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僕は何故だか解らないけれどやっぱり現世に居たいんだ。


「ここは共用スペースなんですよね?」


手土産が見たことも無い菓子箱だったから、それに気を取られていると彼はまだ目の前に立っていた。


(帰ったんじゃないのか)


「はい、この部屋以外はアパートの住民なら誰でも使っていいんです」


「ですよね!」


小春日和の言葉が上手く当てはまるこの日、とても気候が心地好く穏やかな陽の光りに彼の微笑みは眩しく映る。


(……どこかで?)


「ここ、父も学生の頃に少しだけ住んでいたらしいんです」


彼は軽く身体を解しながら家主が用意してくれているベンチへとゆっくり歩く。

引っ越して来たばかりならば、まだ然程出歩いてはいないからだろう、とても気持ち良さげにその先にある手摺りへと手を伸ばしていく。


「何年か前に新しく建て直されたって話でしたけど、偶然同じ場所で過ごすとは思いもしませんでした。家賃が手頃だったんですよ」


はにかみながら、照れ隠しなのか指先で頬をかいてこちらを窺い見てくる。

この屋上からの眺めも先輩と過ごした頃とは少しばかり周りの建物の様子は違うけれど、見える情景に変わりはない。


(夏になるとここからは……)


「夏には花火が見えるんですよね!近くの花火大会の!」


大きく振り向きざまにそう声を弾ませる彼が、昔の僕と()に見えた。


(あ……)


「父に聞いたんです!昨日まで引っ越しの手伝いに来てたんですよ、俺初めて一人暮らしするので……過保護ですよね」


「君、名前……は?」


言葉が吐いて出た。


「あ!すみません、名乗ってませんでした!」


彼は慌てた素振りで僕の前へと戻ってきた。


「俺、日向ひなた朔良さくらっていいます!この春から大学一年、18才です!」


『───日向ひなた真尋まひろです』

二羽ふたばさん』


挨拶と共に下げられた顔が再び正面から見えると、脳裏に鮮やかに蘇った記憶に目が見開かれる。


(日向、くん)


なぜ忘れていたのだろう。

先輩と一緒に、とても仲良くしていた生者、日向くん。


(なぜ……)


「あ、あの、大丈夫ですか?!えっ……と、俺何か……?!」


目の前の日向くんが急にあたふたと動揺し始めたことに気付くと、僕は溢れ出した思い出の中から現在へと戻った。


「あ、いえ、知り合いと似た名前だったので驚いてしまっただけです。僕は”田中二羽”といいます」


「そ、そうですか。でも、これ」


取り繕う僕に彼はそっとポケットからティッシュペーパーを差し出してきた。

入れっぱなしだったのか、少し開いた袋と中身がよれているけれど、なぜだろうかと疑問に思っていると、「どうぞ」と声まで添えてくる。

そして僕はまた気付いた───泣いてたんだ。


「……ありがとうございます」


お互いに照れ臭くて、彼は居た堪れなくなったのかペコペコと頭をさげながら、まだ片付けが残っているからと降りて行った。


(そうか、彼は日向くんの……日向くんは元気なんだ)


何故忘れてしまっていたのか。

僕が記憶を喪失した時、日向くんはまだここに住んでいたのかな。

いつここを離れたんだろう。

何故、日向くん()僕を覚えて居なかったんだろう。

そんな疑問や憶測がたくさん浮かんでは揺蕩たゆたって消えていく。


(元気そうで、良かった)


それでも、そう心から思えることで僕は前を向くことにした。


───死神は死者である。

生者とは相容れぬ存在で、深く関わってはいけない。

同じ時を過ごすことは出来ない。


陽も陰り始める時刻、ふと仕事を告げる気配に部屋内へと戻りかけると、足元に紙切れが落ちているのに気付いた。

(何だろう?)と拾い上げて思わず体が跳ねる。

そこには柔らかな笑顔を湛える中年男性と、その膝内で寛ぐオレンジ色の毛並みの、毅然と正面を見据える猫がいた。

さもそこが我が場所とでも宣うかのような不遜な態度を伺わせる猫に、つい口元が緩む。

裏を返して見ると、やはり思い浮かんだ通りの文字が書かれていた。


”父、真尋(46才)と愛猫、ひいろ(2歳)”




───天は気紛れに個を生み、個に干渉し、個を試す。

岐路に示される道の選択は個に委ねられる。

個は、天の手のひらで足掻き、もがいて生に邁進し、天の輪へと還る。

生は必ずしも非情なものでなく、恩賜でもない。

忘れてはならない……個は天の所有物である。


「───お優しいね、瑚白こはく


「お前こそ、甘いんじゃないか?彗白せいはく


「僕は個を尊重している」


「俺だって個のために尽くしている」


「僕たちは個の監視者だからね、干渉は程々にしなきゃ」


「当然だ。天に背いた個に情を持ってはならない」


「僕たちは天に抗う者だよ」


「俺たちは天を嘲る者だ」


『天に並ぶ者であり、死を奪う者』


死神であり、死と相対する存在でもある。

白い制服コートは天の存在を証明する。


「ほら、またこちらに来る者がいる」


「可哀想に。自ら采配を歪めてくるとは」


「それでも個は個として在りたいと願う者……そう造られる者だ」


「そうだな……だからこそ個は面白い」


白い制服コートの者は個を棄て、生を棄てた純真な死神である。

出来うるならば彼らに出会わない事を願い、天に示される采配から自ら望む選択を───。


消滅()か」


消去()か」


『選択の時間だよ』









〜fin〜



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