閃きました。
考え事をしていても定めた場所への転移は慣れたもので、ニコニコ顔の二羽が揃えた手料理の並ぶ屋上へゆらりと足を着ける。
この時期太陽が沈みきるには時間がかかるようで、空はオレンジから薄闇へと移り変わるところであって、まだ花火が打ち上がるには早いようだ。
家屋内の電灯の明かりで手元がわかるようにテーブルと椅子を寄せてあり、他に明かりも置かず二羽は浮き浮きと準備していた。
屋上に現れた私の帰宅に気付き、姿を捉えた二羽は慌てて口を押さえ、私は二羽との間にある影に唖然とする。
「日向くん、お酒は大丈夫ですか?!」
一拍置いてから、玄関に背を向けた日向くんに話題を振る。
取り皿を手にしていた日向くんは「少しなら」と軽く笑いながら応えた。
「じゃ、取ってきますね!せ……一郎さんもそろそろ起こしてきます!」
「え?大丈夫なんですか?体調崩されてるんですよね?」
「うん、大丈夫って昼間に言ってましたし。一緒に花火みるって言ってたので、呼んできます!座っててください!」
二羽にしては上手い誤魔化しに感心しつつ玄関の前に辿り着いた私と、焦りつつも玄関へと小走りに来た二羽とがかち合った。
恐らくここからなら出かけなくても花火が観れるのでは?と日向くんがやって来たのだろうと推測されるが、二羽を追う日向くんの視線が玄関を指す。
”死神は仕立てられた制服で全身を包んでいる限り生者に視認されない”───特例はあると聴くが。
(おや?)
駆け寄る二羽の手にした玄関扉が私を素通りして開き、風圧を伴い家屋内へと背中を押すかのようにパタンと閉まる。
「おかえりなさい、先輩!」
上手く切り抜けたとばかりに後を追ってリビングに入った二羽が笑顔で寄る。
レースカーテンで窓を覆い隠して閉め切ってあっても、大人しく席に着いた彼の後ろ姿が確認できた。
ガラス一枚を隔てて生者が居ることに注意を払い、自室の前までは制服を脱がずにおいた。
「ただいま」
「少し前に日向くんが来たんですよ」
「みたいだね、驚いたよ」
自室のドアを開けてから帽子を脱いだ。
出来るだけ小声で言葉を交わし、少し外を気にしてみたが、直ぐに部屋へと戻って制服を片付けた。
ほんの一瞬だが視線が重なったように感じたのは、気のせいか。
常人には視認出来ないのだ、目が合うなどという奇異な事がある訳が……ない。
(ない?……無かったか?)
ふいに目の前が波状に歪み、膝から崩れた。
床が波打っているかの感覚が脳内を襲い、立っていられなくなったのだ。
(何、何か、何かを……)
───誰かが横たわっている……どこだ、これは?
───その傍で泣いている者がいる……誰だ?
───『------!』
(何?……何て言って……?)
───『---!』
断片的な画像がノイズと共に表れる。
脳内で大音響が鳴り響いたかのような振動を感じ、頭を両腕を使って抑え込んだ。
『ワ ス レ ロ』
はっきりとした音に弾かれると途端に全身を冷気が襲う感覚に瞳孔が開く。
脳裏に白い布地がふわりと揺れる様が浮かび、眼前に赤い瞳が光っていた───見覚えのある色、見覚えのある光、声。
「先輩?」
心配げに掛かる二羽の声で意識が戻される。
私は自分のクローゼットの前にしっかりと立っていた。
焦りを隠して振り向くと、二羽がドアの傍から小首を傾げて覗いていた。
「ご飯冷めちゃいますし、日向くんも待ってますよ?」
「あ、ああ。直ぐに行くよ、先に食べ始めてくれ」
「分かりました」
ニッコリと笑顔を作り、二羽は両手に缶を抱えていそいそと外へ向かった。
ハンガーに掛けた制服を見詰め、下段の棚に入れて置いた洗濯してあるTシャツを手にする。
少し上がった息遣いを整え、両手を見詰めて気持ちを落ち着かせてみる。
小刻みに震えている両手を握り、何かがおかしいことに確信を得た。
(あれは、何だ?白い制服……瑚白か?)
聞き惚れるほどの声音は低く冷たかった。
赤い瞳を持つ者は限られるだろう。
同業者であっても黒にはなく、今日見かけた白も赤い瞳をしていたから、それが彼らの特徴なのかもしれない。
私は白に記憶を与えたことは無い───と思っていた。
だが、それは”その行為を覚えていない”からそう”思い込んでいる”に過ぎないことは、過去の同業者の話から認知している。
それも、ほとんどが瑚白から得た白い制服の者の持つ情報だ。
(記憶を消去されている……同意もなしに?!)
白が黒に力を行使する場合は同意が必要だと言ったのは瑚白だった。
本当に消された記憶であるのかという事ではなく、そう確信の持てる自分に驚きもするが、何故消された記憶の片鱗が表れるのかと疑問に思う。
白い制服の者による記憶の消去操作は絶対であって、誤りなど有り得ないからこそ与えられる権限のはずだ。
今までに誤ったなどという話は無い───
(本当に?今まで白がミスを犯したことなど無かったのか?)
そう考え始めると何かの閃きが起こったかのように衝撃が走る。
(そうだ───”蜂の一郎さん”は思い出したのだ)




