同居始めました。
翌日から私の中の”少々お喋り好きだが、気遣いの出来る可愛い後輩”が”押しの強い後輩”になり、ついには……
「先輩、この洗濯機動かないですよ?」
「……水を出していないだろ。節水しているんだ」
「先輩!雑巾がありません!」
「……これを使っていい」
「先輩!米を洗う洗剤はどれですか?!米を炊く釜はどこですか?!」
「……え?」
「先輩!箒がありません!」
「君はどうやって暮らしていたんだ?!現世マニュアルは読んでないのか?!」
一気に”何も出来ない世話のかかる後輩”に書き換えられた。
掃除機を手渡しながら、世話になるからと家中のことを率先して始めようとする度に惨事を引き起こし、正すための説明が必要なことに仕事よりも疲れを感じる。
足元に転がる観葉植物の鉢に頭痛がしてくる。
私の勢いに目を丸くして、表情にイラつきが見て取れたのか後輩はゆっくりと目を逸らして焦りを見せた。
少し開いた扉の小部屋に運び入れた少量の荷物を覗き見ても、おそらく後輩は現世での生活に慣れていない。
寧ろ、生活をしてこなかったのでは無いだろうか。
深く溜め息をついてみせると後輩は挙動不審とも見えるほど大人しく身を縮こませる。
「正直に言って欲しいのだが、君は今まで狭間にいたのではないのか?」
相手に威圧的でないように、柔らかな口調で問いかけた。
”狭間”は死神の住処、死神となり与えられる個々の部屋のある場所のことだ。
あの世の中とかあの世と現世の間にあるとかいわれていて、およそ7割ほどはそこに暮らしている。
死神によって発揮できる力に高低差があるため、気力の低い者や新人は狭間に居ることが多いと耳にした。
私は他の同業者に対してなるだけ干渉しないように気をつけて過ごしてきた。
それは死神という異質な者がいつ現れて、いつ消えてしまうのか分からない曖昧な存在であることを知っているからだ。
私が知らずとこの仕事に従事し始めてどれ程の時が流れていったのか、図ることは出来ない。
同じ区域内で何度もすれ違い顔を見知ったことのある同業者や、他の職種の死神がいたが、彼らはいつの間にか知り合いとなり、いつの間にか消えていった。
色もなく、音もなく、ただ、存在が消えていったのだ。
勿論、自身の区域移動によって疎遠となる場合もあっただろうが、長く存在していれば何処かしらで必ず出会すもので、何処かで必ず噂話として耳に届く。
だがそれらが届くことも無く、存在していたのかさえ判断のつかないような状態に気づくと、存在は消えてしまったとしか言いようが無くなってしまう……”輪廻の輪に還った”のだ。
私の記憶に残る彼らを忘れていく、輪廻に還る者のことは忘れていかなければならない……そうでなければ膨大な時間の中に生きる者には多すぎる思い出となる───深く関われば関わる程忘れるための時間は多くかかってしまう事が次第に煩わしくなってくるものだ。
どのようにしても全てを忘れられるわけも無いのだけれど……長く生きる者の処世術だと思い、諦めている。
「…み…ません」
ボソリと掃除機を握り締める後輩が呟いた。
聞き取りにくく首を傾げて後輩の顔を見つめた。
後輩は私と同じ程の背丈だが、落ち込んだ風な姿だと私よりも低く思える。
「だって、僕一人で住んでたら直ぐに怪しまれてしまうんですもん。だから、狭間とこっちとウロウロしてて……ちょうど、先輩と同じ担当区域になったから、やっぱりこっちで暮らしたくて。先輩はこっちに慣れてて、一緒に居られたら僕も慣れることが出来ると思って」
モソモソと喋る後輩が捨て犬のように思えた。
いや、敢えて私の同情を誘う為の演技かもしれないが、私は再び深く溜め息をつくしかなかった。
大きな人間が涙目でボソボソと話す姿はなんとも弱々しく保護欲を唆る。
私の中に父性とやらがあると思えたがここは先輩らしく振る舞わなければならないだろう。
「こっちの世界で暮らすためのマニュアルはしっかり配布されているはずだ。読んでいれば困ることもないだろう」
「でも、僕一人だと……」
「分かった」
見放すのは簡単なこと。
そうする事が自分のためでもあると今までの自分であれば言葉に出来たはずだ。
だが、懐いてくる後輩を突き放すほどの理由が見つからないのも事実。
絆されてしまったようにも思えるが、そう考えが着きて話を纏めようとした時、玄関扉がまたも木製であることを示した。
同業者であればわざわざノックをして訪ねては来ないし、同業者の中に自分ほど親しい者などいないという自信でもあるのだろう。
見合っていた私たちの動きが一瞬止まったが「───先輩、こっちにお友だちがいるんですか?」というキラキラした目に目眩を起こしかけている隙に後輩がウキウキと返事をしながら玄関に飛んで行ったのだ。
なんという変わり身の早い奴なのだろう。
やはり後輩との同居はもう少し慎重に考慮すべき事案かもしれないと溜め息がでた。
「はいはーい」という明るい声に開かれる扉を後から目にして玄関にたどり着く。
朝から後輩に振り回されていたために時間を気にする暇もなかったのだが、すでに昼間近になっている。