約束をしました。
「あっと、その、こちら一郎さんの……」
「はい、そうですよ!いらっしゃいませ!」
「え?……あの」
「はい!」
来客者は後輩に気圧されて戸惑っている。
早々に表に出るべきだと思いつつ、後輩がこっちで暮らし辛い事の原因が分かりかけた気がする。
「失礼しました、親類が来ているもので……日向さんでしたね。何か御用ですか?」
興味津々な子犬……後輩を押し退け声を発すると来客者・日向真尋くんはホッとしたような顔をした。
反対に後輩は拗ねた顔をする。
「あの、こんにちは。よ、よろしければ一緒に昼飯でもと思って」
日向くんは片手にしてきたビニール袋を少し掲げて見せた。
「あ、でも、従兄弟さんが居るなら、これお二人でどうぞ」
笑顔を見せたかと思うと日向くんは私の後ろで興味を覗かせる後輩を気にして会釈をした。
私と後輩を交互に目にして年の近いように見えたのだろう、[親類]との言葉に[従兄弟]だと解釈されたらしい。
後輩はニッコニコだが……私は内心、この青年を警戒していた。
「そうですか、態々ありがとうございます」
「わぁー!ありがとうございます!せっかくなので一緒に……」
悟られないように愛想笑いをする私の脇から前に出た後輩が彼からビニール袋を受け取った瞬間、私たちに仕事を告げる感覚が来る。
思わず振り返る後輩に無言の合図で応えて「すみません、この後直ぐに出かける用事がありますので」と断りを入れると同時に後輩が一歩引き、私の態とらしい作り笑いに彼はピクリと体を強ばらせた。
「そうですか、では」と残念そうな表情で後退る日向くんに、「また今度一緒にご飯食べましょう!」などと、ひょっこりと私の肩越しに軽く挨拶をする後輩に彼は「はい、是非!」と微笑んでから一礼をして去った。
少し小走りとなる彼の後ろ姿を確認してから扉を閉め、素早く制服へと着替えた。
「先輩、こちらにお友だちがいるんですね!凄い!」
目的地へ飛びながら、後輩は満面の笑みでそう話しかけてきた。
区域改革のお陰で担当区域がかなり拡がった。
同業者の数も昨今増えたようにも思う。
「友人などではない。先日階下へ越して来たと挨拶をされただけだよ」
「そうなんですか?」と訝しんでくる後輩に、その実私の方が首を傾げたいくらいだ。
ただの隣人として挨拶を一度交わしただけなのに、何故食事を共にと訪ねてきたのか。
まして、『今度一緒に』などと「余計な事を……」とつい声に出てしまう。
「何かいいました?」と私を窺う後輩の顔が悪気もなく晴れやかなので、またも深く溜め息が漏れる。
「君は生者と仲良くしたいのか?そのために現世で暮らしたいのか?」
自分たちは死者である。
死者は生者と関わりを持つことは出来ない。
それでも、冷たい体を持っていても温もりを求めるのは”人”であったからなのだろう。
”人”でありたいからなのかもしれない。
自分たちの存在が何であるのか理解出来ているからなのか、後輩からの返事はなかった。
その後は会話を深追いすることも無く、私たちは速やかに職務をこなしていった。
帰宅後、日向くんの差し入れを腹に収め、今後の事についてしっかりと取り決めて置かなければならないと後輩に話をすることにした。
「君が現世にどのような思いを抱いているのか私に関係のないことだが、君が現世で暮らしたいと望むなら生者とは深く関わらないことを厳守して欲しい」
現世での暮らし方に慣れるまでは同居を認めると伝えてからそう告げる。
当初は浮き足立っているようにも思えた後輩だったが、話していくうちに神妙な面持ちとなり、次第に目線は下がり、ついには俯いたまま小さく頷く様を見せた。
後輩よりは長くこの身で存在しているからこそ得た知識は私の経験からなるもので、その全てが正しいものでは無い。
私以外の者に当てはまるものでも無いだろうけれど、経験からなる結果がどうであったのか、一つの知識として知ってもらっていても相手には損とならないだろう。
「───私たちはいずれ関わった生者を送る立場となる。年も取らない者を生者は畏怖し迫害する。生者とは相容れないものと肝に銘じておいて欲しい」
そう言葉にすると後輩は顔を上げた。
何かを言いたげな顔をしていたから暫し無言でその口が開かれるのを待ったが、後輩は話すことを躊躇い目を逸らした。
私は小さく息を吐いて「最後に」と前置きをして暫くの間だけでも必要と思われる事について切り出した。