真実を知ります。
何故突然その様なことを話し始めたのか、その真意が測れなくて眉を顰めてしまうが、背後からの刺さる視線を無視して瑚白は続けた。
「言葉を交わすことで思い出す程度なら、何度でも封じて罰を遂行させてやれるが、身体的接触によって解かれれば今のお前のように縁者諸共罪を負わせる……それが黒に与える最期の罰となる」
静かに、耳に自然と入ってくる声が一通り紡がれて途切れると、瑚白はゆっくりと立ち上がり見下ろしてくる。
死神は死者である。
目に視え、声が聴こえようと触れればその存在が生身の者と違う事が明らかであるのは、犯した罪に赦しを得るため、輪廻に還るために課せられた罰を真っ当するための方の一つだったのか。
(触れられることを畏れるのは、死者だとバレる事が恐ろしいのではなく、記憶が戻る事を深層下で恐れていたからなのかも……)
生きる世界の者に決して触れられてはならない、思い出してはいけない、天の采配を歪めた自らの選択に甘んじてはならないための罰。
個として存在したいと望み、永き時の中に身を置くと選択した個への試練。
(自身の望んだ選択……)
───個は、天の気紛れによって生み出される天の所有物である───これが天の定める唯一の大前提だ。
「”消去”は縁者諸共”過去”を失う」
「……”消滅”は縁者諸共”個”である事を失う」
威厳ある口調へと変化した瑚白の後に、噤んでいた口を開いて彗白が続いた。
(”個”を、失う?)
告げられた言葉に身体が反応する。
衝撃を受けた感情が顕だったらしく、二人は動揺する私を静かに見下ろす。
「これは最期の選択だ」
「生を誤った者は正しく輪廻に還らせることは出来ない」
「正す機会は与えられた……」
「正す機会は一度だけだよ……例外はない」
私に対して告げている言葉であるのに、彗白の視線は瑚白を流し見ていた。
機会は一度とは、黒として罰を受ける選択のことだ。
その過程の中で”生”をやり直すという選択はないのだろう。
(”個”を失う……まさか、”消えた”というあの言葉はその意味の通りなのか?)
私の前に私と同じ立場となった者がいたとしたら、二人が雑談のように頭上で話していた”この前の奴”は誰かと共に”消滅”することを選び、個では無くなった───つまり、輪廻に還らず”消えた”のだ。
(”この前の奴”とは……もしや……)
先程の脈絡のない話をし始めた瑚白の態度から、思い浮かんだのは以前界隈を騒がせた話題の者のこと。
(まさか、”蜂の一郎”さん!)
確か、二羽が彼は『生者と逃げた』と言っていたはずだ。
(さっきのは、以前の問いに対する答えか)
蜂の一郎さんは記憶を取り戻し生者と逃げた───死神界隈で騒がれ、暫く新聞にも大きく取り上げられていたあの話だ。
(彼は最期の選択で生者と消えることを選んだのか……だから、見つからないのか)
瑚白が私について何でも知っているように、如何なる者であっても監視者である白から逃れることは不可能なのだという証明だ。
采配を歪め白い制服の者の前に導かれた時の白と黒の選択では、”個”の存在を維持することができた。
だが、今回はそれすらできず文字通りの”消滅”となるのだろう。
”人”として二度と生を受けることができなくなるという事だろう。
それも自分だけでなく、私は日向くんを道連れとすることになるのだ。
(誤ってはならない……)
自身だけなら諦めはつく。
情けなく足掻くこともできるかもしれない。
「ならば、”消去”とは……?」
もう一方の答えは、いったいどうなってしまうことなのだろうか。
吐いてでた掠れる声に直ぐに反応はされない。
だが、静かに項垂れる頭上で吐き出される吐息を耳にする。
「……優しい瑚白に感謝するんだね」
僅かに棘のある物言いではあるけれど、彗白がゆるりと手を振り、足元に転がっていた日向くんの魂を起こしたことに、微かな風の動きを感じて気付く。
「”個”の中には想い合う者と対となり添い遂げることを望む者がいる」
不思議なことに、彗白が話し始めると瑚白の気配が薄れた。
意識的なものかも知れないけれど、彗白より一歩半ばかり私に近い場所に立っているにも関わらず、彗白の声音に隠れるような感覚に、その存在を忘れる。
「自身が死して尚、その相手を忘れられず想いを遂げようとする者。”個”である事を失ってでも想いを成したいと願う者がいる……彼は生者を振り切ることができず、想いに飲まれたんだ。最期に生を棄てる事を望んだ」
呆れて口にするのも面倒だとでも言うように、彗白は蔑んだ目をして空を見る。
「天は黒に対して罰を与える。それがどのような形で、いつなのか、僕たちにも解らないから僕たちは見ているだけ───君の中で浮かんだ彼は”後追い”をしようとした彼女と出会わされた」
解るよね?と言わんばかりに含みを持たせて言葉尻を切る。
蜂の一郎さんは、いつ、どのような理由で選択を誤ったのか知る由もないけれど、その罰として天は時間を置かず縁者と巡り合わせたのか。
記憶喪失であれ、何ものであっても生者の方は何としても彼を取り戻したかったのかも知れない。
”人”の情ほど測れないものはないのだから───
(故に、天は”個”を創り干渉し、試すのか)
「選択肢は二つ」
私の戸惑いをよそに、彗白は冷淡な様で続ける。
「”個”を棄てるか、”生”を棄てるか、だけだよ」
その言葉に答えがあった。
消滅とは、”人”として輪廻に戻れなくなる事。
消去とは、”人”であった過去を忘れてしまう事。
(私が望んでいたのは、朔と共に居た日々を懐かしむことが出来るように在る事だ)
自分で選んだ道であるのに、何故、思い通りに進めないのだろう。
(私がこのまま”生”を手放せば、日向くんを死なせてしまう)
”楽”になりたい、そう望む気持ちを被うほどの焦燥と罪悪感に思考が麻痺し始める。
(だめだ……考えろ!考えろ!日向くんを救う術を、考えろ!)
無意識に深呼吸をし、突如肺に送られた圧に突き動かされ、鉄錆に犯された鼻腔内と喉奥から不快感を吐き出すかの咳が湧いてくる。
反動に耐えられず腕の支えが崩れ、蹲り、全身が震えた。
(彼は朔の子孫……彼を、助けなければ!)
「君の望みは”個”であり続けることのはずだ」
諭すような柔らかな声がかかった。
口から出た赤い唾液に、陽色であった時を思い出す。
(───私は、いつ死んでもおかしくは無い体だった)
「”個”でありたいのなら、選択肢は一つ」
(彼が、朔が居たから、私は生きていた)
「救いは、捉え方次第だ」
二人のゆっくりとした優しい声が一筋の光のように思えた。
咳で全身の骨が軋み、内蔵が裂かれるほどの痛みを味わっていたのに、一瞬にして全ての苦痛が取り除かれた。
「”消去”か」
「”消滅”か」
目の前に立つ白い制服に身を包む二人を自然と見上げ、言葉が出る。
「彼が、救われるなら───」
固執する思いに別れを告げよう。
自身の選択に向き合おう。
在るべきものに還るだけではないか。
僅かな望みは持つべきでは無い。
全ての者は無に、天に、還るのだ。
「”消去”を」
そう呟くと同時に、目の前の白い制服の二人が光に飲まれて消え、何も……見えなくなった。




