過ちは正しましょう。
輪に還る───その意味は問う必要もなく解る。
私と関わることがなければ天命を真っ当出来るはずの彼の魂が狭間にある。
「これはねぇ、仕方の無い事なんだよ」
相変わらず交互に話す二人は、どちらか一方が喋り続ける事を禁忌とでもしているのだろうか。
彗白の希薄な声音が”仕方の無い事”を強調して響いてくると、動いていないはずの心臓が激しく脈打つ。
「お前の存在がこの生者にバレただろ」
「死神の存在を知られてはならない事は無いんだ」
「ただ、知った者を放置出来ないだけさ」
寝転んだ上体を震える両腕で踏ん張り持ち上げ首を起こすと、腰を落とした瑚白と視線が並んだ。
死神たる力を行使出来る環境下にあるのか、その瞳は澄んだ赤い色で煌めいている。
「生者の中に視える者、聴こえる者が現れるのも采配のなせるものだからね」
「それらと関わり罰の遂行が阻害される事が問題なんだ」
ニンマリと笑う、その含みある見慣れた表情を嫌悪してしまう。
黒を選び、その職務に服しつつ天の赦しを待つ間、生前に縁ある者の死を扱い、消えたはずの記憶の片鱗からどのような行動にでるのか、それを見て楽しむのが白の搾取する楽しみ。
(悪質な奴らだ……)
そう頻繁に思い出す者もいないからこそ、白にとって希少な玩具であり、興となるのだろう。
自死を選んだ者は理性を保てず、強い恨み辛みこそあれど来世に多福な望みを持つことは薄い。
縁ある者に接したところで、記憶に無ければ何の感情も湧かず仕事として処理出来てしまうのだから、思い出した事で起こる物事も千差万別。
何の娯楽物も無い場所にあって”個”の動向は唯一の娯楽といえる。
黒い制服の者を目にして、それが知人や友人、家族や恋人など縁ある者だと気付いた死者が、どのような態度をとり起爆剤となるのか、その後にどのような変化をもたらすのか、白い制服の者にとって心躍る展開への期待を膨らませる現象ではある。
天による罰だとしても、黒を選んだ者にとって怨念や羞恥な記憶を乱される行いに、本能剥き出しの状態で放置されるのは快くはないだろう。
それが”個”である性質だからこそ、罰を与える際に全ての記憶を”消去”させるのだ。
(自身に憶えのないまま、罵倒され逃亡される行いには、配される縁ある者であったからという理由もあったのか)
それも長く黒い制服に身を置いていれば数も減り、次第に人々の中に描かれた”死神”に対する畏怖や、死に対しての恐怖に戦かれていくのは、時が経つ程に黒自身が”人”であったことを失ってしまうからだろうか。
「彼は君の過去を知って近付いた」
穏やかさを纏っていた彗白が足下の魂を蔑むように横目で見下す。
「黒の周りに見知った者が現れるのは仕方のない事だが、接触し故意に過去をバラすのは見過ごせない」
「知らぬ存ぜぬで過ごしてれば見逃してあげられたけど、仕方ないよね。これも天の采配として受け入れよう」
つまり彼は私と知り合い、私の素性を詮索したからこの場に連れて来られてしまったのか。
(油断して、触れられてしまったからか)
何度か記憶の片鱗が表れては消されてきたのは、私が黒を選び、時を経て輪に還ることを望んだからか。
(それが仕事だとしても、瑚白は私の意思を尊重していたということだろうか)
”個”を棄て”死”を奪う”監視者”は、どんな”個”より”人”の本質を具現した存在なのかもしれない───ふと、そんな考えが浮かんだ。
(天に与えられる選択は非情なものでは無く、自ら非情なものへと変えてしまうのかもしれない)
「お前に残された選択は”消去”か”消滅”だ」
息をしているのかさえも自身で判別できず、両腕で上体を支える事が精一杯な私の目の前で、瑚白はいつになく厳しく真剣な眼差しを向けてくる。
「……いずれを、選択、すれば……彼を、救える、ので……すか?」
絶え絶えとなって吐き出せた言葉は、彼らの心に届いただろうか。
知らずと頬を伝い落ち続けている涙は、両手のひらの着く床と思しき箇所に滲みすら残さず吸い込まれて消えていく。
(彼は、朔の子孫……朔の……)
「何を以て救いとするかは、捉え方によるだろうね」
口元に軽く手を充てクスリと小さく笑いを零す彗白に気付かれないよう、目の前の瑚白がこそりと息を吐いた。
「お前の問いに答えよう───黒の記憶は過去に関わりの深い生者との身体的接触によって蘇る事がある」
ふいに唐突とも思える話に、下がる視線を瑚白へと戻した。
瑚白はその整った顔が最も映えるほど、真摯な表情で真っ直ぐに私を見ていた。
「俺たちの前に現れる自死者の中でもお前のような存在は稀有だが、澱みを纏っていた者でも黒となれば受ける罰は同じ……抱える想いの度合いによるけれど、縁者に宛てがう頻度は天が定める」
耳に心地好い声音となって届く瑚白の独白に、後ろに立つ彗白は無表情となってその背中を見詰める。




