推考します。
夜空に開く火花は美しかった。
それが人を楽しませる彩りであると思えばより美しく、計算された美しさは人を魅了すると認識させられる。
「キレイでしたねー!また見たいです!」
缶ビールで酔ってはいないはずの二羽は、顔を赤らめ終始上機嫌ではしゃいでいて、深夜の呼び出しにまで笑顔で跳ねるように赴いた。
日向くんは打ち上げ終了後に後片付けを手伝い、「それじゃあ、おやすみなさい」と挨拶をして帰った。
私と視線があったとは話題にもせず、寧ろ何事も無かったかのように、である。
私はといえば、もちろんそんな話を振ることはなく、浮かんだ疑問をどのように処理すればよいのか悩んでいるばかりだ。
(記憶が戻っているなどと知れれば、また瑚白に消されるかもしれない)
そもそも私について監視しているかのように何でもお見通しと言う奴だが、恐らく口や態度に出ていなければ知る事も出来ないだろう。
ぽっかりと抜け落ちていた部分が思い出されたような感覚。
忘れたのではなく何故消されていたのか、消されなければならなかったのか解らない。
時折り瑚白に触れられていたのは、力を吸い取られていただけではなかったのかもしれないとも思い始めると、瑚白に会うのが益々不愉快だ。
(記憶の消去は対面で相手の同意無しでは行えないはずだ……天の命令か?)
白の能力発動には対象者の同意がなくても天の采配によっては可能だが、それは完全な強制執行となる。
記憶の消去は死神として永続していくための記憶軽減処置か、天の赦しを得る行い、そして赦しを得る機会ときく。
死神となり一度は赦しを乞う機会が与えられたが、その選択を拒否して私は存続している。
(従順に働いているのに、何故消されたんだ?)
自慢ではないが、私の勤務態度は優秀だといえるはずだ。
それなのに、何故記憶の消去など行われなければならないのか、疑問以外の何物でもない。
(アイツに面と向かって聞くのは癪だな)
私のプライドの問題でもあるけれど、記憶が戻ることに関して尋ねても正直に応えてくれるとは思えない。
”蜂の一郎さん”について尋ねようとした時もそうだったと思われる。
あの時もいつの間にか現世に帰っていたのだ、今回も尋ねた途端にまた消されるかもしれないし、それでは意味がない。
しかし、私の記憶を消したとして何になるのだろう。
蜂の一郎さんは何故記憶が戻ったのだろう。
何故、私の記憶は戻ったのか……。
死神になるには直前の生の記憶は抹消される。
それはどの死者でも同じであって、死神になる者に限ったことでは無い。
輪廻に還る者と死神になる者との差など無に帰す”時”の長さくらいではないだろうか。
そして、推考を重ねる内にやはり昏睡状態に陥った時も記憶を消去された事が原因ではないかと思い当たった。
(そうであれば曖昧な記憶と、三日間呼び出しもかからず眠っていた事に合点がいく……)
直近の不自然な記憶障害とも取れる状態に、やっと理解が追いつきそうである。
私の記憶を消すと同時に他の者の記憶も消したか……そうでなければ二羽との会話に相違が起こるはずだ。
あの日、やはり瑚白は現世に現れたのだ。
そして私と二羽の中にある記憶の一部を消した。
(いったい何故そんな面倒なことを?)
恐らく消された記憶は”日向くん”と関わった一部分だ。
彼の部屋へと赴き食事をしたと二羽は話したが、私の中に”食事をした”部分から部屋に戻り瑚白に会ったまでが抜けている。
そして二羽には”瑚白に会った”部分がないのだ。
(実際に会っていない場合もあるけれど、日向くんと食事をした時、私に何かが遭ったのだろう……彼がきっかけだとすると、それを彼にきくのはどうだろうか)
瑚白が生者の前に現れ日向くんの記憶まで消したとは考え難い。
黒でさえめったに見ることの無い白が、無闇に生者へ姿を見せはしないだろう。
同じ死神でも白と黒では役割が違うため、白は特別な場合を除いて現世には降りて来ないときくし、生者と関わりに降りて来るなどと聞いたことがない。
(何故か瑚白は私に固執しているようだし……)
「一郎さん?」
高い気温のお陰で今朝干したタオルがふんわりと肌触りも良く乾いた。
傾いた陽が差して暑くも感じる時刻に、独り熟考に陥り外で洗濯物に手を伸ばしたまま、背後からかかった声に思わずビクリと体を跳ねさせてしまう。
「あ、日向くん、こんにちは」
「こんにちは、暑いですね」
焦りを隠せず振り向くと、日向くんは笑顔を作って挨拶を続ける。
私は手に触れていた洗濯物も取り込み、彼と対峙した。
花火鑑賞から数日、何事もなく経っている。
今日の二羽は連日の暑さに負けじとキッチンで冷菓作りに励んでいた。
「暑いですね。お陰で洗濯物がよく乾くので助かりますが」
まるでどこかの主夫さながらな返答しか出てこない……問いかけてみようとは考えたが、面と向かうと『先日私と何かありませんでしたか?』などときくのはおかしな事だと、吐き出せずに飲み込む。
「そうですよね」と返してきた日向くんも辺りを気にした様子が見られたが、他に何か言いたい事を言えずに静止しているように思えた。
真横から当たる日射しはジリジリとして、生者には少し痛く感じてしまうだろうか。
私の背から差す太陽に少し眉を下げ、目を細めている姿に何用かと愛想笑いを浮かべた。
「あの、二羽さんに今日呼ばれて来たんですけど」
暫しの沈黙があったあと、日向くんはゆるりと肩の力を抜いた。
「そうですか。きっと、今朝から張り切っていたのはそのせいですね、どうぞ」
やはり何かを飲み込んで諦めたのか、日向くんは軽く返事をして、踵を返す私の姿を追ってくる。
その様子を横目にしても私から”何か”と尋ねる事に躊躇する。
彼が何を言いたいのか、それが消えている記憶に関することなら話を合わせられる自信はない。
戻った記憶と消えている記憶について、日向くんが関わっているというのはただの憶測でしかないし、尋ねることで何かしらの不信感を抱かせるのは、現世に留まる上で不用意な行いにもなる。
彼に、いや、生者に存在を怪しまれてはここから退去しなければならなくなるだろう。
いずれ数年もすれば他へ転居するのは当然であっても、不本意ながら狭間で過ごさなければならなくなる可能性だってある。
(監視されているかもしれないのだ……慎重に)
今まで思いもよら無かったことだが、やはり私について瑚白の自信あるあの言動は”監視対象”を意味すると思ったほうが善いだろう。
考えながら動いていたため、「あっ」という日向くんの声と行動に反応が鈍る。
”死神は死者である───その見た目は生者と変わりはしないが、血の通わない身体は触れれば冷たく、それと解る”
両手に抱えていた洗濯物を片腕に抱え直し、玄関扉のドアノブへと手を伸ばしていた。
彼は親切心で動いたのだろう、互いの手が重なった。




