ、そして鬼のナギさんがわたし達全員のしっぽを取り終えたら、わたし達の負け。
その場合ペナルティとして、ナギさんが化けたプレイヤーの権限を一つ没収するらしい。
つまり、身体の一部、何処かはわからないが、使えなくなる。
わたし達が勝てば、何も無い。
恐らく勝利報酬は、わたし達の一時的な生存権。
(プレイヤー有利かと思えば、ナギさんはAIだからなぁ……、)
「勝てる気がしない……」
ぼそっとそう呟くと、まりもさんが笑って言った。
「大丈夫、みんなで力を合わせて頑張ろ?」
「そ〜だぞ、まぁ気楽にな?」
柳原もフォローなのか微妙なフォローを入れる。
くす、と不覚にも笑ってしまった。
「そうだね、……頑張ろ、」
「しっぽはお前達のアバターに既に付与した。では始めよう。しっぽ隠しゲーム、開始だ。」
でも、わたし達は舐めてた。
このイベントは、ナギさんの一人舞台では決して無いと言う事に気付くのが、少し遅かったのだ。
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プレイヤー達は蜘蛛の子を散らすように体育館から飛び出した。
それは柳原やれむさん、かおるんやゆかりんさんと黑さん達も例外ではなく、実際に体育館に残っていたのはわたしとまりもさん、そして先程ナギさんを非難していた天使の羽の髪飾りの女の子、そして眉間に皺を寄せた、いかにもクールそうな(柳原とは大違いそうな)男の人。
それだけ。
女の子の目とわたしの目が ばっちり合った。
「あ……!貴女達も此処に残ってるんだね、!」
「ぇ……、あ、うん、」
人懐っこそうな笑顔で女の子が自己紹介をしてくれる。
「あたし、ふゆって言うんだ〜!貴女達は?」
「えっと、わたし……カンナ、」
「まりもだよ〜、よろしくね!」
「うん!カンナちゃんにまりもちゃんだね!」
女の子……ふゆちゃん(なんだか同い年、もしくは年下な気がした)は隣にいる男の人に言った。
「ゆきちゃんも挨拶して?」
彼はわたし達をちら、と横目で見、すぐに視線を落とした。
「断る、足手纏いが増えるだけだ」
その言葉に口を開きかけたわたしとまりもさんより先に、ふゆちゃんが怒った。
「こらゆきちゃん!そんな言い方しないの!めっ、だよ!」
そんなだからふゆ以外の友達出来ないんだよ、とふゆちゃんが言う。
ゆきちゃんと呼ばれていた男の人は、うっ、と呻いて溜息を吐いた。
「……、雪兎、だ。……これで良いだろう?」
ふゆちゃんは満足そうに頷いた。
「ね、カンナちゃん。なんかこの二人面白いね」
まりもさんが言った。
「そうですね、……なんというか、一匹狼と好奇心旺盛な子犬みたい……」
「誰が狼だ……」
雪兎さんがちょっと嫌そうにこちらを見ていた。
「ゆきちゃん優しいもんね!優しい狼さんだよ!」
「優しくない、お前に振り回されてるんだ、ふゆ。」
「えっ……そ、そうだったの、?ごめんねゆきちゃん……」
「っ、はぁ……、全く、」
わたしは、まりもさんと顔を見合わせた。
「やっぱり面白いね」
「同感です、」
ゲームが始まってそろそろ三十分になる。
そろそろ体育館から出よう、と言い出したのは雪兎さんだった。
「結局、こんな場所にいようが案内人のしっぽを取らなければ終わらないだろう?」
「そ、そうですね、」
至極真っ当な意見だ。
わたし達は体育館を出、一階を目指して歩き出した。
一人、女の子が慌てたように此方に走ってくる。
「あ、えっとね、体育館って誰か居た?」
息を切らしてそう聞く女の子。
「ううん、だぁれも居なかったよ?」
ふゆちゃんが答えた。
女の子はほっとしたような笑顔を浮かべると、ありがと!と叫んで走り去って言った。
「変な子、」
わたしが呟くと、また同じ道から男の子達が二人走ってきた。
青い薔薇の髪飾りを着けた眼鏡の男の子の方が、息も絶え絶えに聞いた。
「マリン……、じゃなかった、今、女が一人 走って来なかったか……、」
「……来たね、まさかその子、」
まりもさんが微妙な表情で言うと、もう一人の男の子が頷いた。
「そう、今のは、ナギさんが化けた偽物だよ……」
キャラが七人程増えました。
まだ増えます。
またキャラ紹介を作らなければ……