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多忙です。



「───どうぞ」


ペタリと座り込む者に立つように促し、自身の正面に向かい合わせる。


「わ、私はこれからどうなるのでしょう……」


不安で堪らないといった表情でゆっくりと立ち上がり自分の足元を見つめる死者は、40代にして病死した。

長く患っていたわけではないにしろ、死を予見していただけあって大人しい。

隣に横たわる自分の身体を眺めて自然と零れる涙を落とすが、それは布地にシミを作ることなく弾んで消えた。


「心穏やかに、身の流れるままに」


ファイルに目を落とし召喚の意思を示すと女性はゆっくりと消えていく。


「あー疲れた」


現世に戻り真っ白なシーツのベッドに倒れこんだ。

今日という一日は長かったように思う。

朝が何時からなのか分からないほどに早くから、今は現世の時間軸で夜の0時間近まぢかだ。

買い物より帰ってからの呼び出しからまたも連日勤務。

以前の比ではなく一日の始まりと終わりの境が分からないほどにこき使われ、少しの休憩もままならず一体何人の死者を送ったのか分からない。


「何故これほどまでに忙しいのか……天の采配が狂っているとしか言いようがない」


愚痴をこぼしつつ、黒猫の抱き枕にしがみついて知らずと眠りにつく……私にしては珍しいことだった。


この連日の忙しさは例を見ないほどといえよう……今までひっきりなしにファイルに呼ばれることは無かったはずで、まるで私への嫌がらせのようだと思っても仕方のないこと。


死神業には担当区域というものがあり、その区域内で働き、数年毎に移動して人に紛れる。

範囲がどのくらいなのか把握できてはいないのが現状だが、それにしてもここ数日の呼び出される回数は尋常ではない。

一人送れば事務手続きを行い、時間をおかずに次の指令が入るの繰り返し。

この世では数秒毎にどこかで生まれる者がいれば、どこかで死ぬ者がいる。

やっと現世の自宅に戻れたのは買い出しの日よりおよそ8日振りのことだ。

冷蔵庫に入れっぱなしの野菜がどのようになっているのか確認するのも恐ろしい。

ひと眠りして落ち着いてみれば区域外にまで行っていた気がしてくる。


「今日はゆっくりしたい」


久し振りの太陽の下、軒先にロッキングチェアを出してお気に入りの野菜ジュースを飲む。

目覚めてみれば翌日の昼を過ぎ、すでにおやつの時間となっていた。

それまで煩かったファイルが静まりかえったことに安堵しつつも気にかかる。


「せんぱーい。起きてますー?」


アパートの階段を上りながら聞き覚えのある声が近づいてくる。

ひょこひょこと見え始める頭頂部が訪問客の名前を教えてくれる。


「起きてるよ」と返事をするのと同時に馴染みある後輩の姿が顔を出した。


「珍しいな、現世で訊ねてくるなんて」


そう告げながら屋上に備え付けられているベンチの側に椅子を移動させ、後輩にベンチをすすめる。


「ええ、あまり頻繁に訪ねると先輩は嫌がるかと思って」


後輩はニカッと笑ってベンチに腰を着けながら手にしてきた紙袋を手渡してきた。


「そう……でもないけれどね」


以前会話を中断させてからどれ程ぶりだろうか。

心理をつかれた気がしつつ曖昧な言葉を返し、紙袋を受け取って中身を見ると愛飲している野菜ジュースのお徳用が二つ束で入っていて、思わず顔が緩む。


「先輩、ここの所スゴく忙しかったでしょ?」


「ああ、お陰で昨夜は記憶を失くすほど眠っていたよ」


一言礼を口にすると後輩は労うかのような言葉をくれた。

だが、「ん?」と疑問もついて出る。

あの忙しい中、事務処理のために必ず毎回通いはした事務所はいつも混雑していて、後輩とはすれ違ったのかも分からず顔も合わせられていない。

後輩は隣と呼ぶ区域が担当であって私とは任された区域が違う。






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