白
天は無である。
何かがあると信じて生者は天に祈るけれど、そこには何も無い。
天が無であるから、地に色んなものを創ったとも云われる。
無であるところで生を与えられ、生者から死者へと変化して戻ってくるモノの居場所は、無であらねばならないと考えたのかもしれない。
神は気紛れなのだ、気紛れに創り与えているだけだ。
人の生まれ還る場所……それが地と対となるよう創られた場所、天である───そこに創造主は居ない。
「───あなたは輪に還ることを赦された。今世に敬意を。来世に祝福を」
天に抗うことは無駄である。
定められた中で幾度となく選択し、足掻いているようでいて定められた道を行く。
自由だと思うことで自由を得て、我が道を選んで歩いていると錯覚をする。
還ってくれば、器を替えて次の生を受けられるように眠るだけなのに、死すれば自由を得られると錯覚を与えられる。
来世に進む道を示す、その選別を行うのは罪を犯した者の役目だ。
与えられた選択の中から得た罪もまた分別され、来世へ進む事を赦され無かった者が罰を強いられ役目に就く。
「はぁーったく、次から次へと終わりが無い!いつになったら休めるんだ!」
赦されなかった者はその罪の重さによって更に選択を求められ、分かたれる。
「仕方ないでしょ、僕たちに休息なんか無い。それが与えられた罰なんだから。人は延々と輪廻に還り続ける。個を失わせるための作業も延々と続くのさ」
天に示される罰の選択から、自身で選んだ選択に従う。
その選択に神は関与しないから、ここで初めて”自由”を得るといえるだろう。
「はぁー……コッチ側に来る奴いないかねぇ」
「そんなヤツ、滅多に居ないよ。はい、次、つ……ぎ」
「ん?───へぇ、珍しい」
罪を犯した者はそれと分かるように、他とは違った深く濃い澱みを纏っている。
それを”浄化”させられるのは役目を与えられた者のみだ。
『君には選択する余地が与えられる。消滅か消去か、どちらにするか選べ』
”永遠に還ることを拒む”消滅か、いずれ”赦される時を待つ”消去か、罪を犯して天に戻った者に与えられる”自由”の選択。
(彼は自分で選んだ……選んだ死が赦されるものでは無いことを忘れること、輪廻に戻る時を”待つ”ことを)
その選択が覆ることはない。
自分が選び手にした”自由”なのだから、誰もそれを犯すことができない。
ただ、赦される時がいつになるのかは神の気紛れによる。
そう思うとやはり、個に本当の”自由”は無いのかもしれない。
「甘いんじゃないの?」
「そうか?」
「だって、君にしては掛け方が緩い」
「ふふ……それはアイツがそういう体質だからじゃないか?」
「そうかな?」
「そうさ。コッチ寄りだった者が黒を選んだりするから、掛かり辛いのさ」
「ふっ……そういう事にしておくよ」
「その選択がどう転ぶのか楽しみだろ?」
「まぁね」
消滅か消去か、その選択を与えられることが”人”であるための”最期の自由”だと、知るのは消滅を選んだ者だけだろう。




